グスタフ・クリムトの『接吻』では、二人の唇は触れていません。男性が口づけているのは女性の頬です。1908年に初公開されたときの題名も『接吻』ではなく、『恋人たち』でした。
それでもこの作品が「接吻」の名で世界的に知られるようになったのは、接吻という一つの動作を超えて、愛、親密さ、一体化への願い、その内側にある緊張までを、金色の画面に封じ込めているからです。人物部分には金箔だけでなく、銀箔、プラチナ箔、油樹脂絵具が使われ、背景には真鍮製の箔や金属箔片が重ねられています。
この記事では、『接吻』に何が描かれているのか、なぜ金色なのか、男女の文様が何を示すのか、モデルはエミーリエ・フレーゲなのか、なぜ未完成のまま購入されたのかを解説します。作者の生涯と代表作については、クリムトとは|生涯・代表作・黄金様式をわかりやすく解説もあわせてご覧ください。

クリムト『接吻』の基本情報
| 作品名 | 『接吻』 |
|---|---|
| 原題 | Der Kuss(Liebespaar) |
| 作者 | グスタフ・クリムト |
| 制作年 | 1907~1909年頃 |
| 大きさ | 180×180cm |
| 人物部分の画材 | 金箔、銀箔、プラチナ箔、油樹脂絵具、下塗りしたキャンバス |
| 背景の画材 | 真鍮製の箔、グレーズ、金属箔片 |
| 初公開 | 1908年ウィーン美術展、題名は『恋人たち』 |
| 購入価格 | 2万5,000クローネ |
| 所蔵先 | ベルヴェデーレ宮オーストリア絵画館 |
| 現在の展示場所 | ベルヴェデーレ宮殿上宮(18世紀に建てられたバロック建築の宮殿。現在は美術館として使われており、19~20世紀のオーストリア美術を所蔵している) |
この作品をひとことで言うと
『接吻』は、恋人たちの姿を描いた絵であると同時に、一瞬の愛を時間の外にある象徴へ変えた作品です。顔、手、足には生身の身体が残されていますが、衣服と背景は金属箔と文様によって平面化されています。現実の男女が抱き合っているようでありながら、二人は祭壇画の聖像や夢の中の人物のようにも見えます。
『接吻』には何が描かれているのか
画面中央には、抱き合う男女が大きく描かれています。男性は女性を包むように身をかがめ、両手で女性の顔を支えながら頬へ口づけています。女性は目を閉じ、片腕を男性の首へ回し、もう一方の手を男性の手に重ねています。
二人の身体は、輪郭が分からなくなるほど大きな金色の衣に包まれています。顔、手、足は立体的に描かれていますが、衣には影や厚みがほとんどなく、幾何学文様と植物文様が平面に広がっています。写実的な身体と抽象的な装飾が、一つの画面で結びついているのです。
二人の足元には花が密集しています。しかし、花畑は画面右側で途切れ、その先には具体的な地面も風景も描かれていません。女性の足先は花畑の縁に近く、二人は世界の中心ではなく、世界の端で抱き合っているように見えます。
二人は本当に接吻しているのか
男性の唇が触れているのは、女性の唇ではなく頬です。女性の顔が隠されていないため、閉じた目や傾けた首、男性の手に重ねた指まで見ることができます。
1908年6月、ウィーン美術展で初公開されたとき、この作品は『恋人たち(Liebespaar)』という題名で出品されました。現在の『接吻(Der Kuss)』という題名が確認できるのは、1909年秋頃に刊行されたモデルネ・ギャラリーの所蔵品目録からです。
『恋人たち』という題名は二人の関係全体を示しますが、『接吻』は一つの動作へ視線を集中させます。しかも唇は触れ合っていないため、接吻の直前なのか、頬への口づけなのか、長い抱擁の途中なのかを一つに決めることができません。この余白が、静止した画面に時間の広がりを与えています。
なぜ金色なのか|黄金様式の技法
すべての金色が金箔というわけではない
『接吻』では本物の金箔が使われていますが、画面に見える金色のすべてが金箔ではありません。所蔵館の作品記録では、人物部分に金箔、銀箔、プラチナ箔、油樹脂絵具が使われ、背景には真鍮製の箔が敷かれています。その上から透明感のある絵具を重ね、金属箔片を散らすことで、均一ではない光の層がつくられています。
金、銀、プラチナ、真鍮では、色と反射の仕方が異なります。さらに、表面を滑らかに仕上げた部分、粒状に見える部分、絵具を重ねた部分があるため、実物は光や見る位置によって表情を変えます。印刷物やスマートフォンの画像では一つの金色に見えても、実物では複数の金属と絵具が入り組んでいるのです。

金属箔は絵画の平面性を強調する
ルネサンス以降の西洋絵画では、遠近法や明暗によって、画面の奥に現実らしい空間をつくることが重視されました。しかし、本物の金属箔は周囲の光を反射し、絵が平らな物質であることを意識させます。
クリムトは、この性質を利用しました。金属箔によって現実らしい奥行きを弱め、画面を光、色、文様からなる一枚の面へ変えたのです。金色は単なる豪華な装飾ではなく、恋人たちを日常の空間から切り離す役割を持っています。
ビザンティン美術と日本の金蒔絵
クリムトの金色には、ビザンティン・モザイク、中世の金地絵画、日本の漆工芸、東アジア美術など、複数の伝統が重なっています。とくに日本の金蒔絵に見られる、黒や金の面に金属粉や金属片を散らす表現は、『接吻』の背景とよく響き合います。
画面の奥へ空間を広げるのではなく、表面に光と文様を展開する方法は、クリムトの近代性を支えました。日本美術が19世紀末から20世紀初頭のヨーロッパへ与えた影響については、アール・ヌーヴォーとは|ミュシャ・ガレ・クリムトから世紀末の装飾美を解説でも紹介しています。
クリムトが金箔と絵具を大規模に組み合わせた初期の代表作が、1901年の『ユディトI』です。その後、『アデーレ・ブロッホ=バウアーI』や『接吻』で技法は頂点に達しました。『接吻』は、1901年頃から1909年頃まで続いた黄金様式の到達点であり、その華やかな終着点でもあります。
男性の四角形と女性の円形|文様が示す違い
男性の衣には、黒、白、灰色を含む四角形や長方形が並んでいます。直線的な文様が肩から足元まで縦に続き、男性の大きな身体を一つの柱のように見せています。
女性の衣には、円、楕円、渦巻き、花のような文様が広がっています。輪郭も男性より曲線的で、衣の文様は足元の花畑へ連続していきます。直線と曲線、幾何学と植物、硬さと柔らかさという対比が、二人の違いを視覚的に示しています。
男性の四角形を男性性、女性の円形を女性性の象徴と見る解釈は広く知られています。ただし、クリムト自身が個々の図形の意味を説明した記録は残されていません。図形を単純な記号として置き換えるより、異なる文様を持つ二人が、一つの大きな金色の形に包まれていることを見るほうが重要です。
二人は抱き合っていますが、完全に同じ存在へ溶けたわけではありません。文様、姿勢、顔、手は、それぞれの身体の違いを残しています。『接吻』は一体化への願いを描きながら、二人の違いも消していないのです。

クリムトの『接吻』が意味するもの
愛の一瞬を永遠に近い像へ変えた
『接吻』の中心にあるのは、特定の恋愛事件ではなく、愛そのものを表す寓意です。金色の衣と光の粒子は二人を現実の場所から切り離し、短い接触の瞬間を、時間の外にある像へ変えています。
二人を包む金色の輪郭は、宗教画の光輪や祭壇画の金地を思わせます。そのため、画面には官能性だけでなく、儀式や聖像に近い厳粛さがあります。肉体的な親密さと精神的な結びつきが、同じ画面の中で重なっています。
花畑の終わりが幸福に緊張を与える
足元の花は、生命、豊かさ、愛の充足を感じさせます。しかし、花畑は女性の足先近くで途切れています。その先に具体的な崖や谷が描かれているわけではありませんが、二人が安定した大地ではなく、世界の縁にいるような印象を与えます。
そこから、愛の陶酔と同時に、喪失や転落への不安を読み取ることもできます。ただし、画面に死や悲劇を示す明確な物語はありません。地面の終わりを「死の象徴」と断定するより、幸福な場面に緊張を残す構図として見るほうが自然です。
女性は接吻を受け入れているのか
女性は目を閉じ、片腕を男性の首へ回し、もう一方の手を男性の手に重ねています。この姿からは、相手を受け入れ、身を預けているように見えます。
一方で、女性はひざまずき、男性の両手に顔を支えられ、首を横へ大きく傾けています。男性が能動的で、女性が受動的に配置されているという見方も成り立ちます。愛の一体化を描きながら、男女の力関係も残されているという解釈です。
『接吻』を幸福か支配かのどちらか一方に決める必要はありません。女性の手は男性を受け入れているようにも、男性の手を押さえているようにも見えます。親密さ、受容、没入、緊張が同じ姿勢の中に重ねられているため、見る人によって異なる意味が生まれます。
神話や文学の恋人たちなのか
『接吻』を、キューピッドとプシュケ、ディオニュソスとアリアドネ、パオロとフランチェスカなど、神話や文学に登場する恋人たちと結びつける解釈もあります。しかし、人物を特定できる持物や物語上の場面は描かれていません。
クリムト自身も、この作品の意味を確定する説明を残していません。特定の神話を描いた作品というより、さまざまな愛の物語を重ねられる、普遍的な恋人像と見るのが妥当です。意味を一つに固定しない表現は、象徴主義とは|モロー・ルドン・ムンクから世紀末美術をわかりやすく解説にも共通しています。
『接吻』のモデルは誰か|エミーリエ・フレーゲ説

『接吻』のモデルが誰であるかは、現在も確定していません。もっともよく知られているのが、男性をクリムト自身、女性をエミーリエ・フレーゲとする説です。
エミーリエ・フレーゲは、ウィーンで服飾サロンを営んだデザイナーです。クリムトとは家族を通じて知り合い、生涯にわたって親しい関係を保ちました。二人が恋人だったのか、精神的な伴侶だったのかについても断定できませんが、エミーリエがクリムトの生活と芸術の両方において重要な人物だったことは確かです。
モデル説には、いくつかの手掛かりがあります。『接吻』の準備素描や、1908年の展覧会で撮影された完成前の写真では、男性にひげが描かれていました。クリムト自身も豊かなひげをたくわえていたため、自画像的な要素があると考えられています。
また、1908年8月30日のエミーリエの誕生日には、クリムトが描いた小さな抱擁図を収めたブローチが贈られています。そこにはエミーリエの名、二人のモノグラム、日付が記され、抱擁の構図は『接吻』と共通しています。
ただし、これらは抱擁という主題が二人の関係と結びついていた可能性を示すものであり、『接吻』の男女が二人の肖像であることを証明するものではありません。顔立ちも、個人を特定できるほど写実的には描かれていません。
したがって、正確な結論は「クリムトとエミーリエ・フレーゲを描いた可能性はあるが、確定していない」です。作品を二人の恋愛記録だけに限定すると、愛の寓意としての広がりを狭めてしまいます。
未完成のまま購入された『接吻』
『接吻』は1908年6月、ウィーン美術展で初公開されました。しかし、開幕時にはまだ完成していませんでした。会場で撮影された写真では、とくに画面左下に未完成の部分が確認できます。
それにもかかわらず、同年7月10日、モデルネ・ギャラリーの委員会は作品の購入を決定しました。購入にはオーストリアの文部省が関わり、価格は2万5,000クローネでした。これは当時のモデルネ・ギャラリーが、存命中の画家の作品に支払った最高額でした。
展覧会が終了すると、クリムトは作品をアトリエへ戻して完成させました。左側の花畑を描き加え、男性の衣の下部にあった文様を変更し、女性の背中の輪郭を強めています。さらに、ひざまずく女性の下腿を数センチ延長しました。この修正は現在のX線調査でも確認できます。
加筆は1909年6月末頃までに終わり、同年7月22日にモデルネ・ギャラリーへ正式に引き渡されました。制作年が「1908年」「1908~1909年」「1907~1909年頃」など複数の形で表記されるのは、1907年頃に制作が始まり、1908年に未完成で公開され、1909年まで加筆が続いたためです。
クリムト、ムンク、ロダンの『接吻』の違い
『接吻』という題名で知られる作品には、クリムトの絵画だけでなく、エドヴァルド・ムンクの絵画とオーギュスト・ロダンの彫刻があります。同じ親密な行為を扱いながら、三人の表現は大きく異なります。
| 作者 | 表現 | 接吻の特徴 | 中心となる印象 |
|---|---|---|---|
| クリムト | 金属箔と絵具による絵画 | 男性が女性の頬へ口づけする | 装飾、象徴、聖性と官能 |
| ムンク | 暗い室内を描いた絵画 | 二人の顔が見分けにくくなる | 親密さと自己の境界の揺らぎ |
| ロダン | 大理石などによる彫刻 | 二人の身体と接触を立体で表す | 肉体の生命感、官能、悲恋 |
ムンクの『接吻』では、暗い室内で二人の顔が一つの形に重なり、個人の境界が見分けにくくなります。詳しくは、『接吻』とは|ムンクが描いた“愛と不安”を解説をご覧ください。
ロダンの『接吻』は、ダンテ『神曲』に登場するパオロとフランチェスカを背景に持ち、二人の身体が触れ合う瞬間を立体で表しています。ロダンの作品については、『接吻』とは|ロダンが彫刻で表した“永遠の愛”を解説で詳しく紹介しています。
ムンクが顔と心理の境界を揺るがし、ロダンが身体の量感を示したのに対し、クリムトは二人を金色の文様で包みました。同じ接吻という主題から、心理、身体、装飾という三つの異なる表現を見ることができます。
『接吻』はどこで見られるのか
クリムトの『接吻』は、オーストリア・ウィーンのベルヴェデーレ宮オーストリア絵画館が所蔵し、ベルヴェデーレ上宮で展示されています。1954年に上宮が再開して以降、同館の中心的な作品として位置づけられてきました。
『接吻』は作品保護のため、館外へ貸し出される機会が限られています。1986年にはニューヨーク近代美術館、1989年には日本、1992年にはチューリヒで展示されましたが、1997年のローマ展を最後にベルヴェデーレを離れていません。
現在の展示状況や入場方法は変更される可能性があります。訪問前にベルヴェデーレ上宮の公式案内をご確認ください。
『接吻』はなぜ世界的に有名なのか
『接吻』が広く知られる理由の一つは、遠くからでも見分けられる構成にあります。正方形の画面、中央に集められた二人、大きな金色の輪郭、男性の四角形、女性の円形と花の文様には、複製画像になっても失われにくい特徴があります。
一方、実物では金、銀、プラチナ、真鍮がそれぞれ異なる光を返します。ポスターや商品に複製されても伝わる明快さを持ちながら、実物でなければ分からない素材の複雑さも備えています。
また、愛の象徴として親しみやすい一方、意味を一つに決めることができません。幸福な恋人、愛による一体化、聖なる結びつき、花畑の縁にある不安、男女の力関係など、見る人によって異なる解釈が生まれます。分かりやすいイメージと、簡単には解き終わらない曖昧さを併せ持つことが、現在まで見続けられている理由です。
クリムト『接吻』についてのよくある質問
『接吻』のモデルはエミーリエ・フレーゲですか?
エミーリエ・フレーゲとクリムト自身を描いたという説がありますが、確定していません。男性のひげを描いた準備素描や、エミーリエに贈られた抱擁図などの手掛かりはありますが、二人をモデルと明記した記録は残されていません。
二人は本当に接吻していますか?
男性が口づけているのは女性の唇ではなく頬です。初公開時の題名も『接吻』ではなく『恋人たち』でした。『接吻』という題名は、1909年秋頃の所蔵品目録から確認できます。
金色の部分はすべて本物の金ですか?
すべてが金ではありません。人物部分には金箔、銀箔、プラチナ箔、油樹脂絵具が使われています。背景には真鍮製の箔や金属箔片が使われており、複数の金属と絵具によって異なる輝きがつくられています。
『接吻』は何を意味する作品ですか?
中心にあるのは、愛と親密さを普遍的な像へ変えた表現です。ただし、花畑の終わり、男女の姿勢、異なる文様などから、愛の中にある緊張や力関係を読み取ることもできます。クリムト自身が意味を限定する説明を残していないため、一つの答えに決めることはできません。
『接吻』はいつ描かれましたか?
制作は1907年頃に始まり、1908年に未完成の状態で初公開されました。その後も加筆が続き、1909年6月末頃までに現在の姿へ仕上げられたと考えられています。そのため、本記事では制作年を「1907~1909年頃」としています。
『接吻』はなぜ未完成のまま購入されたのですか?
1908年の初公開時、クリムトはすでにウィーンを代表する画家として高く評価されていました。作品にはプラハのモデルネ・ギャラリーも関心を示しており、ウィーン側は完成前に購入を決めました。購入後、クリムトは作品をアトリエへ戻し、1909年まで加筆しています。
『接吻』は日本で見られますか?
原画はウィーンのベルヴェデーレ上宮に展示されています。1989年には日本で展示されましたが、1997年のローマ展を最後に館外へ貸し出されていません。今後の貸出予定が発表されない限り、原画を見るにはベルヴェデーレ上宮を訪れる必要があります。
まとめ|『接吻』は愛を金色の象徴へ変えた名画
クリムトの『接吻』は、抱き合う男女を描いた作品です。しかし、その魅力は金色の華やかさだけではありません。写実的な顔や手足と平面的な文様、男性の四角形と女性の円形、花畑の豊かさと地面の終わり、親密さと力関係が、一つの画面に重ねられています。
モデルをクリムトとエミーリエ・フレーゲとする説には手掛かりがありますが、断定はできません。人物を特定できないことで、二人は現実の恋人を超え、見る人が自分自身の経験を重ねられる存在になっています。
人物部分には金箔、銀箔、プラチナ箔が使われ、背景には真鍮製の箔や金属箔片が重ねられています。異なる金属の光によって、現実の身体は装飾と象徴の世界へ移されました。『接吻』は、一瞬の親密さを永遠に近い像へ変えながら、その幸福の中にわずかな緊張を残した作品です。
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