日本画家・斎藤理絵さんインタビュー「趣味で絵を描くことは、まったく頭になかった」

2024年12月4日から伊勢丹浦和店で個展を開催する日本画家の斎藤理絵さんに、アートコンサルタントの亘理隆がインタビューしました。それではさっそくインタビューをお楽しみください!

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日本画家・斎藤理絵さんインタビュー「趣味で絵を描くことは、まったく頭になかった」

アイデアが浮かぶのは夜、冷静に清書するのは朝

――まもなく個展で準備に忙しいと思いますが、だいたい毎日、朝から晩までどんなスケジュールで過ごされていますか?

「以前はアルバイトもしていたので制約がありましたが、今とりあえずアルバイトはしてないので、朝9時ぐらいに起きて、午後2時までずっと描いています。私は朝ご飯があまり食べられないので、朝はおにぎりなどタイミングをみて食べる感じです。」

画業に専念するようになり制作の時間が増えたと語る斎藤さん。ユーモアたっぷりの作品は、伝統的な技法を用いて制作される。

「午後2時から午後4時までは昼食を取り家事をします。昼は必ず自分で作って食べています。このあとはまた午後4時から夜8時ぐらいまで描いています。夜8時頃から午後10時頃までは、夕食を取ったり入浴したりして、10時から本当はよくないのですが、会期直前になると午前2時ぐらいまで描いています。」

――ああ、個展前はもう必死で描いているという感じでハードですね。前の話では、夜はどちらかというと骨描き(彩色の前に墨で輪郭線を描く技法)が中心と聞いていましたが。

「前はそうしていたのですが、最近は夜にアイデア出しすることが多いかもしれないです。朝の方が冷静なので、骨描きのように作業が決まっているものは、朝が結構いいなってことが最近わかりました。こういう絵にしようかなというのは、だいたい夜8時以降、夜の時間に考えて、次の日の朝、下書きをトレーシングペーパーで移して清書します。それでそのまま骨描きに行く作業になります。」

「アイデアが生まれるのは夜、冷静に骨描きをするのは朝」というのが画家・斎藤理絵さんのリズムだという。画像は、どす鯉四十八手シリーズの47「河津掛け」

――なるほど。規則正しくやっているのですね。

「以前はすごく不規則だったのですが、展示会があるとたくさん描かないといけないので結局はだんだんこういう感じになりました。朝は弱いのです。朝9時って結構遅めのスタートなのですが、自分の中ではこのペースがベストな感じですね。夜の方が集中できるタイプなので。」

個展が決まったら、画家が考えること

――個展が決まった時は、どんなことから考えるのですか?テーマだとか、どんなものを描こうとか、あるいは点数だとか、何から考え出すのですか?


「やはりテーマを最初に決めてやったほうがいいと思っています。グループ展では、既に描いてある絵からテーマを考えることが多いですが、個展の場合は、最初にテーマを考えます。〈竜宮城〉とか〈遊園地〉とか。そのテーマをもとにアイデアを出してみて、そのアイデアを草稿に描き出して絵にするというタイプですね。既に描いた絵から考えるというよりは、一からそのテーマについて発想しています。」

「花吹雪」F50号(1167×910mm)、日本画、斎藤理絵
ヨーロッパ伝来の人魚姫を、黒髪で下半身が緋鯉の姿で描く。両手の鋏に桜を掲げている蟹が愛でているのは桜か、人魚姫か。モチーフを和に変えるだけでなく、和の情感に溢れた作品に仕上げている。

――なるほど。テーマそのものは普段ずっと考えていることの中から、ふっと思い浮かんだものをテーマにするのですか。

「あ、そうですね。さっきとはちょっと矛盾する話にはなりますが、人魚とか金魚とか水の生き物とかを好きで描いていた時期があって、その水の生き物ってなんだろう?と考えたら、そこから発想して〈竜宮城〉というテーマが出てきたという感じです。」

――今回のテーマは、昨年の〈令和の竜宮城〉に続いて、〈令和の竜宮城2〉となっていますが、この意図は?

「これは、続き物にした方がファンにも喜んでいただけるのではないかということで決めました。」

――あとは作品点数やサイズも考えますか?

「前回も個展をしている会場なので、広さや壁面など見せ方はわかっています。作品点数は多めに準備します。お客さまにとって小さめのサイズの方が飾りやすいというのはわかるのですが、展示会場の見栄えとしては、やはり大中小のバラエティがあった方が楽しいと思います。大きい作品、小さい作品、そして色々な形ー縦長とか横長とかも含めて、会場が単調にならないようにしたいなと思っています。今回は特にそういう傾向が強いかもしれないです。縦長のも横長のものもあるし、正方形のもあります。」

――アイデアが出てきたら、これは縦長がいいかなとか横長いいかなとか、そんな感じで手をつけていくのですか?

「縦長を描こう、横長を描こうと思って絵を考えるのではなくて、この絵だったらこのサイズとか縦横比がいいなっていう、どちらかといえばアイデア優先です。会場全体ではいろいろな形があった方が良いなとは考えているのですが、結局は絵を描くときそのアイデアがあって、これがよく見えるにはこの形かな、みたいな感じで描いています。」

――先ほどの話にもありましたが、鯉とか金魚とか水にまつわるモチーフは多いですよね。

「水にまつわる生き物を、特に描こうとしてはいないのですけれどね。」

画風の変化――あやかしから縁起ものへ

――以前は、河童とか人魚など、「あやかしを描く画家」のイメージでしたが、ここのところ描くものがだいぶ変わってきていように感じます。例えば、前回は干支である龍だとか、縁起に関する絵が多かった印象があります。金魚とか鯉のモチーフはありましたが、その辺はどうなのでしょうか?

「以前は闇に惹かれていた部分があったのでしょうか。自分自身の体験として、悩みや不安がけっこう多かったのです。妖怪とか、闇に生きている物に親近感がすごくあった時期があって、それでそういうものをテーマに描いていたのですけれど、最近はいろいろな絵を出すにあたって、絵を見てくれる人の視線というか、見てくれた人に楽しんでもらうという視点が入ってきて次第に変化していった感じはあります。」

「打ち上げ龍」F80号(1455×1120mm)、日本画、斎藤理絵
紅白の胴体を持つ縁起のいい龍は、宝玉ではなく「祝」と書かれた花火玉を爪につかみ、自ら花火を打ち上げる。

「もともと、日本の昔話とか西洋のグリム童話のような童話とか、好きでよく読んでいて、そこにはだいたい妖怪とか神様とかいろいろ出てきますよね。童話の中で変化する生き物とかが好きで、それらをテーマに描いていました。若い時は妖怪とか闇寄りだったのですが、最近は縁起がいいものとか神様とか、そっち寄りになってきていると思います。」

――縁起物の取材はどういう風にされていますか。本や文献を調べたり、あるいはどこかに見に行ったりとかしているのですか?

「その傾向の本を集めていて、日本で見たことないような中国の縁起物の本とか、ラッキーアイテムとか、あと占いは好きなので、そういう本を持っています。」

斎藤さんは、様々な興味のある本を読むことで、直接的なヒントを得ることもあれば、脳内にイメージが湧きあがることもある。

「学術的な調べ方ではないのですが、図版集などからアイデアを得ることもあります。浮世絵も最近よく見るようになり、これも参考になります。例えばなぜ葡萄とリスのモチーフ何だろうと思っていると、葡萄とリスは「武道を律する」に通じるということで武人に好まれた生き物であるとか。鑑賞から得た知識や発想を自分の絵に活かすヒントになります。」

まずイメージが浮かぶ。くすっと笑えるタイトルをつける

――斎藤さんは「言葉遊びから絵が生まれてくる画家」っていうイメージがあります。例えば、「ひっぱりだこ」とか「うなぎ登り」だか「浮き浮き竜」とかいうタイトル。この言葉通りに画が描かれていますが、これは言葉が先にあってそのイメージが浮かぶのですか?

「それは、イメージが先で、それを言葉に当てはめる感じです。実はいつも完成してから題名を考えています。これはけっこう偶然です。完成した絵を見て、それに適する言葉を探して当てはめる感じです。」

――コピーライターですね。

「そういう才能はあるかな?(笑) 逆に言葉から発想して絵を描く画家もいると聞くと、それはすごいなって思ってしまいます。」

「浮々龍(うきうきりゅう)」F6号(410×318mm)、日本画、斎藤理絵

――なるほど。でも(風船で龍が空に浮かんでいる)「浮き浮き龍」という絵は普通思い浮かばないですね。

「ふつう、龍は自分の力で飛びますが、空気の力でちょっと飛んで楽しんでいる龍がいても可愛いかなと思って。龍のイメージは日本や中国だと神様に近い存在なのか、厳かなイメージがあるので日常に溶け込みづらいかなと思ったのです。その絵を求めてくれる人の家に、いかつい龍がいるとちょっと怖いなみたいな感じになるので、もう少しマイルドにしたいなと思っていたら、風船で浮かんでいる可愛い龍が浮かんできたので描きました。強いイメージのあるものをちょっと崩してみたいなという気持ちがあります。」

――〈鯉の滝登り〉が、(うなぎが滝を登っている)〈うなぎ登り〉の絵になったりするのもそういうことなのですか?

「〈うなぎ登り〉は今回、浦和(さいたま市)で展示させてもらうので、地元の人が楽しめる作品があるといいかなと思って描きました。

「うなぎ登り」WSM(454×158mm)、日本画、斎藤理絵
縦に細長い構図に、グラデーションのある縦線で滝が描かれているが、浮世絵風の波が加えられることで画面に変化と勢いが出ている。

――浦和はうなぎが有名ですからね。

「でもうなぎを調べたら、実際に滝を登るらしいです。」

「頭の中で勝手に動画が始まる? みんなはそんなことはない」と母が言った

――そういうアイデアは、どういう時に降りてくるのですか? 夜、何を描こうか唸って考えている時ですか、それとも日常生活の中でふっと湧いてくるのでしょうか?

「いいえ。なんかアイデアはいつでも結構湧いてきます。突然ですね。で、これはなんだろう、どういう意味かなって考えて描くという感じです。イメージとかアイデアは頭の中ですごく鮮明に浮かぶのですけれど、完成した絵の状態ではなくて、動画みたいな感じです。」

――頭の中で、勝手に動画が始まるような感じですか?

「そうです。脳内動画が凄すぎて。これが、アルバイトをしている時とか邪魔で仕方なかった。工場とか飲食店とかでアルバイトをしたのですが、頭の中で、常にひっきりなしにそういう変な生き物だとか現れ、色々なことをするので。本当に頭の中がうるさいなって思っていたのですが、でも、みんなもある程度そうなのだろうと思っていました。
みんなはどうやって抑えているのかなと思っていたら、みんなはそんなことはない、母でさえそんなことはないということがわかった。あ、どうしようってなってしまって。でも逆に昔からずっとこうだったから、それを抑えながら生きている感じでした。頑張って、修行する感じで、注意力が散漫にならずに日常生活送れるようになりました。」

斎藤さんの小学生時代の絵。奇抜な構図とカラフルな色使いには、将来の画家になる片鱗が見られる??

「小学生の時のノートを見ると、ポケモンとか普通の小学生らしい落書きもありましたが、上半身裸の女の人とかがいて、ちょっとやばいなって。小学二年生とか三年生の時、裸の女性とか、人魚とか描いていました。モチーフ自体、今もあまり変わってないですね。
仮に、龍の絵が売れるから描こうと思うと描けませんが、偶然、ああなんかふわふわしている龍が頭の中にいるなみたいな感じで、頭に浮かんだイメージを捕まえている感じです。もうアイデアについてはこれからもいくらでも浮かんでくるから全然心配したことはないです。逆に、日常生活を送る上ではすごく邪魔だと思っていたのですが、最近はそれに助けられていますね。
イメージを出さないでおくと、頭の中でみんな好き勝手に動くので困ってしまいますが、その様々なイメージを紙に落として描くことで、頭の中がすっきりして日常生活も快適に過ごせます。」

――下図を描いた時点で構想は固まっているのでしょうか?それともその後も、例えば構図がちょっと変わったりとか、色が変わったりとか、そういうことはありますか?

「私は下図を作り込む派なので、下図に落とし込んだらもうそのまま行く感じです。途中であんまり変更とかはしない。基本は下絵を作ったら、最初のイメージのままに行くという感じです。色彩は理論よりも、イメージの中のままの色、今見えている色からそのまま素直にやった方が結構決まることがなぜか多いです。」

――以前、斎藤さんが円を正確に書くコンテストで優勝したという話を聞いたことがありましたが、その話を聞かせてもらえますか?

「塾で円を書いてくださいと言われて書いたのですが、私が書いた円の精度がかなり高かったようで、塾の代表として数研(実用数学技能検定)に出場することになりました。優勝ではなかったのですが、上位に食い込んで記念品をもらえました。円を正確に書こうと意識して書いたわけではなかったのですけれどね。」

――その点では、頭に浮かんできた具体的なイメージを線にして描くことはそんなに難しくはないという感じになりますか?

「頭の中に勝手に浮かんできたものを受け取っているだけという感じなので。ただ、美大受験の時は散々デッサンの練習をしたのでそれが役に立っています。それがなかったら描けなかったですね。デッサンと関係ない分野の絵だと思われがちなのですが、デッサン力がないと描けません。逆にデッサン力をすごく鍛えたから、いろいろな生き物が描けているのだと思います。」

発想が斬新な画家に惹かれてきた

――影響を受けた画家はいますか? 以前、俵屋宗達の「風神雷神図」を見て、すごく感動したという話がありましたが、他にはすごく好きな画家はいますか。

「中学生の時に、エッシャーの絵にはまりました。水がどこから来て流れているのかわからない建物とか、モノグラムのようなものがいつの間にか鳥になっているとか。」

――だまし絵ですね。

「宇都宮美術館で見たことがきっかけで、ルネ・マグリットにもはまりました。描いている絵の内容が激しいから衝撃を与えるのではなくて、なにか意外性でインパクトを残すっていうのがすごいと思いました。」

「画家ではないですが、星新一も好きでした。発想力によって短い文章でもすごいインパクトを与えてくれます。だからいい。それでルネ・マグリットと星新一にめちゃくちゃはまっていた時期がありました。それは中学生の時かな? 手塚治虫とグリム童話にもすごくはまっちゃって。手塚治虫の書いた短編マンガが好きでした。」

――ダリとか、他のシュルレアリストの画家には興味がありましたか?

「ダリは、視覚的になにかよくわからない表現をするので凄いっていう感じにはなります。ルネ・マグリットはもうちょっと納得感があるというか。なんだろうな、現実かな? 現実の中からこう超自然的な空間に行くみたいな現実の中で裂け目ができて、他の世界に行くみたいな、そういう感じなのですかね。ルネ・マグリットの方に、より親近感を覚えます。ダリは天才だから、こういう頭の世界の人なのだなという感じで、すごいとは思ったけれど、すごく好きかというと、普通ぐらいです。」

――金魚をよく描いていますね。金魚と言えば、歌川国芳の金魚づくしとか有名です。斎藤さんが描いた金魚も最初は、国芳へのオマージュかなと思っていたのですが、実際のところは?

「実は国芳をまったく知らなくて、国芳みたいだねと言われて、くによしって誰だろうと思っていました。浮世絵の絵師だと、あとから知りました。金魚は、〈まな板の鯉〉を描いた頃、そのすぐあとぐらいに描きました。その金魚を見せたら国芳みたいだねって言われて…そこから、国芳の絵を見始めたのですが、どこかで見たことがあるなと。思い出してみたら、父親が浮世絵を好んでいて、太田記念美術館などに行っては図録を集めていました。私も小さい頃なので作者の名前は知らずに、なんとなくそれらを見ていたのでしょうね。結構面白いと思って眺めていたことがあったので、多分、無意識のうちに影響を受けていたのだと思います。」

「盆踊り」F6号(410×318mm)、日本画、斎藤理絵

――なるほど。その刷り込まれた記憶が、金魚の運動会とか、盆踊りとか。花火見物とか四季のある金魚の絵になってきたということですか?

「そうですね。頭の中に勝手に浮かんだもので、季節の風物詩と取り合わせて金魚を描くという感じではなかったですが。ああ、なるほど。季節感のことは考えてなくて、頭の中に勝手に浮かんできたのですが、季節季節で遊んでいたりしていることが出たのですね。」

――絵を描くための取材はされるのですか?例えば、前回は利根川の花火とか東武動物公園の水上木製コースター〈レジーナ〉をモチーフとして使っていましたが。

「けっこう行きます。淡水魚がメインのさいたま水族館(埼玉県羽生市)では、錦鯉がたくさん泳いでいます。アートアクアリウム美術館(東京都中央区)で金魚を見たりもします。心が動かないと描けないタイプなので、定期的に行くようにしています。

さいたま水族館の庭池を泳ぐ錦鯉には餌をあげることができる。魚たちとの直接の交流は斎藤理絵さんのインスピレーションのみなもとになっている。

「あと、花は見ないと描けないので、見に行くようにしています。蓮の花は、〈古代蓮の里〉(埼玉県行田市)で見ますし、菖蒲は、私が住んでいる久喜市から近い〈菖蒲城址あやめ園〉(埼玉県久喜市)を参考にしたりします。あと、花がたくさん咲いている〈あしかがフラワーパーク〉(栃木県足利市)にも行きます。

蓮の咲く季節には多くの観光客が訪れる古代蓮の里(埼玉県行田市)。「蓮の咲くポンっていう音が聞こえますよ」と語る齋藤さん。

――最近こんなものにはまっています、というものはありますか?

「最近は浮世絵にはまっています。国際浮世絵学会の会員になり、つい数日前も学会に行って話を聞いてきました。」

――浮世絵は、どんな絵師に関心があるのですか?

「歌川国芳、河鍋暁斎、月岡芳年とかです。高校生の時は、琳派の画家が好きだったのですが、今はもう浮世絵です。以前はエッシャーとかマグリットが好きだったり、琳派の俵屋宗達に影響を受けていたり、その時その時で好みが違って一貫性がないのです。」

――でもなにか通じるものはあるような気がしますね。エッシャーやルネ・マグリット、幕末に近いその浮世絵師たちの絵とかは、遊び心とか意外性とか、あとは自由に描くことを楽しむっていうこととか、そういう部分で共通しているものがあるような気もします。

「そうですね。絵作りの参考にはしていませんが、すごく好きで見ていたものが勝手に合わさって出てきている感じだとは思います。」

趣味で絵を描くことは、まったく頭になかった

――前回のインタビューで東京藝術大学を受けるのに六年浪人したという話がありましたが、六年浪人は、生半可な気持ちではできないと思います。その間に得たものには、どんなものがありますか?

「技術的な面では、デッサンとか、絵の決まり事とか、構図とか、基礎的なことではすごく恩恵を受けています。今、絵作りするときに、その頭の中の映像を見ても絵にまとめられそうにないなということをあまり感じないのは、このデッサン力や構図など絵の基礎力があるからだと思っています。」

浪人予備校時代に描いた作品。斎藤さんは「私は社会に必要なのかな?」と思い詰めるほどだったが、ひたすら描いた。その後、展覧会を何度も何度も重ね多くのファンと出会い画家として活躍できるようになった。

「精神的な部分で得たのは、なんだろう?逆にその頃があまりに辛すぎて、人生もう辛いことがなくなってしまったというか、もうそこを乗り越えたから、あとはもう何でも来いっていう感じなのです。心の中にあった闇が去ってしまったのです。妖怪とか描いても怖いとか、悲痛な感じが出ないのは、根底の部分が変えられてしまった感じです。私はすごくネガティブ思考だったので、小中学校の時とかこれが起きたらどうしようとか予期不安とかめちゃくちゃあったのですけれど、でも今は、大学6回落ちるより悲しいことはないしなって思うとなんでもなんか大丈夫になっちゃうという。大きな傷を負ったことで、逆に他のことはかすり傷みたいな。」

―― 結局、画家を職業としたいと思っていたから、東京藝術大学に挑戦していたと推測しますが、絵を描くのは趣味ではダメなのかなと思ったことはないですか?

「描くのをやめようかなって思った時はあったのですが、なにかやめられなかったのです。描いている時期が長すぎて。趣味でやろうと思ったことはないです。」

――もう、描くなら画家になるしかないという感じだったのでしょうか。

「そうですね。でも、絵を描くことを職業にするという意識が強かったというわけでもないのですが、何か別に職業があってその合間に趣味で絵を描くということは全く思い浮かびもしなかったです。」

――斎藤さんが今、画家としての道を歩んでいますが、家族や友人の反応はどうなのでしょうか?今までの支援とか応援とか。

「私は高校が美術科だったのですけれど、そっちに行くと言ったら両親はすんなりオッケーしてくれました。私が本当に絵にしか興味がなくて、何かを欲しがるということもなかったので、なにかこれをやりたいって言われたのが嬉しかったのだと思います。応援してくれました。資金面では祖母も助けてくれましたが、祖母は応援してはいないです。やりたいのだからやってみたらという感じです。本当は就職して、絵を描くのは趣味でやった方がいいのではないかと思っているようです。でも、やはり一番身近にいる両親が応援してくれていたので、絵を描くことを続けられているということはあります。あと弟も協力してくれます。」

「高校は美術科という枠で入学した人たちでした。当時、美術大学の入試倍率もすごく高かっので、内申点などを考えると、みなライバルですよね。でも高校生活は全然悪い感じとかはなくて、普通に楽しく、本当にいい環境だったと思います。」

――今、画家として毎日を過ごしてどんな思いでしょうか?

「やはり、好きなことができていることに関しては、すごく感謝しています。ですが、これからどう活動が広がっていくのかなという思いはあります。不安とまでは言いませんが。自分の絵を買ってもらうというだけでなく、本の表紙とか挿絵とか印刷媒体などにも活動のフィールドが広がればいいなと。」

楽しんで見て欲しい、年末の個展

――前回もそうでしたが、今回の個展も新年を前にした個展です。特にお客さまにこういうところを見てもらえれば嬉しいということはありますか。

「ひっぱりだこ」M6号(410×242mm)、日本画、斎藤理絵
人気があって、多くの人から争って求められることの例えである「ひっぱりだこ」を絵にしたらこういう風になるのだろうか。縁起物の絵柄ではあるが、3匹の蛸の関係はどうなっているのだろうかと想像するのも楽しい。浮世絵版画風に仕上げた日本画で、紙には古色がかけられている。

「前回も縁起は大切にしていて、すぐに年末年始ということもあり、獅子舞の絵とか他にも〈うなぎ登り〉とか〈ひっぱりだこ〉とか、見た人が明るい気持ちで新年を迎えられるように望んでいます。そこを意識して描いているので、まずは楽しんで欲しいです。

――来年の干支は巳年ですが、蛇にまつわる作品もありますか?

「4点ぐらいあります。会場で見てのお楽しみです。巳年の人がちょっと喜ぶ、楽しい絵になると思います。」

――個展では、斎藤さんの思わず笑いが出るような奇抜な発想の絵に出会うのが楽しみです。本日は、ありがとうございました。

(聞き手・文/アートコンサルタント・亘理隆)

斎藤理絵(Rie Saito 日本画家)プロフィール

美術大学の受験デッサンで目の前にあるものを写実的に描くことを続けてきた斎藤理絵は、現実にあるものを描くことから、脳内に湧いてくるイメージを多く描くようになりました。登場するのは、河童や人魚など妖怪に近い存在から龍や鳳凰といった神様に近い存在まで多様です。しかし、そこで描かれた者たちに恐ろしさやおどろおどろしさはなく、おかしみのある表情をしています。斎藤理絵の絵の中で人間のように振る舞う鯉や金魚は、鳥獣戯画や歌川国芳の浮世絵などに通じる遊び心があります。絵は、言葉遊びや駄洒落のようなタイトルになることもあり、その意外性ある取り合わせに思わず顔がゆるみます。また、日本や中国に伝わる縁起や幸運、長寿を意識した作品も多く、楽しさと共に絵を買われた方々の幸せを祈る気持ちがお客さまの心をとらえています。
シリーズものの制作も得意としている斎藤理絵の創作アイデアは次から次へと広がり、今後の活躍が期待されます。

1990 東京都生まれ、現在、埼玉県在住
2020 京都造形芸術大学通信教育部日本画コース卒業
2017~ 全国の百貨店でグループ展開催
  東アジア文化都市 2017 京都パートナーシップ事業
 「アジア回廊 現代美術部門」特別連携事業
 「京都学生アートオークション」 入選
2018 第 44 回全国現代童画展新人賞
2020 第 46 回全国現代童画展会友奨励賞
2022 個展(伊勢丹浦和店、同‘23’24年)

作品解説 斎藤理絵の『浮々龍』

斎藤理絵「浮々龍」日本画 F6号

 竜とは、『新潮世界美術辞典』によれば「古代中国に起源する想像上の霊獣」とある。誰も見たことはない。しかし、お寺の天井に描かれている竜をはじめ、『ハリー・ポッター』や『ダンジョン飯』、『葬送のフリーレン』といった物語やマンガに登場する古今東西の竜やドラゴンまで、とにかく怖い。遭遇したらもうひとたまりもない、犯すべからざる絶大な力を持っているらしい。
 にもかかわらず、この斎藤理絵の竜は何だ。天がける竜は、自力による飛翔をやめ、体に巻き付けられた色とりどり、水玉やストライプや星が描かれた8つの風船で、富士山をはるか下に見下ろす高みまでふわふわと浮いている。空中遊泳を楽しんでいるかのようである。竜の顔は、きりっとしまってはいるが、怖くはない。タイトル通り、ウキウキしているのかもしれない。ちょっと、声をかけてみたくなるような親しみが湧く。斎藤の頭の中では、こんな竜が動き回っているらしい。ある意味、現代版「奇想の画家」である。
 背景の空は、ぼかし摺のように見える。題名は、右上に配された赤地の短冊状の長方形に書かれ、左下に印された落款印の上には、改印(あらためいん)のように、斎藤理絵の「理」という文字が丸で囲って書かれている。一見、江戸時代の浮世絵版画を思わせるが、実際は紙本に描いている。歌川国芳や河鍋暁斎などの浮世絵が好きだという。何となくわかる。斎藤もまた、既成の枠組みにとらわれない自由奔放な想像力で、人を楽しませる絵を描く。斎藤の絵は、しかつめらしい顔で見るのが似合わない。

(解説/アートコンサルタント・亘理隆)

斎藤理絵の展覧会情報

斎藤理絵 日本画展 ~令和の竜宮城2~
2024年12月4日(水)~10日(火)
[最終日午後5時終了]
伊勢丹浦和店6階ザ・ステージ#6アート〈入場無料〉

金魚や鯉、龍や人魚など、水に生きる“あやかし”たちを描く、埼玉在住の日本画家・斎藤理絵の個展です。想像上の生き物を善悪の判断なく受け入れてくれる場所として描かれる『竜宮城』。ユーモアたっぷりの作品は、混沌とした現代への1つの向き合い方を画家なりに表現しています。鑑賞しているうちについ時間を忘れる令和の竜宮城へどうぞお越しください。

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