エドゥアール・マネは1883年4月30日、51歳で亡くなりました。晩年は脚の痛みや歩行障害に悩み、最終的には左脚の壊疽によって切断手術を受けています。ただし、晩年を「病気で描けなくなった時期」と見ると作品の実態から外れます。むしろ制作の方法を変えながら、最後まで絵を描き続けた時期でした。
晩年は、病状の進行と作品の規模をそのまま結びつけて考えない方がよいと思います。大作が減っても、パステル、花の静物、水彩を添えた手紙など、「表現の幅」は広がっています。そして1882年には《フォリー=ベルジェールのバー》という大作も完成させています。
1870年代末から健康が悪化する

1870年代末から、マネには脚の痛みや歩行の不自由さが目立つようになります。後世の医学史では、こうした症状を脊髄癆と結び付ける見方があります。ただし、現在の医学的検査によって本人が診断されたわけではありません。同時代に確認できる症状と、後世の診断的解釈は分けて考えるのがよいでしょう。
同時代に確認できる症状と後世の医学的推定を分けて考えると、「梅毒で死んだ」という一言では説明できないことがよく分かります。晩年の神経症状、壊疽、切断手術、死亡までの経過にはそれぞれ別の資料があり、後世の医学的推定も含まれます。
ベルヴューでの療養と制作
』-エドゥアール・マネ-1880年-油彩・カンヴァス-80.6×60.3cm-メトロポリタン美術館所蔵.jpg)
1880年、マネは療養のためベルヴューに滞在します。そこで妻シュザンヌを描いたのが《ベルヴューのマネ夫人》です。軽やかな筆触に着目すると、療養中も油彩制作を続けていたことがよく分かります。素描や習作を重ねて仕上げた作品で、体調が悪化しても制作の組み立て自体は失われていません。
』-エドゥアール・マネ-1880年8月2日-水彩・ペンとインク・紙-20.1×24.8cm-メトロポリタン美術館所蔵.jpg)
同じ頃、マネは友人への手紙に花や果物を水彩で描き添えました。1880年8月2日付のウジェーヌ・マウス宛書簡には二つのリンゴが描かれています。小さな紙面ですが、輪郭を最小限にしながら色で形を立ち上げる晩年の感覚がよく分かります。
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パステルと花の静物が増える
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晩年のマネは、油彩だけでなくパステルにも力を入れました。身体への負担を考えれば、短時間で色を置けるパステルは使いやすい技法だったと考えられます。ただし「病気だから簡単な技法へ逃げた」と見るのは適切ではありません。パステルでも、油彩を描く際の持ち味は維持できており、人物の肌や衣装、背景の色を大胆にまとめています。
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花の静物も晩年に集中して描かれています。小さな画面に花瓶と花を置き、背景を簡潔にして色と形を際立たせる。花瓶の透明感、暗い背景、花弁の明るさの差に着目すると、マネらしい色の置き方を理解しやすいと思います。
1881年《春》、1882年《フォリー=ベルジェールのバー》
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1881年の《春》では、若い女性の顔、花柄の衣装、日傘、背景の植物が明るい色でまとめられています。病状が進んでいた時期の作品ですが、画面はむしろ軽やかです。晩年=暗い、という先入観を外して見ると、色彩の明るさがよく分かります。

翌1882年には《フォリー=ベルジェールのバー》を完成させました。鏡に映る群衆、カウンターの瓶や果物、中央に立つ女性。最晩年にここまで複雑な構成の大作を完成させていることを考えると、病気の進行だけで晩年を語るのは難しいことが分かります。
壊疽と左脚の切断
1883年、マネの左脚には壊疽が生じ、4月には膝下の切断手術が行われました。手術後の容体は回復せず、4月30日に亡くなります。
死因を一語で言い切るより、晩年の経過を段階ごとに見る方が正確です。長く続いた神経症状、歩行障害、壊疽、切断手術、そして死。梅毒との関連は後世の医学史で論じられていますが、現代的な検査で確定診断されたものではありません。
晩年を見るなら「できなくなったこと」だけを見ない
晩年の作品を並べると、制作の規模や技法を体調に合わせて柔軟に変えていたことがよく分かります。大きな油彩、パステル、小さな花の静物、水彩を添えた手紙。身体の制約が増える一方で、絵を描く方法はむしろ広がっています。
この時期の作品は、病気の重さだけでなく、作品のサイズや技法、色彩がどのように変化したのかに着目すると、画家としての活動を理解しやすいと思います。最晩年のマネは、制作をやめたのではなく、身体の状態に応じて描き方を変えながら、最後まで制作を続けました。
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