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ミレーの素描とパステル|油彩とは違う技法・色彩と代表作を解説

ミレーと聞くと、『落穂拾い』や『晩鐘』のような、土の色をした重厚な油彩画を思い浮かべる人が多いでしょう。ところが、素描やパステルを見ると、その印象はかなり変わります。淡い青、緑、桃色、紫。紙の色を残しながら、必要なところにだけ色を置く。油彩では見えにくい、ミレーの軽やかな一面がそこにあります。

しかもパステルは、晩年の余技ではありません。ミレーは1860年代に本格的に取り組み、1865〜69年には100点を超えるパステル作品を制作しました。ある収集家は、一人で90点ものパステルを注文したとされています。ミレーにとって紙作品は、油彩の下書きではなく、もう一つの重要な仕事だったのです。

難しい画材名を覚えるより、「油彩と何が違って見えるのか」「なぜミレーはパステルに惹かれたのか」「紙作品を見ると何が分かるのか」に注目すると、素描やパステルはぐっと面白くなります。ミレーの生涯全体については「ミレーとは」もあわせてご覧ください。

油彩よりも「ミレーの手」が近く見える

素描の面白さは、完成作では消えてしまう「考えている途中」が見えることです。人物の足をどこに置くか。腰をどこまで曲げるか。腕をどの角度にするか。ミレーは線を引きながら、人物が本当に地面に立って見える位置を探しています。

たとえば《鍬を持つ男》には、油彩とは別に黒チョークの準備素描が残っています。油彩では疲れ切った農民の姿が強く印象に残りますが、素描では顔や身体の形がよりはっきりしており、ミレーが人物の姿勢をどう調整していったのかが見えてきます。

横たわる人物に身をかがめる若者を赤チョークで描いたミレーの素描
『A Young Man Seated, Bent over a Reclining Figure』 ジャン=フランソワ・ミレー 1845–50年頃 赤チョーク、擦筆/簀目紙 18.8×25.9cm メトロポリタン美術館

この赤チョークの素描でも、細かな顔立ちより、二人の身体がどこで支え合っているかに目が向きます。線だけで形を決めるのではなく、赤チョークをこすって濃淡をつくり、身体の重さまで確かめています。

完成作だけを見ると「ミレーは農民を力強く描いた」と一言で済んでしまいます。しかし素描を見ると、その力強さが最初から決まっていたわけではなく、何度も姿勢を探した結果だったことが分かります。ここが紙作品を見る面白さです。

なぜミレーはパステルをこんなに描いたのか

理由の一つは、意外なほど現実的です。パステルが売れたからです。

1850年代以降、ミレーの作品を支えた画商・批評家アルフレッド・サンシエは、18世紀のパステルを好み、ミレーにも明るく小ぶりなパステル作品を勧めました。ミレーが1860年頃から本格的に取り組むと反応はよく、収集家エミール・ガヴェは一度に90点ものパステルを注文しました。

ただし、単に「売れるから描いた」だけでは、これほど作品は残りません。パステルは油絵具のように乾燥を待つ必要がなく、紙の上へ直接色を重ねられます。黒チョークで人物を描き、その上に青や緑、赤を加える。ミレーが長年続けてきた素描に、色彩をそのまま加えられる画材だったのです。

そのためパステルでは、油彩の重厚さとは違う、速さと明るさが出てきます。

《最初の一歩》を見ると、ミレーの印象が変わる

子どもの最初の一歩を両親が支える場面を黒チョークとパステルで描いたミレー作品
『First Steps(最初の一歩)』 ジャン=フランソワ・ミレー 1859–66年頃 黒チョーク、パステル/ベージュの簀目紙 29.5×45.9cm クリーブランド美術館

《最初の一歩》は、ミレーのパステルの魅力がとても分かりやすい作品です。庭の中で、父親が両手を広げ、母親が幼い子どもの身体を支えています。子どもが父親へ向かって歩き出そうとする、ほんの一瞬の場面です。

ここで注目したいのは色です。青、緑、黄、赤が使われていますが、画面全体を隙間なく塗ってはいません。黒チョークで家族の姿や柵を描き、色は必要なところにだけ加えています。ベージュ色の紙そのものが、地面や空気の色として残っています。

『落穂拾い』の重々しい印象だけでミレーを知っていると、この作品の柔らかさには驚きます。農民を「働く人」としてだけでなく、子どもの一歩を見守る父と母として描いているからです。ミレーが見ていた農村生活には、厳しい労働だけではなく、こうした家庭の時間もありました。

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「茶色の画家」ではない|夕暮れの桃色と紫

夕暮れに角笛を吹く牛飼いと牛をパステルとコンテ・クレヨンで描いたミレー作品
『Calling Home the Cows(牛を呼び戻す)』 ジャン=フランソワ・ミレー 1866年頃 パステル、コンテ・クレヨン/網目紙 55.9×41.3cm ナショナル・ギャラリー・オブ・アート

《牛を呼び戻す》では、さらに色彩が目立ちます。牛飼いが角笛を吹く夕暮れの風景に、淡い桃色や紫、青が重ねられています。

油彩のミレーには、土、衣服、曇り空を近い色調でまとめた作品が多くあります。それに対してパステルでは、夕方の空の色をもっと直接的に置くことができます。輪郭はコンテ・クレヨンの線で残し、空には柔らかい色を重ねる。線と色を分けず、一枚の中で両方を使えるのがパステルの面白さです。

ミレーのパステルを見ると、「農民を描いた暗い画家」というイメージだけでは足りないことが分かります。彼は夕暮れの色や遠くの空、季節の変化にもかなり敏感でした。

紙を塗りつぶさないから、光が残る

ヴィシーの風景をペン、褐色インク、鉛筆、青・黒・緑のチョークで描いたミレーの素描
『Landscape, Vichy』 ジャン=フランソワ・ミレー 1866–67年頃 ペン・褐色インク、鉛筆、青・黒・緑チョーク/簀目紙 21.7×28.5cm メトロポリタン美術館

油彩では、基本的にカンヴァスの上へ絵具を重ねながら画面をつくっていきます。ところが紙作品では、最初から紙の色を完成画面の一部として使えます。

《Landscape, Vichy》を見ると分かりやすいでしょう。木や地形は線で押さえ、青や緑は必要なところだけに置かれています。何も描かれていない紙の部分も多く残っていますが、それが空や遠景の明るさとして働いています。

全部を描き込まないからこそ、かえって光や距離が感じられる。ミレーの紙作品には、油彩とは違うこの軽さがあります。

同じ羊飼いでも、油彩とパステルでは印象が違う

木陰に立つ羊飼いの女性と羊の群れを描いたミレーのコンテ・クレヨンとパステル作品
『A Shepherdess and Her Flock in the Shade of Trees』 ジャン=フランソワ・ミレー 1854–55年 コンテ・クレヨン、パステル/簀目紙 37.4×27.3cm メトロポリタン美術館

ミレーは羊飼いの女性を、油彩でも素描でもパステルでも繰り返し描きました。紙作品では、黒い線を残したまま衣服や空へ色を加えるため、油彩よりも制作の手つきが見えやすくなります。

1864年のサロンで高く評価された油彩《羊飼いの少女》にも、関連するパステル作品が複数残っています。同じ主題を別の画材で描くことで、ミレーは構図を単にコピーするのではなく、線を強くするか、色を広げるか、紙の色をどこまで残すかを変えていました。

油彩と紙作品を比べるときは、「どちらが完成版か」だけで見るより、同じ場面が、画材によってどう違って見えるかを見る方が面白くなります。

農民画のミレーが、パステルを流行らせた

パステルは18世紀には上流階級の肖像画で人気の画材でしたが、フランス革命後には一度大きく衰えました。そこへ19世紀半ば、農民や田園風景をパステルで描いたミレーが現れます。

これは当時としてはかなり意外な組み合わせでした。柔らかく華やかな画材と考えられていたパステルで、農民、羊飼い、畑、夕暮れを描いたからです。

ミレーの死後、まとまったパステル作品が公開されると評価が高まり、19世紀後半のパステル復興の一つのきっかけになりました。ピサロやシスレーなど、次の世代の画家たちもパステルを使うようになります。ミレーの紙作品は、本人の油彩を理解するだけでなく、その後の近代絵画を見るうえでも重要なのです。

難しい画材名より、この3か所を見ると面白い

難しい画材名を覚えなくても、見るポイントは三つです。

  • 紙の色がどれだけ残っているか――何も描いていない部分が、光や空気として使われています。
  • 黒い線と色がどう重なっているか――人物の輪郭を残したまま、空や衣服だけに色を加える作品があります。
  • 同じ主題の油彩と比べる――姿勢、表情、色、背景がどこまで変わったかを見ると、ミレーの考え方が分かります。

『落穂拾い』や『晩鐘』だけでは、ミレーは少し重い画家に見えるかもしれません。ところが素描やパステルには、線を試す速さ、家族を見るやさしさ、夕暮れの桃色や青に反応する感覚が残っています。油彩の代表作を知ったあとに紙作品を見ると、ミレーという画家が急に近く感じられるはずです。

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