ルノワール『雨傘』とは|2つの画風が同居する理由と制作時期を解説

ルノワール『雨傘』の最大の特徴は、一枚の画面に「印象派時代の描き方」と「1880年代半ばの線描的な描き方」が同時に残っていることです。ロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵する本作は、単純に一度で描き上げられた街角風景ではありません。X線、赤外線、絵具層の断面、顔料分析によって、少なくとも二つの大きな制作段階があったことが確認されています。

現在はおおむね1881〜1886年頃の作品とされていますが、技術調査から見ると、最初の主要段階は1880〜1881年頃、描き直しの主要段階は1884〜1885年頃と考えるのが適切です。しかも「右半分が古く、左半分が新しい」とだけ理解すると重要な点を見落とします。画面左の若い女性にも初期段階の姿が隠れており、現在見える雨傘の多くは後期段階で整理されたからです。ルノワールの生涯と作品全体については、ルノワールとは|幸福な時間と光を描いた印象派の画家を解説もあわせてご覧ください。

『雨傘』 ピエール=オーギュスト・ルノワール 1881–1886年頃 油彩・キャンバス 180.3×114.9cm ナショナル・ギャラリー(ロンドン)所蔵
『雨傘』 ピエール=オーギュスト・ルノワール 1881–1886年頃 油彩・キャンバス 180.3×114.9cm ナショナル・ギャラリー(ロンドン)所蔵

ルノワール『雨傘』とは

『雨傘(The Umbrellas)』は、雨のパリを行き交う人々を描いた大作です。油彩・キャンバス、180.3×114.9cm。傘が画面上部を幾重にも覆い、その下を大人と子どもがすれ違います。ナショナル・ギャラリーは制作年を「1881〜1886年頃」としています。

題材そのものは、都市の群衆、流行の服装、偶然すれ違ったような人物配置という、ルノワールが印象派時代から好んだ現代生活の一場面です。しかし人物を細かく見ると、筆触、輪郭、立体感の作り方が揃っていません。そこに本作の核心があります。

なぜ左右で画風が違うのか

画面右側の母親と二人の娘、その周辺の人物には、柔らかく細かな筆触が重なっています。青、緑、橙などが軽やかに入り交じり、顔の輪郭も硬く閉じられていません。人物と周囲の空気が溶け合うように見える点は、印象派らしい視覚効果です。

それに対して画面左前景の若い女性は、顔の形、首、肩、腕、ドレスの折り目が明確に組み立てられています。灰青色の服は均一で落ち着いた筆触によって量感が与えられ、人物の輪郭も右側よりはっきりしています。背後の男性も同様に、空気の中へ溶け込むというより、形を定めて配置されています。

ただし、この違いを「右は1881年、左は1885年」と機械的に二分することはできません。X線調査によって、左前景の女性も最初の制作段階ですでに描かれていたことが判明しています。ルノワールは後年、そこへ戻り、女性の服装や輪郭を大きく描き直し、男性を加え、さらに雨傘の形や色調も整理しました。つまり『雨傘』は左右を別々に描いた絵ではなく、古い絵の上へ新しい画風を重ねた作品なのです。

最初の制作は1880〜1881年頃

ナショナル・ギャラリーの技術研究では、最初の主要な制作段階は1881年頃とされています。この時期に描かれたのが、現在も初期の筆触をよく残す画面右側の人物群です。服装史からも、母親や娘たちのドレスと帽子は1881〜1882年頃の流行と一致します。

当時のルノワールは、光の変化を短く柔らかな筆触で捉え、人物の輪郭を周囲の色彩に溶かす表現を成熟させていました。1876年の『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』では木漏れ日と群衆が一体となり、1880〜1881年の『舟遊びをする人々の昼食』では人物、衣服、テーブル、川辺の光が細かな色の振動によって結ばれています。『雨傘』の初期部分は、その延長線上にあります。

『舟遊びをする人々の昼食』 ピエール=オーギュスト・ルノワール 1880–1881年 油彩・キャンバス 130.2×175.6cm フィリップス・コレクション所蔵
『舟遊びをする人々の昼食』 ピエール=オーギュスト・ルノワール 1880–1881年 油彩・キャンバス 130.2×175.6cm フィリップス・コレクション所蔵

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1881年のイタリア旅行で画風が変わる

大きな転機となったのが、1881年から1882年にかけてのイタリア旅行です。ルノワールはローマでラファエロのフレスコ画を見て、ナポリでは古代ローマ絵画に触れました。また、この時期にはアングルの素描にも強く惹かれ、人物を輪郭と構造によって組み立てる古典的な表現への関心を深めていきます。

印象派時代のルノワールは、光を受けて刻々と変化する色を追い、輪郭をあえて柔らかくしました。ところが1880年代半ばになると、人体をより確かな線で捉え、形そのものに重量と持続性を与えようとします。一般に「古典回帰」あるいは「アングル風時代」と呼ばれる変化です。『雨傘』は、その転換以前に始めたキャンバスへ、転換後のルノワールが再び手を入れたため、画風の変化が一枚の中に可視化されました。

『大水浴図』 ピエール=オーギュスト・ルノワール 1884–1887年 油彩・キャンバス 117.8×170.8cm フィラデルフィア美術館所蔵
『大水浴図』 ピエール=オーギュスト・ルノワール 1884–1887年 油彩・キャンバス 117.8×170.8cm フィラデルフィア美術館所蔵

1884〜1887年に長期間をかけて制作した『大水浴図』では、この方向がさらに明確です。裸婦の身体は輪郭線で区切られ、ポーズと量感が慎重に構成されています。『雨傘』左側の若い女性に見られる引き締まった輪郭は、この1880年代半ばの探究と同じ時期に現れたものです。

1884〜1885年頃に何が描き直されたのか

二度目の主要な制作段階は、1884〜1885年頃と考えられています。左前景の若い女性は、最初の段階にも存在していましたが、現在とはかなり違う姿でした。X線像には、細かなフリルのあるスカート、袖や襟の装飾、そして大きな帽子を身につけた旧構図が残っています。筆触も右側の人物群に近い、柔らかく羽毛状の描き方でした。

ルノワールは後期段階でその服装を整理し、より簡潔で厳格なシルエットのドレスへ変更しました。現在の服装は1885〜1886年頃に流行した形と対応します。顔や手、胴体、スカートの輪郭も線描的に組み直され、人物の存在感が強まりました。背後からこちらを見る男性も、この描き直しの過程で加えられた可能性が高いと考えられています。

X線調査で見つかった「消された帽子」

『雨傘』の制作過程を決定的に見せるのがX線画像です。左前景の女性の頭部周辺には、現在は見えない大きな帽子の形が残っています。その帽子は後から描かれた男性の顔の位置まで広がっているため、最初の制作段階が終わった時点では、現在の男性がまだ存在していなかった可能性を強く示します。

『二人の姉妹(テラスにて)』 ピエール=オーギュスト・ルノワール 1881年 油彩・キャンバス 100.4×80.9cm シカゴ美術館所蔵
『二人の姉妹(テラスにて)』 ピエール=オーギュスト・ルノワール 1881年 油彩・キャンバス 100.4×80.9cm シカゴ美術館所蔵

技術研究では、この消された帽子の形が1881年の『二人の姉妹(テラスにて)』に描かれた幅広の帽子と比較されています。つまり服装史だけでなく、同時期のルノワール自身の作品も、左の女性が最初は1881年頃の姿で描かれていたことを裏づける手掛かりになります。

さらに赤外線調査では、描き直された女性の胴体、袖、手、スカート、箱の形を定める線が確認されています。印象派的な筆触の上に、輪郭を先に定めて形を構築する新しい制作方法が重なっているのです。

顔料調査でも二つの制作段階が分かる

画風の違いは見た目だけではありません。絵具層の断面と顔料分析からも、制作時期の違いが確認されています。初期段階では青にコバルト・ブルー、黄に亜鉛黄が使われているのに対し、後期段階では青にフレンチ・ウルトラマリン、黄にナポリ黄が用いられました。色材の組み合わせそのものが変わっているため、どの絵具層がどちらの制作段階に属するのかを追うことができます。

特に重要なのが雨傘です。現在見える青灰色の傘の絵具からは、後期段階を特徴づけるフレンチ・ウルトラマリンが確認されています。つまり、右側の人物群には古い描写がよく残っている一方で、その頭上を覆う雨傘まで「すべて初期段階」とは言えません。人物の一部は旧段階、傘の多くは後期の整理を受けているという複雑な重なりこそ、『雨傘』の制作過程を正確に理解するポイントです。

ナショナル・ギャラリーでは、X線撮影だけでなく、赤外線反射撮影、絵具断面の顕微鏡観察、元素分析などを組み合わせて作品を調べています。美術史上の「画風が変わった」という判断が、服装や筆触の比較だけでなく、実際の物質的な証拠によって確かめられている点が本作の大きな特徴です。

なぜルノワールは描き直したのか

ルノワール本人が『雨傘』をなぜ数年後に描き直したのか、その理由を明確に説明した記録は確認されていません。そのため「最初の出来に満足できなかったから」「イタリア旅行後に全部を古典風へ直そうとしたから」と断定するのは避けるべきです。

ただし、制作時期と画面の変化は明瞭です。1881年頃のルノワールは印象派的な柔らかな筆触で人物を描き、その後のイタリア旅行を経て、アングルやラファエロに通じる輪郭、素描、人体の構造へ関心を深めました。1884〜1885年頃に『雨傘』へ戻ったとき、左の女性を新しい方法で組み直したことは、技術調査によって裏づけられています。

それでもルノワールは画面全体を一つの画風に統一しませんでした。最終的な作品には、柔らかな右側と引き締まった左側が共存しています。『雨傘』の価値は、完成形の統一感だけにあるのではなく、画家が自分の表現を変えようとしていた時間そのものが残っていることにあります。

『雨傘』を見るときのポイント

実物や高精細画像を見るときは、まず画面右側の母親と子どもたちの顔、帽子、ドレスを見てください。輪郭が柔らかく、細かな色の筆触が空気と人物をつないでいます。次に左前景の若い女性へ視線を移すと、頬から顎、首、肩、腕、ドレスの折り目がはっきりと区切られ、身体が立体として組み立てられていることが分かります。

最後に画面上部の傘を見直すと、本作を「右と左の二分割」と考えられない理由が見えてきます。人物には初期段階が残る場所がありながら、傘の青灰色には後期段階の顔料が広く使われています。目で見える画風の差と、X線・赤外線・顔料分析が示す層の差を重ねることで、一枚の絵の中で約4年にわたる変化を追うことができます。

まとめ|『雨傘』は画風転換を記録した一枚

ルノワール『雨傘』は、1880〜1881年頃に始まり、1884〜1885年頃に大きく描き直された作品です。右側の人物群には印象派時代の柔らかな筆触がよく残り、左前景の女性には、イタリア旅行後の古典回帰を反映した明確な輪郭と構造的な人体表現が現れています。X線は消された帽子と旧構図を、赤外線は後期の線描を、顔料分析はコバルト・ブルーからフレンチ・ウルトラマリンへの変化などを明らかにしました。

一枚の作品の中に二つの画風が同居しているのは、単なる不統一ではありません。ルノワールが印象派の成果を抱えたまま、新しい人物表現へ進もうとした1880年代の転換が、実際の絵具の層として残された結果です。『雨傘』は、完成した名画であると同時に、画家の制作方法が変わる瞬間を観察できる貴重な作品でもあります。

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