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ミレー『箕をふるう人』とは|1848年サロン・農具・再発見された作品を解説

この絵は一度、失われたと思われていました。19世紀後半にはボストン大火で焼失したという説まで広まり、長いあいだ所在不明。ところが1972年、ニューヨーク近郊の屋根裏から見つかります。それが現在ロンドンのナショナル・ギャラリーにあるミレーの『箕をふるう人』です。

描かれているのは、穀粒と籾殻を選り分ける作業の一瞬です。農民は両手で箕を抱え、膝を曲げ、背中と腕で穀物の重さを受け止めています。顔より先に、身体の動きが目に入ります。さらにX線で調べると、この絵の下には別の人物の手足まで残っていました。作品そのものにも、発見後の来歴にも「隠れたもの」が多い一枚です。

『箕をふるう人』 ジャン=フランソワ・ミレー 1847–48年頃 油彩・カンヴァス 100×70.3cm ナショナル・ギャラリー所蔵
『箕をふるう人』 ジャン=フランソワ・ミレー 1847–48年頃 油彩・カンヴァス 100×70.3cm ナショナル・ギャラリー所蔵
作品名『箕をふるう人』
原題Le Vanneur
英題The Winnower
制作年1847〜48年頃
作者ジャン=フランソワ・ミレー
技法油彩・カンヴァス
寸法100 × 70.3cm
所蔵ナショナル・ギャラリー(ロンドン)
サロン1848年パリ・サロン出品

ミレーが農民を画面の主役にした初期の一枚

『箕をふるう人』は、ミレーが農村の労働を本格的な主題へ転換していく時期の作品です。現在ロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されるこの絵は、1848年のパリ・サロンに出品され、批評家の反応も概して好意的でした。

ミレーはのちに『落穂拾い』『晩鐘』『種をまく人』などで農民画家として知られるようになりますが、『箕をふるう人』はその方向を早い段階で明確に示した作品です。画家の生涯と農民画全体の流れについては、ミレーとは|農民の労働と祈りを描いたバルビゾン派の画家を解説もあわせてご覧ください。

画面は華やかな農村風景ではありません。場所は薄暗い納屋で、人物は作業の途中にいます。ミレーは顔の表情や物語性を強調するより、体の重心と農具の動きに焦点を当てています。

箕とは何か|穀粒と籾殻を選り分ける農具

作品を理解するうえで、まず「箕」が何をする農具なのかを知る必要があります。人物が持っているのは、前縁のない幅広く浅い籠です。脱穀後の穀物を入れて揺すり、軽い籾殻や塵を前方へ移動させ、重い穀粒を残します。

人物は箕を腿のあたりで支え、わずかに前へ傾けています。箕の向こう側には黄金色の籾殻が舞い上がっています。つまり画面は、箕を上へあおった直後、再び脚の前へ戻そうとする瞬間と考えられます。

箕を使って籾殻と穀粒を選り分ける人物を描いた1710年の版画
箕を使って穀粒と籾殻を選り分ける人物を描いた1710年の版画。アムステルダム国立美術館所蔵

この作業では腕だけでなく、背中、腰、脚まで使います。箕を持ち上げて揺すれば、穀物の重さと反動を全身で受け止めなければなりません。ミレーはその身体感覚を、人物の前傾姿勢と曲げた膝、脚に押しつけるように保持された箕によって表しています。

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手・腕・背中・脚を見る|人物の重心が作業を伝える

人物の手は、箕の左右をしっかりとつかんでいます。腕は大きく振り上げられておらず、作業の力が外へ誇張されていません。代わりに、背中から腰へ続く斜めの線と、膝を曲げた両脚が、穀物の重さを受け止める姿勢をつくっています。

足元にも具体性があります。農民は踵の開いた木靴を履き、中には藁が詰められています。茶色の膝下丈のズボンには青緑や赤の小さな色が入り、膝には青い布を紐で結びつけています。上半身はゆったりした生成り色のシャツ、頭には淡い赤色の布を巻いています。

こうした衣服は人物を英雄的に飾るためではなく、どんな格好で作業していたのかを具体的に伝えています。顔は横向きで、鑑賞者へ視線を送りません。人物の関心は一貫して手元の仕事にあり、画面の中心も「誰なのか」より「何をしているのか」に置かれています。

暗い納屋と舞う籾殻|色彩と背景が生む空気

背景は薄暗く、人物の背後には樽と箒が置かれ、右奥には布やぼろ布のようなものが見えます。左側は梁によって区切られた暗い空間となり、納屋の奥行きを感じさせます。

その暗さの中で、生成り色のシャツ、赤い頭巾、青い膝当て、黄金色の籾殻が浮かびます。色は鮮やかに整理されるのではなく、土埃や薄暗い空気の中へ溶け込むように置かれています。

1848年サロンの批評でも、この「泥や埃を含んだような色調」が主題とよく合い、納屋の細かな埃まで感じさせる点が評価されました。一方、テオフィル・ゴーティエは塗りの粗さや乾いた絵肌を厳しく批判しています。つまり当時から、滑らかで上品な仕上げではなく、ざらついた絵肌そのものがこの作品の特徴として見られていました。

X線で別の手足が出てきた|一枚の下にもう一人いる

『箕をふるう人』は油彩・カンヴァスで描かれ、現在の寸法は100×70.3cmです。木枠は後世のもので、原画布には裏打ちが施されています。

特に重要なのがX線撮影です。現画面の下には、別の人物習作とみられる複数の手足が確認されています。裸の脚と思われる形、前腕、素手の手首、握られた左手などが存在しますが、どの既知作品に対応するかは確定していません。

これは、成功前のミレーがカンヴァスを再利用していた事実とも一致します。材料を無駄にできない時期には、既存の構図の上へ新しい作品を描いたり、古いカンヴァスを切り分けて再使用したりしていました。『箕をふるう人』の厚く乾いた絵具層の一部も、下に別の画面が存在することと関係すると考えられています。

成功前のミレーにとって、カンヴァスは気軽に使い捨てられる材料ではありませんでした。古い画面の上から描き直した痕跡を見ると、名作として美術館に並ぶ以前の、材料をやりくりしながら制作していた画家の姿まで想像できます。

農民を大きく描いただけで、なぜ政治的に見えたのか

『箕をふるう人』がサロンに出品された1848年は、フランス二月革命によって七月王政が崩壊し、第二共和政が成立した年です。そのため、農民や労働者を正面から扱う絵は、当時の社会状況と切り離して見ることができません。

ただし、この作品を「革命支持のために描かれた政治画」と断定するのは適切ではありません。ミレー自身の政治的信条については、明確に断定できる資料が残っていません。一方で、批評家や同時代人が農民画を進歩的、あるいは危険な社会的表現として読み取ったことは事実です。

作品を購入したのは、1848年の臨時共和政府で内務大臣となったアレクサンドル=オーギュスト・ルドリュ=ロランでした。彼は同年4月にミレーのもとを訪れ、500フランでこの絵を購入しています。購入理由については主題や画面内の赤・白・青との関係も推測されていますが、確定した動機ではありません。

重要なのは、政治思想を画家へ一方的に当てはめるのではなく、作品が1848年の社会の中でどう受け取られたかと、ミレー自身が何を信じていたかを分けて考えることです。こうした背景は、写実主義とは|クールベ・ミレーから印象派へ、近代絵画の流れを解説や、19世紀フランス美術とはとあわせて見ると理解しやすくなります。

長期間所在不明だった『箕をふるう人』|1972年に屋根裏で再発見

この作品は、制作後の来歴も異例です。1848年にルドリュ=ロランが購入し、その後1854年にはアメリカ人画家ロバート・ロフティン・ニューマンの所有となったと考えられています。その後、作品はアメリカへ渡ったものの、長く所在が分からなくなりました。

19世紀後半には1872年のボストン大火で失われたという説まで生まれ、長い間、焼失または消失した作品とみなされていました。しかし1972年、ニューヨーク近郊の屋根裏で再発見されます。

その後、作品は1975〜76年のミレー展などで再び紹介され、1978年10月のニューヨークでの競売を経てナショナル・ギャラリーが取得しました。現在の所蔵作品は、1848年サロンに出品されたオリジナルとされています。

ミレーは《箕をふるう人》を一度で終わらせなかった

『箕をふるう人』には、よく似た別ヴァージョンがあります。1848年頃には、ルーヴル美術館所蔵の小型作品と、オルセー美術館所蔵の別ヴァージョンも制作されています。

『箕をふるう人』 ジャン=フランソワ・ミレー 1848年頃 油彩・板 38.5×29cm ルーヴル美術館所蔵
『箕をふるう人』 ジャン=フランソワ・ミレー 1848年頃 油彩・板 38.5×29cm ルーヴル美術館所蔵(別ヴァージョン)

同じ主題を何度も描いたことからも、ミレーがこの農作業の姿勢に強く惹かれていたことが分かります。大作だけでなく、小型の別ヴァージョンを見ると、人物の大きさや姿勢を変えながら構図を試していたことが見えてきます。

『箕をふるう人』から『落穂拾い』へ|農民の身体を描く視点

『箕をふるう人』では、一人の農民の全身と農具の動きが、画面の大部分を占めています。のちの『落穂拾い』では、地面へ身を折る三人の女性の反復運動が中心になります。どちらも、農民を抽象的な「貧しい人々」として描くのではなく、具体的な作業姿勢によって一人ひとりの身体を描いている点が共通しています。

違いは、1848年の『箕をふるう人』が納屋の内部で一人の身体へ集中しているのに対し、1857年の『落穂拾い』では広い畑と複数の人物を使い、前景の落穂拾いと遠景の豊かな収穫の差まで見せていることです。『落穂拾い』については、『落穂拾い』とは|ミレーが描いた“農民の現実”を解説で詳しく紹介しています。

まとめ|屋根裏から戻ってきた、ミレー転換期の一枚

ミレーの『箕をふるう人』は、1848年サロンに出品された初期の重要作です。画面の核心は、農民という主題だけではなく、箕を持つ両手、力を受け止める腕と背中、曲げた脚、舞い上がる籾殻、薄暗い納屋という具体的な労働環境にあります。

さらに、別の人物習作の上へ描かれた制作技法、1972年の再発見、複数の同題ヴァージョン、1848年革命と同時代の受容まで見ていくと、この作品が単なる「農民の尊厳」を表す一枚ではないことが分かります。ミレーが農民の生活を絵画の中心へ据えていく過程を理解するうえで、きわめて重要な作品です。

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