クリムトの代表作10選|『接吻』『アデーレ』『ユディト』など有名作品を解説

グスタフ・クリムトの代表作を知るなら、黄金色の名画だけを見るのではなく、1890年代末の肖像画からウィーン分離派、黄金様式、そして1910年代の色彩豊かな後期作品までを年代順に追うのが最も分かりやすい方法です。本記事では、クリムトの画風がどのように変化したのかが見える10点を選び、作品ごとの見どころを解説します。

クリムトの生涯、家族、ウィーン分離派結成までの経緯、エミーリエ・フレーゲとの関係など人物全体を知りたい方は、先に「クリムトとは|生涯・代表作・黄金様式をわかりやすく解説」をご覧ください。この記事では生涯の説明を繰り返さず、作品そのものに焦点を当てます。

クリムトの代表作10選|有名作品を年代順に一覧

年代作品見どころ
1898年ソニア・クニップスの肖像写実的な肖像と装飾的な平面性の共存
1898年パラス・アテナ分離派の理念を象徴する力強い女神像
1901年ユディトI金箔と官能的な人物表現の結合
1902年ベートーヴェン・フリーズ絵画・建築・音楽を結ぶ総合芸術
1907年アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I黄金様式を代表する肖像画
1907–1908年ダナエ神話と身体を密度の高い装飾へ変換
1907–1909年頃接吻黄金様式の頂点とされる代表作
1910–1911年生命の樹/ストックレー・フリーズ装飾が建築空間へ広がる到達点
1910–1911年、のち改作死と生死と人生の循環を鮮烈な色彩で対置
1913年乙女黄金期後の色彩と渦巻く身体表現

1.『ソニア・クニップスの肖像』|装飾へ踏み出す1898年

『ソニア・クニップスの肖像』/グスタフ・クリムト/1898年/油彩・キャンバス/141×141cm/ベルヴェデーレ(ウィーン)所蔵
『ソニア・クニップスの肖像』/グスタフ・クリムト/1898年/油彩・キャンバス/141×141cm/ベルヴェデーレ(ウィーン)所蔵

1898年の『ソニア・クニップスの肖像』は、クリムトが伝統的な肖像画の技術を保ちながら、画面そのものを装飾的な構成へ変え始めた時期を示す作品です。淡いピンクのドレスを着た若い女性は画面の右寄りに座り、左側には暗い空間が大きく残されています。人物を画面中央へ安定して置く公式肖像画とは異なり、あえて偏った構図を採ることで、正方形に近い画面全体が一つのデザインとして機能しています。

顔や手にはまだ写実的な立体感がありますが、ドレスの広がりや背後の花は輪郭と色面によって処理され、現実の空間と装飾的な平面が同居しています。後のクリムトでは人物の身体が文様の中へ溶け込んでいきますが、その転換を考えるうえで、この肖像は重要な出発点です。

2.『パラス・アテナ』|ウィーン分離派の闘う女神

『パラス・アテナ』/グスタフ・クリムト/1898年/油彩・キャンバス/75×75cm/ウィーン・ミュージアム所蔵
『パラス・アテナ』/グスタフ・クリムト/1898年/油彩・キャンバス/75×75cm/ウィーン・ミュージアム所蔵

同じ1898年の『パラス・アテナ』では、クリムトの画面は一段と象徴的になります。正面を向くアテナは甲冑と兜を身につけ、鑑賞者をまっすぐに見返します。古代ギリシアの知恵と戦いの女神を描きながら、古典的な理想美に回帰するのではなく、金色の甲冑、硬い輪郭、正方形の画面によって、近代の新しい芸術を守る存在のように提示されています。

クリムトは1897年に保守的な美術界から離れ、仲間たちとウィーン分離派を結成しました。『パラス・アテナ』はその直後に描かれており、分離派が掲げた「時代にはその芸術を、芸術にはその自由を」という姿勢を理解するうえでも象徴的な一作です。胸元には小さな裸体像が置かれ、神話の権威と新しい表現が同じ画面で衝突しています。

3.『ユディトI』|金が官能と危うさを包む

『ユディトI』/グスタフ・クリムト/1901年/油彩・金箔・キャンバス/84×42cm/ベルヴェデーレ(ウィーン)所蔵
『ユディトI』/グスタフ・クリムト/1901年/油彩・金箔・キャンバス/84×42cm/ベルヴェデーレ(ウィーン)所蔵

1901年の『ユディトI』は、クリムトが金箔を本格的に画面へ取り込み始めた重要作です。旧約聖書の女性ユディトは、敵将ホロフェルネスを倒して故郷を救う人物ですが、クリムトは勇敢な英雄として単純に描きません。半ば閉じた目、わずかに開いた唇、首元を飾る金の帯によって、勝利、官能、危険が同時に感じられる姿へ変えています。

画面下部にホロフェルネスの首が見えているにもかかわらず、鑑賞者の視線はユディトの顔と金色の背景へ引き寄せられます。物語を説明するよりも、人物が放つ心理的な緊張を前面に出す方法は、象徴主義とも深く重なります。人物の肌は生身の質感を残し、背景は平面的な金と文様へ変わる。この二つの世界の対比が、後の黄金様式を予告しています。

4.『ベートーヴェン・フリーズ』|絵画・建築・音楽を結ぶ

『ベートーヴェン・フリーズ』左壁〈幸福への憧れ〉(部分)/グスタフ・クリムト/1902年/カゼイン絵具・漆喰・金箔ほか/左壁全体217×1400cm/ベルヴェデーレ所蔵・ウィーン分離派会館に永久貸与
『ベートーヴェン・フリーズ』左壁〈幸福への憧れ〉(部分)/グスタフ・クリムト/1902年/カゼイン絵具・漆喰・金箔ほか/左壁全体217×1400cm/ベルヴェデーレ所蔵・ウィーン分離派会館に永久貸与

『ベートーヴェン・フリーズ』は1902年、ウィーン分離派の第14回展のために制作された大規模な壁画です。展覧会そのものがベートーヴェンへのオマージュとして構想され、建築、絵画、彫刻を一つの空間で結びつける「総合芸術」が試みられました。クリムトのフリーズも、単独で完結する一枚の絵というより、会場を歩く観客の体験を含めて成立する作品でした。

主題は、人間が苦しみや敵対する力を乗り越え、幸福を求めて進む物語です。左壁の〈幸福への憧れ〉から、中央壁の怪物テュポンやゴルゴン、右壁の芸術と抱擁へと展開します。線は細く長く引き伸ばされ、人物は広い余白の中に配置され、金や装飾素材が壁面全体を構成します。分離派会館の空間と一体になったこの作品は、クリムトの「黄金期」が始まる大きな節目でした。

「へ~」「そうなんだ!」朝の1分、ちょっと朝活

Q1. モネはなぜ同じ景色を何枚も描いたの?
Q2. ゴッホの『ひまわり』は何枚あるの?
Q3. 印象派という名前は誰が付けたの?

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5.『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I』|黄金様式を代表する肖像

『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I』/グスタフ・クリムト/1907年/油彩・金・銀・キャンバス/140×140cm/ノイエ・ガレリー(ニューヨーク)所蔵
『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I』/グスタフ・クリムト/1907年/油彩・金・銀・キャンバス/140×140cm/ノイエ・ガレリー(ニューヨーク)所蔵

1907年の『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I』は、クリムトの黄金様式を代表する肖像画です。アデーレの顔と手は写実的に描かれていますが、身体の輪郭は金、銀、三角形、四角形、眼のような文様の中へ溶け込みます。椅子、衣服、背景の境界も曖昧で、人物が黄金の平面そのものから現れているように見えます。

この作品が重要なのは、単に「金色が豪華」だからではありません。写実的な顔と抽象化された装飾面を同じ画面で成立させることで、肖像画でありながら人物の社会的な存在感と、現実を超えた象徴性を両立させています。曲線的な装飾や工芸との結びつきは、同時代のアール・ヌーヴォーと比較すると理解しやすいでしょう。

6.『ダナエ』|神話を身体と装飾で圧縮する

『ダナエ』/グスタフ・クリムト/1907–1908年/油彩・キャンバス/77×83cm/個人蔵
『ダナエ』/グスタフ・クリムト/1907–1908年/油彩・キャンバス/77×83cm/個人蔵

1907–1908年の『ダナエ』は、ギリシア神話の物語を極端に凝縮した作品です。父によって幽閉された王女ダナエのもとへ、ゼウスが黄金の雨となって現れるという主題は西洋絵画で繰り返し描かれてきました。クリムトは宮殿や神々を説明的に描かず、眠るように身体を丸めたダナエと、身体へ降り注ぐ金色の流れだけで神話を成立させています。

紫の布、赤褐色の髪、肌、金色が狭い画面に押し込まれ、身体そのものが円環状の構成をつくります。『アデーレ』や『接吻』のように画面全体を金で覆うのではなく、金を神話上の出来事と身体感覚を結ぶ色として使っている点が特徴です。黄金様式の多様さを見るには欠かせない一作です。

7.『接吻』|クリムト黄金様式の頂点

『接吻(恋人たち)』/グスタフ・クリムト/1907–1909年頃/金箔・銀箔・プラチナ箔・油樹脂絵具ほか、キャンバス/180×180cm/ベルヴェデーレ(ウィーン)所蔵
『接吻(恋人たち)』/グスタフ・クリムト/1907–1909年頃/金箔・銀箔・プラチナ箔・油樹脂絵具ほか、キャンバス/180×180cm/ベルヴェデーレ(ウィーン)所蔵

『接吻(恋人たち)』は、クリムトの代表作として最も広く知られる作品です。男女は花の咲く足場の縁で抱き合い、二人の衣服と周囲は金属箔と文様に包まれています。一方、顔、手、足には柔らかな肉体感が残されており、身体と装飾、現実と象徴の境界が画面の中で一つになっています。

男性の衣服には角張った矩形、女性の衣服には円や花に近い形が多く使われ、同じ金色の中でも異なるリズムが与えられています。ベルヴェデーレの技術調査では、金箔だけでなく銀箔やプラチナ箔、真鍮系の金属箔も用いられていることが示されています。モデルや制作過程、1908年の展示時には未完成部分があったことなどは、単独記事「クリムト『接吻』とは|意味・モデル・黄金様式を解説」で詳しく解説しています。

8.『生命の樹』/ストックレー・フリーズ|装飾が建築空間になる

『生命の樹』ストックレー・フリーズ実施設計図 Part 4/グスタフ・クリムト/1910–1911年/紙・色鉛筆・パステル・ガッシュ・金属等/200×102cm/MAK(ウィーン応用美術館)所蔵
『生命の樹』ストックレー・フリーズ実施設計図 Part 4/グスタフ・クリムト/1910–1911年/紙・色鉛筆・パステル・ガッシュ・金属等/200×102cm/MAK(ウィーン応用美術館)所蔵

ブリュッセルのストックレー邸の食堂装飾は、クリムトの装飾芸術が建築空間へ最も大きく広がった仕事の一つです。現地の完成フリーズは、建築家ヨーゼフ・ホフマンが設計した邸宅の空間と一体化しており、クリムトは実施のために実物大の設計図を制作しました。ここに掲載したのは、そのうちMAKが所蔵する「Part 4, Tree of Life」です。

枝が渦を巻きながら左右へ伸びる生命の樹は、自然の木を写実的に描いたものではありません。螺旋、眼のような形、花や幾何学文様が反復され、植物が巨大な装飾体系へ変換されています。完成したストックレー・フリーズでは、〈期待〉や〈成就〉の人物像と生命の樹が向かい合い、絵画、モザイク、金属、建築、家具が一つの室内空間として設計されました。クリムトを「絵画だけの画家」と考えると見落とす、重要な代表作です。

9.『死と生』|黄金のあとに生命と死を描く

『死と生』/グスタフ・クリムト/1910–1911年(1912–1913年、1915–1916年改作)/油彩・キャンバス/180.8×200.6cm/レオポルド美術館(ウィーン)所蔵
『死と生』/グスタフ・クリムト/1910–1911年(1912–1913年、1915–1916年改作)/油彩・キャンバス/180.8×200.6cm/レオポルド美術館(ウィーン)所蔵

1910–1911年に着手され、その後も改作された『死と生』は、黄金様式の華やかさからクリムトが別の方向へ進んだことをよく示します。画面左には十字模様の衣をまとった骸骨の「死」が立ち、右側には乳児、若者、恋人、母子、老女など、異なる人生段階の人物が一つの大きな塊として集められています。

重要なのは、死と生が激しく戦う場面ではないことです。死は少し離れた場所から生命の群れを見つめ、生命側の人々の多くは目を閉じています。人間の生が一つの色鮮やかな共同体をつくり、その外側で死が待つという構図です。レオポルド美術館の記録が示すように、クリムトは完成後も複数回手を加えました。金一色の印象から離れ、青、緑、赤、紫を強く響かせる後期の色彩感覚を代表する作品です。

10.『乙女(The Virgin)』|後期の色彩と渦巻く身体

『乙女(The Virgin)』/グスタフ・クリムト/1913年/油彩・キャンバス/190×200cm/プラハ国立美術館所蔵
『乙女(The Virgin)』/グスタフ・クリムト/1913年/油彩・キャンバス/190×200cm/プラハ国立美術館所蔵

1913年の『乙女(The Virgin)』は、クリムト晩年の人物画を考えるうえで重要な大作です。複数の女性の身体、花、布、渦巻き文様が楕円形の大きな塊をつくり、暗い背景の中に浮かんでいます。黄金様式のように金属の輝きで画面を統一するのではなく、青、紫、ピンク、緑などの強い色彩を重ねて、夢の内部のような空間をつくっています。

中心の眠る女性を含め、人物同士の境界は布や文様によって曖昧になっています。顔や身体の一部だけが現実的な質感を残し、それ以外は装飾へ変化するというクリムトらしい方法は続いていますが、色彩の比重は明らかに増しています。『接吻』だけを見ているとクリムトは「金の画家」に見えますが、『死と生』『乙女』まで追うと、晩年に向けて色そのものが画面を動かす方向へ進んだことが分かります。

10点から見えるクリムトの画風の変化

10点を年代順に並べると、クリムトの変化は「写実から装飾へ」「金の導入」「絵画から建築空間への拡張」「黄金期後の色彩の強まり」という流れで捉えられます。1898年の『ソニア・クニップスの肖像』では顔や手の写実性が強く残り、『パラス・アテナ』『ユディトI』で金と象徴的な人物像が前面に出ます。1902年の『ベートーヴェン・フリーズ』では装飾が壁面全体へ広がり、1907年前後の『アデーレ』『ダナエ』『接吻』で黄金様式が最も濃密になります。

しかし、そこでクリムトの作品が終わるわけではありません。ストックレー・フリーズでは装飾が室内空間へ進み、『死と生』『乙女』では金の比重を下げながら、鮮烈な色彩と複数人物の集合へ表現を広げています。代表作を10点で見る意味は、有名作品を列挙することではなく、約15年間で同じ画家の画面がどれほど変化したかを一望できる点にあります。

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