2024年9月25日から伊勢丹浦和店での個展を開催中の日本画家・江崎栄花さんにライターのイチノセイモコがインタビューしました。――それでは日本画家・江崎栄花さんのインタビューをお楽しみください!
日本画家 江崎栄花さんにインタビュー 「いい湯だな~」社会のきびしさ、絵に昇華
幼少時代に動物から学んだ「命」
――江崎さん、本日はよろしくお願いいたします。江崎さんは様々な種類の動物や花を描かれるのが特徴だと思います。幼い頃から動物や植物になじみがあったのですか?
本日はよろしくお願いします。宮崎に住む伯父夫婦がポメラニアンを飼っていて、幼い頃は帰省の度によく遊んでいました。それが動物好きになったきっかけかもしれませんね。実家では、生き物を飼うことが許されていませんでしたが、私はどうしても飼いたかったんです。ある時「夏祭りで金魚を持ち帰ったら飼えるのでは」と思いつきました。それがきっかけでようやく家で生き物を飼うことができるようになったんです。
――子供らしい良い作戦ですね。
その後、コメットという種類の金魚を飼い、『赤髭丸(あかひげまる)』と名付けました。5年以上も生きて、約25cmの大きさにまで成長してくれました。ところが、後に卵を産んだことで、「赤髭丸って、メスだったんだ」と気づきました。
――そんなことがあったのですね(笑)
鳥も好きでした。スズメやハトを近くで見たくて、よく近所の公園に餌やりに行っていました。小学生くらいの時に、怪我をしていた小鳥の雛を保護したこともあります。「大切にお世話をするんだ」と意気込みました。
ところが、ある時、雛の翼に糞がついていることに気がついて、冷水で洗ってしまったんです。それからずっと震えていて、夜遅くに死んでしまったのです。良かれと思ってした事が、かわいそうな事をしてしまいました。
――悲しかったでしょう。動物は命の大切さを教えてくれますね。
映画「タイタニック」をマネて描いた幼稚園時代
――江崎さんと、絵との出会いについて教えてください。
はい。幼稚園に通っていた時から映画「タイタニック」が大好きで、主人公のジャックがヒロインをモデルに裸婦像を描くシーンにすごく憧れがありました。映画のその場面を一時停止して、自分で裸婦像を描き写していました。子どもの頃は、アニメやゲームのキャラクターをよく描いていましたね。小学校の昼休みには、机の前にアニメのキャラを描いてほしいという子たちの行列ができて嬉しかったです。
――幼いころから既に、絵を通じて周りの人に喜んでもらっていたのですね。学生時代はコンテストで多数、受賞されていたと聞いておりますが、どんな学生時代を過ごされたのでしょうか?
中学時代は、はじめ運動部に入部したのですが人間関係などで悩み、美術部に転部しました。当時、学校外で開催されていた美術教室へ参加していて、美術が好きだったんです。美術部の友人とは馬が合い、私の本当の居場所はここだ! と思いました。
「描いた作品を自分で発信する時代」―デザインを専攻
高校は、姉が通っていた総合学科のある公立高校へ進学しました。授業の種類が豊富な学科で、自分だけの時間割を作ることができたんです。校外学習で美大へ行くこともありました。先生方にも恵まれ、とても良い環境でした。
高校生の時は当初、「建築家になりたい」と考えていました。私の祖父が建築家だったからです。でも、高校時代の恩師が「江崎さんは美術の才能があるかもしれないから、まだ絞り込まずに芸術大学で広く勉強してみたらどうかな」と、アドバイスをくださったんです。そのアドバイスを受け入れて芸術系の学科を受験することに決め、高校3年から画塾に通いました。そこで、主にデッサンのスキルを磨きました。
――それでデザイン学科のある大学に進まれたのですね。
最初はデザイン学科に進むべきか、絵画科に進むべきか悩みました。当時はスマホが流行りだした時代。情報社会が進展していく中で、学生なりに情報を発信することの必要性に気づき始めた頃でした。私はコンピューターが苦手だったものですから、デジタル処理も学べる、大阪芸術大学のビジュアルアーツコース(当時の名称。現在はイラストレーションコース)に進学することを決めました。
――「描いた作品を自分で発信することが必要」と知ったことが進路の決め手になったのですね。大学ではどんな勉強をされたのでしょう。
大学の授業では、アナログでの作品制作はもちろん、本の表紙や雑誌の編集といったデジタル処理、製本、その他にも版画、木工デザイン等々、いろんなことを学びました。自分の主張を訴えるために描くのではなく、与えられたデザインテーマに沿って挿絵を描き、プロダクトのレイアウト等を考える実習が主なものでした。
デザインやデジタル処理を学んだことで、高校の恩師からデザインの仕事を紹介していただき、現在も認定NPO法人が発行する季刊誌のデザインにかかわっております。
「これまで使ったことがない画材で描く」―大学時代
――日本画と出会ったのは大学時代ですか?
そうです。大学3年次の授業で「これまで使ったことがない画材で描く」という課題があり、その時に日本画にチャレンジしました。それまでアクリルガッシュや油絵具で描いたことはありましたが、日本画はまったくの未経験だったので、図書館にあったハウツー本を読んで、水干絵具(すいひえのぐ。主に岩絵具を塗る前の下地を塗る際に使用)から始めました。誰に学んだわけでなく、本当に独学です。
――日本画の独学は、大変だったでしょう。
はい。たくさんの失敗を重ね、学んできました。和紙をうまく貼れなくて皴が寄ってしまったり、絵の具の特徴を掴むのにも苦労しました。大変ではありますが、その中でさまざまな発見があるのが楽しみでもあります。それまで使っていたイラストレーションボードやケント紙などとは違い、和紙に描くと表現に柔らかみが出たんですよね。日本画の画材の色の深みや、グラデーションの豊かさにも驚きました。
その時、指導していただいた先生からも「江崎さんの絵のテーマ(命の大切さ)と画材が合っているのでは?」と一言、言われたことも後押しになり、そこから日本画の画材で描くようになりました。
――そういう経緯があったのですね。画家として本格的に活動を始めたのは、いつ頃だったのでしょうか。
母校の非常勤講師として勤務するようになってから、作品を描く時間ができました。2019年に西宮美術協会の会員になり、それくらいから本格的に作品を描き始めました。
「いい湯だな」 社会の厳しさ、銭湯の絵に昇華
――江崎さんの日本画では『いろんな動物が銭湯でのんびりとくつろぐ場面』がよく描かれていますね。それには何か理由があるのですか?
あれは、私自身の経験に基づいて描いているんです。社会に出て仕事をする中で、社会の厳しさを知ったとき、「皆ができるのに、私は上手くできない」という悩みや、「私はこうすべきだと思うのだけど会社の判断は違う」という板挟みの気持ちになることがありました。誰しも、同じような経験をされているのではないでしょうか。だんだんと自信を無くし、「寝るとまた明日が来てしまう」と眠れない日も過ごしました。そんな時、私は銭湯に逃げていたんです。
――銭湯へ?
はい。休日や、少しでも空いた時間に銭湯へ行きました。湯船に浸かっていると癒やされました。銭湯に集う人々にもそれぞれ多様な人生があるでしょうけど、その場所で1日の疲れや、重たくなった気持ちなんかをを水に流す。もとい、銭湯であれば「お湯に流す」がよいでしょうか(笑) 私は湯船の中で「いい湯だな」と言って、平和な気持ちになれたんです。裸の付き合いができる銭湯で湯船に浸かると、いろんな人の様々な価値観もほぐれて、生き物本来の姿に戻れるように感じました。
――日々の苦労の中で見つけたものが「銭湯」だったのですね。
はい。私は自分が受けた苦労やショックを形にするのではなく、皆さんが作品を見て「元気が出た」とか、「落ち着く」と感じてもらえるような絵を描いていきたいです。日常の中で、大変な時期は誰にでもあるのでしょうけど、そういう時にお風呂が癒してくれる力はすごいと思うんです。だから、動物の親子がのんびり温泉に浸かる絵を描いたり、見た人がちょっと力を抜けるように動物があくびをする場面なども描いたりしています。
――江崎さんの作品を見るとどこか癒やされるのには、そんな理由があったのですね。
独学の中で生まれる、独特な作品
――江崎さんの作品には、デザインを専攻された方ならではのデフォルメと、構図の巧みさを感じます。それらが伝統的な日本画の技法とバランスを保っている点が新鮮で、作品の面白いところだと思います。江崎さんの作品はどのようなステップを経て描かれるのでしょうか。
まず最初に構図を考えます。例えば「ダンゴウオの夏祭り」という作品を例に挙げると、デザインを考える時に用いる、コラージュの手法で構成したものです。
ダンゴウオやコンペイトウウオといった魚が、たくさんの提灯の下で遊んでいる絵です。魚なら魚、提灯なら提灯を単体でスケッチして、それをさまざまな大きさにコピーし、配置を考えて構成しました。海の生き物は、デザイン的に面白いんですよ。川の生き物よりも、色が派手な魚が多いので好きですね。
――構図から入るのですね。江崎さんの作品はよく見ると和紙が重ねられているようですね・・・。それが作品画面にやさしい印象を与えているようです。この技法も独学で学んだのでしょうか。
独学で日本画での描き方を模索していく中で、ある時、肌から透けてみえる血管を表現する方法として、重ね塗りで描く技法を知りました。さらに重ね塗りの方法を深堀りしてゆく中で、薄い和紙を重ね、色を透かしながら描く方法はないものだろうか、と考えるようになりました。
いろんな画材屋さんを訪ね、雁皮紙(がんぴし)という和紙を知りました。雁皮紙は小口木版(こぐちもくはん。木の断面に像を彫る技法)の作品でよく使われる和紙です。向こうが透けて見えるほど薄い和紙です。一層目の和紙に彩色し、二層目にも、と紙を重ねることで独特の発色が得られます。和紙に皺を与えて、表情を生むこともできます。日々、独りで模索する中で、絵の具を混ぜて色を作る以外にも、さまざまな方法があるのだなあと知りました。
そして、これらの技法が、自分の表現したいテーマである「命」の奥深さを端的に表現するのに相応しいと思うようになりました。
「この雀の表情がいい」―知らないお客様とも絵を通じて交流できた
――そんな江崎さんが、画家デビューされたのは2022年でした。きっかけは何だったのでしょう。
高校の恩師のご親戚が画家をされていて、画商さんに繋げていただいたおかげで、2022年に初めて個展を開催することができたんです。地元関西、高槻市での個展で画家デビューしました。初めて個展を開催させていただけたことは、大きな一歩でした。
――初めての個展で得られた経験はありましたか?
初めてお会いする方が「絶対に個展に来たかったの」とおっしゃってくださいました。百貨店で配布された個展の案内はがきを見て、私の作品に興味を持ってくださったそうです。「この雀の表情がいい」と言って、作品を買ってくれました。
知らないお客様にも自分の描いた作品が喜んでもらえるということは、代えがたい喜びです。一生忘れられないと思います。
日本画でファンの方々と繋がり、絵本にも挑戦したい
――画家としてデビューを飾られた江崎さんですが、これからの目標をお聞かせいただけますか?
今後は関西だけでなく、東京など全国で展覧会を開けるようになりたいです。そして、これからも変わらず模索しながら、コツコツ作品を描いていきたいです。そして皆さんが作品を見て「元気が出た」とか、「落ち着く」と感じてもらえるような絵を描いていきたいです。
他にも、絵本を出版したいという夢があります。初個展と同じ年に、イタリア・ボローニャ国際絵本原画展に初めて応募しました。92カ国から3800人以上の応募があり、その中でファイナリスト(318人)に選出されました。絵本作りは、日本画と併せて今後挑戦していきたい目標です。
――大きな夢ですね。これからも江崎さんの作品が見られることを楽しみにしております。
(聞き手・文/イチノセイモコ)
江崎栄花 絵画展 ~花々と動物たち~
2024年9月25日(水)~10月1日(火)
10:00~19:00 [最終日は17:00終了]
伊勢丹浦和店 6階 ザ・ステージ#6アート
※ 画家在廊日時 各日13:00~17:00予定
江崎栄花さんのプロフィール
江崎栄花 / Haruka Ezaki
2017 大阪芸術大学卒業
2022 個展 高槻阪急
2023 個展 阪神・にしのみや
2023 個展 高槻阪急
2024 個展 伊勢丹浦和店 (2024.9.25~10.1予定)
作品解説 江崎栄花・画『ぬくもり』
湯船につかるポメラニアンの親子が描かれている。浮き輪にすっぽりハマっている仔犬の表情がとても可愛らしい。大学でデザインを専攻した江崎氏は、デフォルメを得意とし、やさしく可愛らしい動物を描いてみせる。温かみを感じさせる日本画の岩絵具は、彼女の温かな世界観を構成する大切な要素だ。
社会に出た頃、江崎氏は社会の厳しさを肌に感じ、時々銭湯に通って疲れた心身を癒やしたという。色んな年齢、肌の色を持つ人々が分け隔てなくのんびり過ごせる銭湯は、彼女にとって平和を表すモチーフとなった。
『ぬくもり』という言葉が何に対しての『ぬくもり』を表すかは、受け手によって様々に変わるだろう。『ぬくもり』は、色々な価値観を温かく包み込む彼女の世界観にぴったりな言葉だ。
(作品解説 福福堂)
江崎栄花さんの展覧会情報
江崎栄花 絵画展 ~花々と動物たち~
2024年9月25日(水)~10月1日(火)
10:00~19:00 [最終日は17:00終了]
伊勢丹浦和店 6階 ザ・ステージ#6アート
※ 画家在廊日時 各日13:00~17:00予定
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