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ゴッホが描いた『糸杉』とは|なぜ繰り返し描いた?サン=レミの代表作を解説

フィンセント・ファン・ゴッホの「糸杉」は、一枚の作品名であると同時に、南フランスで繰り返し取り組んだ重要なモチーフです。とくに1889年、サン=レミ=ド=プロヴァンスの療養院で過ごした時期には、糸杉を単独で大きく描いた作品、麦畑の奥に立たせた風景、夜空と組み合わせた作品などを次々に制作しました。

ゴッホの糸杉を「死の象徴」とだけ説明すると、この連作の面白さを見落としてしまいます。南欧では墓地と結びつくこともある樹木ですが、ゴッホ自身の手紙には、糸杉の線や比例、暗く独特な緑をどう絵にするかという、画家としての具体的な関心が記されています。本記事では、サン=レミ時代の背景を踏まえながら、《糸杉》《糸杉のある麦畑》《星月夜》《糸杉と星の見える道》を比較し、ゴッホがなぜこの樹木を何度も描いたのかを見ていきます。

フィンセント・ファン・ゴッホ『糸杉』1889年6月 メトロポリタン美術館
『糸杉』/フィンセント・ファン・ゴッホ/1889年6月/油彩・カンヴァス/93.4×74cm/メトロポリタン美術館

ゴッホにとって「糸杉」とは

糸杉は、細長い円錐形の樹冠をもつ常緑樹です。プロヴァンスの風景では、低く広がる麦畑やオリーヴ畑の中から垂直に立ち上がる姿が目立ちます。ゴッホが1888年にアルルへ移った後、この南フランス特有の樹木は少しずつ作品に現れ、1889年のサン=レミ時代に本格的な連作へ発展しました。

ゴッホは糸杉を単に「南欧らしい景色」として描いたのではありません。低い地平線、横へ流れる雲、うねる麦畑の中に、強い縦軸を置けること。明るい黄や青の中へ、深い緑の大きな塊を入れられること。そして、枝葉の密集した複雑な形を、線と筆触で組み立てられること。糸杉は、彼が風景画の構図と色彩を試すうえで非常に使い勝手のよいモチーフでした。

ゴッホ『緑の麦畑と糸杉』1889年6月 プラハ国立美術館
『緑の麦畑と糸杉』/フィンセント・ファン・ゴッホ/1889年6月中旬/油彩・カンヴァス/73.5×92.5cm/プラハ国立美術館

なぜサン=レミで糸杉を繰り返し描いたのか

ゴッホは1889年5月8日、サン=レミのサン=ポール=ド=モーゾール療養院へ入院しました。最初は行動範囲が限られていましたが、やがて療養院の庭や周辺の田園へ出て制作することが認められます。そこで繰り返し目にしたのが、アルピーユ山脈のふもとに広がる麦畑、オリーヴ畑、そして糸杉でした。療養生活全体についてはゴッホとサン=レミで詳しく解説しています。

1889年6月、ゴッホは糸杉を正面から大きく捉えた縦長の作品や、麦畑と組み合わせた横長の風景を集中的に制作します。同じ頃には素描でも糸杉を研究しており、一本の樹木を写生したというより、形をどう単純化し、どの方向へ筆を動かせば樹木の重量感や上昇感が出るのかを試していたことが分かります。

ゴッホ『糸杉』1889年6月 ブルックリン美術館所蔵の素描
『糸杉』/フィンセント・ファン・ゴッホ/1889年6月/葦ペン、黒鉛、羽根ペン、茶・黒インク、紙/61.9×47.3cm/ブルックリン美術館

1889年『糸杉』を見る

メトロポリタン美術館所蔵の《糸杉》(F613/JH1746)は、1889年6月末に描かれた代表作です。93.4×74cmの縦長画面いっぱいに、二本の大きな糸杉が立ち上がります。地面や低木、遠くの丘、空も描かれていますが、主役は明らかに暗緑色の樹木です。

注目したいのは、木の輪郭が直線ではないことです。幹から枝葉へ向かう筆触は小刻みに方向を変え、樹冠の外縁も波打っています。そのため、縦へ伸びる形でありながら硬く静止せず、内部に風や成長の力を抱えているように見えます。周囲の空には青や淡い緑、ピンクが入り、暗い糸杉との明暗差が強調されます。

「炎のような糸杉」という比喩は、上向きに尖る輪郭や筆触を説明するには便利です。ただし、これは画面を見た私たちの比喩であり、ゴッホ本人が糸杉を炎や死の象徴として設定したと断定できる根拠ではありません。作品を読むときは、視覚上の印象と本人の言葉を分けて考える必要があります。

「へ~」「そうなんだ!」朝の1分、ちょっと朝活

Q1. モネはなぜ同じ景色を何枚も描いたの?
Q2. ゴッホの『ひまわり』は何枚あるの?
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『糸杉のある麦畑』の複数ヴァージョン

《糸杉のある麦畑》は、ゴッホの糸杉作品の中でも特に重要な系列です。1889年6月に描いたメトロポリタン美術館所蔵作では、黄金色の麦畑、暗い糸杉、青緑のオリーヴ、アルピーユの山並み、雲の流れる空が一つの画面に重ねられています。ゴッホはこの構図を気に入り、同年秋にほぼ同じ構成で複数の油彩を制作しました。

フィンセント・ファン・ゴッホ『糸杉のある麦畑』1889年6月 メトロポリタン美術館
『糸杉のある麦畑』/フィンセント・ファン・ゴッホ/1889年6月/油彩・カンヴァス/73.2×93.4cm/メトロポリタン美術館

ロンドンのナショナル・ギャラリー所蔵作は1889年9月に制作されたヴァージョンです。構図はよく似ていますが、細部の筆触や色の整理が異なり、6月の現地制作をもとに、アトリエで構成を練り直した作品として見ることができます。同じ題材を何度も描いた理由は、単なる複製ではなく、一度つかんだ構図を別の色調や筆触で完成度の高い絵画へ発展させるためでした。

ゴッホ『糸杉のある麦畑』1889年9月 ナショナル・ギャラリー
『糸杉のある麦畑』/フィンセント・ファン・ゴッホ/1889年9月/油彩・カンヴァス/72.1×90.9cm/ナショナル・ギャラリー(ロンドン) 明るく美しい作品です。

『星月夜』の糸杉はなぜ大きいのか

1889年6月の《星月夜》では、画面左の糸杉が前景から大きく立ち上がり、星空へ届くほどの高さで描かれています。実景の正確な縮尺というより、村、山、夜空という横方向に広がる画面へ、強い垂直軸を入れる役割が大きいと考えられます。

《星月夜》の空では、星や月の周囲を曲線状の筆触が巡り、山の稜線も波打っています。糸杉の輪郭も同じように揺れながら上へ伸びるため、地上と空が別々の領域にならず、画面全体が連続した運動としてつながります。糸杉が「天と地をつなぐ象徴」であると断定する必要はありませんが、構図上は実際に、地面から夜空へ視線を導く重要な形になっています。

フィンセント・ファン・ゴッホ『星月夜』1889年 ニューヨーク近代美術館
『星月夜』/フィンセント・ファン・ゴッホ/1889年6月/油彩・カンヴァス/73.7×92.1cm/ニューヨーク近代美術館(MoMA)

『糸杉と星の見える道』

《糸杉と星の見える道》は、クレラー=ミュラー美術館が《プロヴァンスの夜の田舎道》として所蔵する1890年5月12~15日頃の作品です。ゴッホがサン=レミを離れる直前に描かれました。中央の一本の糸杉が画面を二分し、左右の空には星と月、下には曲がる道と歩く人物、馬車が配置されています。

1889年6月の《糸杉》では、樹木そのものを大きく観察するような構図でした。それに対してこの作品では、糸杉が夜の風景全体を組織する柱になっています。短く波打つ筆触が空、道、草地、樹木にまで広がり、画面全体に共通のリズムを与えます。クレラー=ミュラー美術館は、この風景が特定の場所をそのまま写したものではなく、サン=レミで得た印象を画家自身が組み合わせた構成だと説明しています。

ゴッホ『糸杉と星の見える道』1890年 クレラー=ミュラー美術館
『糸杉と星の見える道(プロヴァンスの夜の田舎道)』/フィンセント・ファン・ゴッホ/1890年5月12~15日頃/油彩・カンヴァス/90.6×72cm/クレラー=ミュラー美術館

手紙に残る「オベリスク」という表現

ゴッホが糸杉に何を見ていたのかを考えるうえで、1889年6月25日に弟テオへ送った手紙は重要です。彼は糸杉がまだ自分を「夢中にさせている」と記し、ひまわりの連作のように、糸杉でも何かを作りたいと考えていました。そして、その線と比例の美しさを「エジプトのオベリスク」のようだと表現しています。

さらに、糸杉の緑は独特で、日差しの強い風景の中に置かれる「暗い色の斑点」のようであり、その暗い色を正確に出すことが難しいとも述べています。ここから分かるのは、ゴッホが糸杉をまず形、比例、色の問題として見ていたことです。「糸杉=死」という一語で片づけるより、明るいプロヴァンスの風景の中で、最も暗く、最も縦に伸びる形をどう絵にするかという造形上の挑戦として理解する方が、本人の言葉に近づきます。

ゴッホ『糸杉と二人の女性』1890年 ファン・ゴッホ美術館
『糸杉と二人の女性』/フィンセント・ファン・ゴッホ/1890年2月/油彩・カンヴァス/43.5×27cm/ファン・ゴッホ美術館

色彩・筆触・輪郭から見るゴッホの糸杉

ゴッホの糸杉を見比べると、第一に目立つのは縦方向の強さです。麦畑や山並みが横へ広がる風景の中で、糸杉だけが画面を縦に貫きます。《糸杉》では樹木自体が主役になり、《糸杉のある麦畑》では横長の風景にアクセントを作り、《星月夜》では前景から夜空へ伸びる大きな垂直形になります。

第二は暗い緑です。ゴッホは糸杉を黒一色にはせず、深い緑、青緑、褐色、時には黄や青を細かく重ねています。その暗さが、黄色い麦畑や明るい空をいっそう鮮やかに見せます。色彩の対比についてはゴッホの絵の特徴でも詳しく紹介しています。

第三は筆触の方向です。樹木の内部では短い筆触が縦へ集まりながら、ところどころで渦を巻くように曲がります。空は横や曲線、麦畑は斜めや波形へ流れるため、一本の画面の中で異なる方向の運動がぶつかります。こうした筆触の組み合わせによって、風景は静止した写真のようではなく、風や光が動き続ける場として見えてきます。

代表的な糸杉作品を比較

作品制作時期所蔵糸杉の役割
『糸杉』F613/JH17461889年6月メトロポリタン美術館樹木そのものを主役にした縦長構図
『緑の麦畑と糸杉』F719/JH17251889年6月中旬プラハ国立美術館広い麦畑に垂直のアクセントを置く
『糸杉のある麦畑』F717/JH17561889年6月メトロポリタン美術館麦畑・山・空をつなぐ暗い垂直形
『星月夜』F612/JH17311889年6月ニューヨーク近代美術館前景から夜空へ伸びる大きな縦軸
『糸杉のある麦畑』別ヴァージョン1889年9月ナショナル・ギャラリー6月の構図をアトリエで再構成
『糸杉と二人の女性』F621/JH18881890年2月ファン・ゴッホ美術館人物とのスケール差で樹木の高さを強調
『糸杉と星の見える道』F683/JH19821890年5月クレラー=ミュラー美術館夜景全体を中央で分ける構図の柱

こうして並べると、ゴッホは糸杉を一つの意味に固定していなかったことが分かります。ある作品では主役、ある作品では遠景の目印、別の作品では構図を支える垂直軸として使っています。モチーフは同じでも、画面内での役割を変えながら繰り返す点に、ゴッホの連作的な制作の特徴があります。代表作全体の中で位置づけを見たい方はゴッホの代表作ランキングTOP10、生涯の流れから知りたい方はゴッホとは|生涯と代表作もご覧ください。

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ゴッホのサン=レミ時代、糸杉と同時期に描かれた作品、画風の特徴は、以下の記事で詳しく解説しています。

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