エドゥアール・マネとベルト・モリゾは、19世紀フランス美術を考えるうえで重要な組み合わせです。ただし、「画家とモデル」という言葉だけで二人の関係を見てしまうと実態はつかみにくいです。モリゾ自身がすでに画家として活動しており、のちに第1回印象派展へ参加する中心人物の一人だったからです。
モデル、画家仲間、家族という三つの関係に分けて考えると、二人の関係を理解しやすいと思います。マネはモリゾを何度も描き、モリゾはマネの弟ウジェーヌと結婚しました。親密な交流は確かですが、恋愛関係だったと断定できる一次資料はありません。作品と記録を分けて見ていくのがよいでしょう。
二人はどのように出会ったのか
マネとモリゾが知り合ったのは1868年頃です。モリゾはすでにサロンへ出品していた画家で、風景や人物を描きながら独自の活動を続けていました。つまり、マネと出会った時点で「これから絵を学ぶ女性」だったわけではありません。
この点を先に押さえておくと、マネが彼女を描いた作品の見え方も変わります。モリゾはモデルであると同時に、絵を描く側の人間でもありました。マネの画面に座る彼女を、受け身の存在としてだけ見るのは不自然です。
《バルコニー》から始まるモリゾ像

《バルコニー》では、モリゾは左手前に座っています。白いドレス、黒い髪と瞳、そして画面を横切る緑の手すり。人物同士の視線が交わらない構図の中で、モリゾの顔は強く印象に残ります。
ここではまだ群像の一人ですが、その後マネはモリゾをより近い距離で描くようになります。作品を年代順に並べてみると、同じ人物でも、画面の中での役割や距離感がかなり変わっていることが分かります。
。.jpg)
《すみれの花束をつけたベルト・モリゾ》では、黒い帽子と髪、首元のすみれ、白い肌が画面の中心になります。《バルコニー》より背景情報が少なく、見る側の意識がほぼ顔に集まります。二作を比べると、同じ人物でも構図によって印象を大きく変えていることがよく分かります。
。.jpg)
《休息》ではソファに身体を預ける姿が描かれています。《バルコニー》の硬い緊張感とはかなり違います。座り方や身体の重さに着目すると、マネがモリゾ像を一つの型に固定していなかったことを理解しやすいと思います。
「へ~」「そうなんだ!」朝の1分、ちょっと朝活
Q2. ゴッホの『ひまわり』は何枚あるの?
Q3. 印象派という名前は誰が付けたの?
この3問の答えは、登録後すぐにメールで届きます。
1872年のモリゾ像を日本でも見られる
。.jpg)
ひろしま美術館の《バラ色のくつ(ベルト・モリゾ)》も、マネがモリゾを描いた1872年の作品です。黒い髪と白い衣装の対比は他の肖像と共通していますが、全身に近い姿を見せることで、人物の存在感がまた違って感じられます。
作品ごとに距離、姿勢、衣装を比べると、マネがモリゾをどのように描き分けたのかよく分かります。マネがモリゾをどう見せたかったのか、その違いが具体的に分かります。
モリゾは「マネのモデル」だけではない
。.jpg)
モリゾ自身の作品を見ると、この点はさらに明確です。彼女は家族や身近な人物、庭、室内、女性の日常を、軽やかな筆触と明るい色彩で描きました。1874年の第1回印象派展にも参加し、その後も独立展へ継続的に出品しています。
マネが印象派展には加わらなかった一方で、モリゾは新しい発表の場を選びました。二人を「師弟」と単純に並べるより、近い距離で交流しながら、別々の道を進んだ画家同士と見る方が実態に近いでしょう。

二人は恋人だったのか
マネとモリゾの関係については、後世に恋愛説が語られてきました。親密な交流があり、マネが彼女を繰り返し描いたことは事実です。ただし、恋愛関係を確定できる一次資料はありません。作品の表情から感情を読み取り、それを史実へ置き換えるのは避けた方がよいでしょう。
むしろ、二人が互いの制作を身近に見ていた画家同士だったことに目を向ける方が、美術史的には実りがあります。マネの肖像に現れるモリゾと、モリゾ自身が描いた作品を並べると、「描かれた側」と「描く側」が同じ人物の中に重なっていたことがよく分かります。
ウジェーヌ・マネとの結婚と家族関係
。.jpg)
1874年、モリゾはエドゥアールの弟ウジェーヌ・マネと結婚しました。これによって、彼女はマネ家と家族として結ばれます。ウジェーヌはモリゾの制作を支え、娘ジュリーも後に多くの画家たちとつながる存在になりました。
この家族関係を知ると、マネとモリゾの交流が一時的なモデル関係ではなかったことが分かります。作品だけでなく、展覧会、家庭、制作の場が重なっていた長い関係でした。
二人をどう見ると分かりやすいか
《バルコニー》《すみれの花束をつけたベルト・モリゾ》《休息》《バラ色のくつ》を年代順に並べ、そこへモリゾ自身の作品を加えると、モデルとして描かれた姿と画家としての活動を並行して理解しやすいと思います。
マネが描いたモリゾ像と、モリゾ自身の作品を並べて見ると、二人を画家同士の交流として捉えやすいと思います。二人を印象派の流れの中に置き、さらにマネの生涯と重ねてみると、それぞれが選んだ道の違いも理解しやすいと思います。
豆知識|ベルト・モリゾとは?
ベルト・モリゾ(1841~1895年)は、印象派を代表するフランスの画家です。1864年からサロンに出品し、1874年にはモネ、ルノワール、ドガらとともに第1回印象派展へ参加しました。家族や女性の日常、庭、風景など身近な主題を多く描き、明るい色彩と軽やかな筆触を生かした作品で知られています。
マネの作品ではモデルとして知られていますが、モリゾ自身も独立した画家として活動していました。代表作《ゆりかご》は1872年の作品で、姉エドマとその娘を描いたものです。1874年にはマネの弟ウジェーヌ・マネと結婚しました。こうした経歴を知ってからマネが描いたモリゾ像を見ると、「画家がモデルを描いた」というだけでなく、同時代を生きた二人の画家の交流として作品を見やすくなります。
関連記事
福福堂編集部の無料メールマガジン
朝の1分で、美術の「へ~」を3つ。
美術に詳しくなくても楽しめる3つのアートQ&Aを、毎週火曜朝7:30ごろ無料でお届けします。
・モネはなぜ同じ景色を何枚も描いたの?
・ゴッホの『ひまわり』は何枚あるの?
・印象派という名前は誰が付けたの?
この3問の答えは、登録後すぐにメールで届きます。
登録に必要なのはメールアドレスだけです。配信停止はメール末尾のリンクからいつでも行えます。
この記事を読んだ方におすすめの展覧会
入場無料でご覧いただける、現在開催中または開催予定の注目展覧会をご紹介します。世界に一つしかない原画を中心とした作品を展示・販売しており、会場では実際に作品をご購入いただけます。
東京都・埼玉県限定 2026年12月15日までの開催分
講演歴17年以上・全国500回以上。 伊藤一樹の講演会を、講演料無料で。
中学校・高校・教育委員会から企業研修まで。心の不調を乗り越えた書画家・伊藤一樹が、実体験をもとに「あなただからこそできることがある」を語ります。
- 講演時間25~70分
- 約5分の書画ライブ可
- 会場・日時未定でも相談可
0円
福福堂が講演料を負担します。主催者様は、岐阜県恵那市から会場までの交通費実費のみご負担ください。
学校行事・企業研修・安全大会・健康・人権・福祉研修などにご相談いただけます。