
常設展を見ないなんて、もったいない
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国立西洋美術館には、常設展と企画展があります。特定のテーマのもと、国立西洋美術館所蔵の作品だけではなく、他館や所有者から作品を借りてきて期間限定で開催する企画展に対し、常設展は美術館の収蔵作品を年間を通して展示するものです。
常設展は、いつでも見られるイメージがあるので、話題性のある新規購入作品などがない限り、ニュース性が乏しく、マスコミやネットでもあまり取り上げられません。
でも、常設展には企画展とは違う魅力があります。以下3つ挙げてみました。
①いつでも見ることができる
会期を気にせずに、思い立った時に見に行けます。(開館日と開館時間は要チェックですが)。気に入った作品があれば、何度も会うことができます。会うたびに、新たな魅力を発見できるでしょう。※定期的に展示替えを行っているため、作品がご覧いただけない場合があります。
②観覧料が手頃
最近、企画展の一般観覧料は、2,000円前後することもあります。音楽会や演劇などに比べればはるかに手頃な価格ですし、映画の鑑賞券とはそれほど違わないかもしれません。でも、国立西洋美術館の常設展であれば500円(一般料金)で鑑賞することができます。
③比較的ゆったりした環境で鑑賞できる
混雑している人気の企画展だと、一つの作品の前に立ち止まって1分見続けるのでさえ、難しいです。常設展はゆったり見られることが多く、気に入った作品があれば心ゆくまでじっくり作品と向き合えます。

国立西洋美術館の常設展は、ここが凄い
国立西洋美術館は、西洋美術全般を対象とする日本で唯一の国立美術館です。中世から20世紀半ばまでの西洋美術の流れを実感できる、東洋でも有数のコレクションを有しています。
このコレクションの核は、株式会社川崎造船所(現川崎重工業株式会社)の初代社長であった松方幸次郎(1866-1950年)という1人の実業家コレクションです。松方は、1916年から約10年間の訪欧時に、3000点を超える西洋美術品を収集します。
松方が美術の収集にこれほどの情熱を傾けたのは、自らの趣味のためではありませんでした。では、なぜこれほど熱心に作品を買い集めたのでしょうか。松方とパリで行動を共にしたことのある美術評論家・矢代幸雄による『藝術のパトロン』(中央公論新社、2019年)によれば、松方は、本物の西洋美術を見る機会がなかった当時の若い画家たちに本物の西洋美術を見せてやろうと考えたのです。
松方は購入した作品を見せるために、美術館建設も計画していました。しかし、残念ながらこの美術館は実現しませんでした。1927(昭和2)年の経済恐慌が状況を一変し、川崎造船も経営危機に陥ったこともあり、日本に送られていた約1,300点ともいわれていた松方コレクションは、売却されて散逸しました。また、ロンドンの倉庫に会った作品群は火災で焼失、パリで保管されていた約400点の作品は第二次世界大戦の末期に、敵国人財産として、フランス政府により接収されました。
第二次世界大戦後、最終的にフランスから375点が日本に寄贈返還されますが、松方コレクションを保存・公開する専門の美術館を新設するという条件がありました。この条件を満たすために新たに造られたのが、1959年に開館した国立西洋美術館です。なお、この建設費用は当時の国の予算だけでは足りず、多くの企業や美術家が協力して実現しています。
常設展展示作品のキャプションに、作家名、作品名などと共に、「松方コレクション」と記載されている作品が、フランスから寄贈返還された作品です。「旧松方コレクション」と記載されている作品は、一度松方の所有から離れ、その後、国立西洋美術館が第三者から購入したり、寄贈を受けたりしている作品です。
また、松方コレクションには、西洋美術とは別に約8,000点の浮世絵がありました。これは松方がパリの宝石商から一括して購入したもので、現在は東京国立博物館に収蔵されています。
国立西洋美術館の常設展を、どのように見るか
作品をどう見るかは、来館者の自由です。ただ、コレクションの中からどの作品を展示し、どういう順番で見てもらいたいかは、担当の研究員(※1)が十分に検討して決めています。国立西洋美術館の常設展では、中世から20世紀にかけての西洋美術をほぼ時代順に展示してありますので、順番に見ていけば、西洋美術の大まかな流れがつかめるようになっています。
でも、美術館で何を見てよいかわからないという方は、最初から途中まではさらっと見て、その中で気になった作品があればちょっと時間をかけて見てください。展覧会に行くと最初は見る気満々で、1点1点かなり熱心に見て、解説をしっかり読むことが多いのではないでしょうか。常設展では約200点の作品が展示されていました。前半に気合を入れ過ぎてしまうと、中盤からあとは疲れて集中力が途切れてしまいます。
筆者が集中して見ることをおすすめするのは、19世紀絵画のコーナーからです。ちょうど、本館2階の四角い展示室をぐるりと回ったあと、新館2階に入り、右手が吹き抜けになっている広い通路状の展示室からになります。特に注目していただきたいのは、クロード・モネなど印象主義のコーナーです。

近世までの西洋美術は、ギリシャ・ローマ文明とキリスト教の影響が特に強いため、その背景となる物語や象徴などを知らないとぴんとこない作品が少なからずあります。クロード・モネなど印象主義の画家たちの作品も、それまでの西洋美術の歴史があって生まれたものですが、絵をじっくり見ることで親しむことができます。
100年以上も前に描かれているにもかかわらず、印象派の絵画は、今なお日本だけでなく欧米でも人気があります。ところが、描かれているものは、美男美女でもなければ景勝地でもありません。それがなぜ、時代や国境を越えて人気があるのでしょうか。絵とは何かについて考えるきっかけになると思います。
国立西洋美術館は、現在17点のクロード・モネ(1840-1926年)の作品を所蔵しています。全作品がいつも展示されているわけではなく、一部展示替えも行われますが、モネとその前後の画家たちの絵を比較して見ることができます。
新館に入り、右側が1階から吹き抜けになっている通路状のコーナーを進むと、四角い展示室になります。モネを見る前に、まずここに展示してあるピエール=オーギュスト・ルノワール(1841-1919年)の《アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)》の油彩画について、少しだけ触れます。
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この作品は、フランスから寄贈返還される最初のリストには入っていませんでした。フランス政府は、接収していた松方コレクションのうち、ルノワール、フィンセント・ファン・ゴッホ、ポール・ゴーガン、ポール・セザンヌなど特に重要な作品として寄贈の対象から外していたのです。文化財保護委員となっていた矢代幸雄は、その中のゴッホ《アルルの寝室》と、このルノワールの作品だけでも返還して欲しいと交渉しました。最終的に、《アルルの寝室》は現在オルセー美術館の所蔵ですが、《アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)》は日本に戻ってきました。
モネの作品を、様々な視点で見てみる
さて、ルノワールの作品がある次の展示室には、モネの作品が多く展示してあります。どんな見方をしてもよいのですが、まず、遠くから絵の全体を見て、明るいとか、心地よいとか、最初に絵と出会った瞬間に感じた思いを確認してください。その後、1点1点の作品に近寄って細部を見ると興味深いと思います。
筆者は、その時の気分でいくつか視点を変えて見ます。
①クロード・モネの視点で
何を表現したくてこの絵を描いたのだろう。そのために、いつ(季節や朝・昼・夕など)、どこの、何を、どう描いたのだろう。
②クロード・モネを参考にしたい画家の視点で
人物のポーズ、顔(目や鼻や口など)や手、皮膚、服などはどう描いているのだろう。
光、風、水、空や雲をどう描いているのだろう。
そのように描くために、筆触や色使い、全体の構図(画面の切り取り方や物の配置、水平垂直などの画面構成)はどうしているのだろうか。
画面の縦横比はなぜその縦横比を選んだのか。
③松方に作品の購入を勧めるアドバイザーの視点で
この展示室の作品を買うことを勧めるとしたら、どれにするか。その作品を買うようにどう説得するか。
④自分が家に飾る視点で
自分が好きな作品をなんでも買える超富裕層だとして、家に1点飾るならばどの作品を選んで、どこに飾るか。
⑤作品を見ていない人に、自分の好きな品を説明する視点で
ぜひ見てもらいたい1点を選ぶ。その絵についてどのように言葉で説明するか。まず、客観的に画面に描いてあるものの説明、次に主観的に自分がその絵を好きな理由。
その他にも、展覧会企画者の視点でどんなテーマの展覧会をつくるか、アート投資家の視点で将来的な経済的価値を見込んでどの作品を選ぶか、などという見方もあります。
印象主義とクロード・モネ

作品を見る具体例の一つとして、クロード・モネ《舟遊び》という作品を取り上げます。
この絵を遠くから見ると、ほぼ四角の画面の中央上部に、ボートに乗っている二人の女性が描かれています。上半分は、女性の着ている白い服や水面が光を反射して明るく描かれています。下半分は、ボートと女性たちの影が水面に反映しているようです。しかし、近くで見るとこの絵はいったい何なのでしょう。一見すると、ボートの舳先をカットして、女性二人をクローズアップしているようですが、この女性たちの描き方がなんともおおざっぱです。まず、こちらを向いている女性の目鼻口といった顔立ちがはっきりしません。服も白い服なのかと思いきや、ピンクっぽい絵具をところどころ画面に塗りつけた感じです。女性を描きたいのであれば、もっと顔立ちや服の質感などをしっかり描くはずです。でも、モネはそこを描くことには興味がなかったようです。
1874年にパリで「画家彫刻家版画家協会展」が開かれました。モネ、ルノワール、ピサロ、シスレー、セザンヌなど当時の官展(サロン)になかなか入選できなかった若い画家たちが、独自に企画したグループ展でした。のちに第1回印象派展として知られることになります。
このグループ展は、多くの批判を受けました。ヨーロッパには、何百年にわたり多くの画家たちが切磋琢磨して描いてきた、絵画の表現や技術の伝統があります。そこに、今までの絵画の常識にとらわれず、雑に描いたとしか見えないような絵を、これは絵だ、芸術だといってきたわけですから当然の反応でしょう。当時の前衛画家、現代アーティストといったところでしょうか。
印象主義の名称は、批評家のルイ・ルロワが、「印象派の展覧会」というタイトルで、出品作を酷評した文を風刺新聞に掲載したことで有名になりました。クロード・モネ《印象・日の出》という作品が出品されていたことに由来します。
美術史家・美術評論家の高階秀爾によれば、この作品のもともとのタイトルは《日の出》だけでした。カタログ制作担当者からもう少し魅力的なタイトルをつけて欲しいと言われたモネが、思わず「それなら『印象』と付け加えたまえ」と答えたそうです。そして、このとっさの返答は、平素からモネが考えていた美学の根本を端的に示していると指摘しています。
「モネがカンヴァスの上に再現しようと求めたものは、(中略)自然の客観的な姿というよりも、モネの感覚が捉えた自然の『印象』というきわめて主観的な世界にほかならなかったのである」※2
筆者は絵を描きませんが、もしこの《舟遊び》の場面を見えたままに描くようにと言われたら、きっと二人の女性と舟を一生懸命に描こうとし、水面は水色や青で塗って終わりということになるでしょう。
モネが描きたかったものは、舟遊びの光景の印象です。かすかに揺れる小舟と静かな風に波立つ水面、そして反射する陽の光と明るい影です。画面は、舟を境に上下で明暗が分かれていますが、女性の白い服がハイライトとなり中心となっています。
印象主義の画家たちが画期的だったのは、色はモノに固有のものではなく、色そのものが光によって変化すると考えたことです。確かに、空や雲、海や山を見ても、昼と夕では色が違って見えます。太陽の光をプリズムで分解すると、七色ないし六色になります。印象主義の画家たちは、その場、その時間の光を表現したいと思いましたが、光と絵具は違います。絵具は違う色を混ぜれば混ぜるほど、鮮やかさや明るさが失われていきます。そこで、彼らは絵具をできるだけ混ぜ合わせないために、「筆触分割」又は「色彩分割」と呼ばれる技法を使いました。


印象主義の画家たちが感覚的につかんで実践したこの技法を、のちに当時の科学に基づき理論的に描いた画家の一人にポール・シニャック(1863-1935年)がいます。彼の作品が新館1階に展示されていますので、興味のある方は、ぜひ、遠くから、近くから見てください。
印象主義という言葉を使いながら、クロード・モネの絵画の一端を述べました。その時代の新しい美術傾向を把握するうえで、〇〇主義という言葉は便利な道具ですが、あまりその言葉にとらわれないことをお勧めします。印象派展は1874年から1886年まで8回開催されましたが、元々様々な傾向の画家が出品していましたし、印象主義の画家と言われていた画家たちも、その後、画風が変わっていきます。
特に、セザンヌ、ゴッホ、ゴーガンなどの画家たちを含む後期印象主義という言葉は要注意です。彼らは当時最新の美術動向であった印象主義の画家たちと交わったり、影響を受けたりはしていますが、次第にそれぞれ別々に独自の画風を打ち出します。フランス語のPost-impressionissme(ポストアンプレッショニスム)の訳なのですが、post-は「後の」の意味で、前期に対する後期とはニュアンスが違います。現在では、「印象派以降」とか「ポスト印象主義」と訳されています。
余談になりますが、翻訳はニュアンスが違ってしまう場合もあるので注意が必要です。オノレ・ドーミエやギュスターブ・クールベなどrealisme(レアリスム)の画家を写実主義ということがありますが、実際のままを写す意味の「写実」では範囲が広すぎます。surrealisme(超現実主義)の場合は、レアリスムは「現実主義」と訳されています。ドーミエやクールベらが、当時の社会状況を理想化せずにありのままに描くということを目指したという点では現実主義とか、現実描写主義とした方が近いのではないでしょうか。最近の美術書では、そのまま「レアリスム」と表記しているようです。
国立西洋美術館では、10月25日から企画展「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」が開催されています。印象派と言う言葉にとらわれず、彼らが何を表現したいと思い、どう描いたかという視点で見るとまた新たな発見があると思います。
なお、先日筆者が国立西洋美術館の常設展を訪れた時には、ほぼ2メートル角のサイズのモネ《睡蓮》(1916年)は、この企画展に展示中のために展示されていませんでした。松方が、フランス・ジヴェルニーにあるクロード・モネのアトリエを訪れた時に直接購入した作品で、国立西洋美術館の所蔵になっている素晴らしい作品です。お見逃しなく。
※1 国立西洋美術館では、学芸系の専門的業務を担う担当者は、研究員という職名です。
※2 高階秀爾『近代絵画史(上) ゴヤからモンドリアンまで』中央公論社、昭和54年 pp85-86
<参考>
国立西洋美術館企画・監修『国立西洋美術館 公式ガイドブック』淡交社、2019年
図録 編集・国立西洋美術館 高橋明也、喜多崎親『1874年―パリ[第1回印象派展とその時代]』国立西洋美術館、1994年
図録 陳岡めぐみ他『国立西洋美術館開館60周年記念 松方コレクション展』国立西洋美術館、2019年
高階秀爾『近代絵画史(上) ゴヤからモンドリアンまで』中央公論社、昭和54年
矢代幸雄『藝術のパトロン―松方幸次郎、原三傒、大原二代、福島コレクション』中央公論新社、2019年
石田修大『幻の美術館 甦る松方コレクション』丸善、平成7年
(亘理 隆 アートコンサルタント)
国立西洋美術館 常設展インフォメーション
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 住所 | 〒110-0007 東京都台東区上野公園7番7号 |
| 開館時間 | 9:30~17:30(金・土は~20:00)※入館は閉館の30分前まで |
| 休館日 | 毎週月曜日(祝日・振替休日の場合は開館し、翌平日休館)/年末年始(12/28~1/1)/臨時開館・休館あり |
| 無料観覧日 | 原則毎月第2日曜「Kawasaki Free Sunday」、5月18日「国際博物館の日」、11月3日「文化の日」 ※常設展のみ無料 |
| 常設展観覧料 | (一般) 個人:500円 団体(20名以上):400円 |
| 常設展観覧料 | (大学生) 個人:250円 団体(20名以上):200円 |
| 常設展無料対象者・割引情報 | 高校生以下・18歳未満・65歳以上・障害者手帳所持者と付添1名は無料/国立美術館キャンパスメンバーズ加盟校学生・教職員も無料(要証明) ※企画展は別料金となります。また、企画展の観覧券で常設展もご覧いただけます。 |
詳細はこちらのリンク先を必ずご覧ください https://www.nmwa.go.jp/jp/visit/



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