ラファエロは1520年4月6日、ローマで37歳の若さで亡くなりました。死因については長くさまざまな説が語られてきましたが、現在も完全には分かっていません。手がかりになるのは、16世紀の記録、2020年の医学史研究、そして2026年に発表された遺骨断片の分析です。
ラファエロはいつ、何歳で亡くなった?
ラファエロは1483年にウルビーノで生まれ、1520年4月6日にローマで亡くなりました。37歳でした。晩年は教皇庁から多数の仕事を任され、絵画だけでなく建築や古代遺跡の調査、大規模工房の運営にも携わっていました。

結論|死因は現在も断定できない
同時代資料から、ラファエロが死の前に高熱を伴う病気にかかっていたことは分かります。一方で、その病気が何だったのかを現代医学の病名で完全に特定することはできません。肺炎、感染症、マラリア、腸チフスなどさまざまな仮説が出されてきましたが、史料と遺物には限界があります。
ヴァザーリが伝えた逸話と瀉血
ジョルジョ・ヴァザーリは『美術家列伝』(1550年刊)に、次のような話を書き残しました。ラファエロは私生活での無理が重なって高熱を発したが、その事情を医師に打ち明けなかったため、医師は別の病と判断して瀉血を行い、かえって衰弱して亡くなった——。この逸話は長く語り継がれてきましたが、書かれたのは死から30年を経た後であり、そのまま病名の判断として読むことはできません。
-国立古典絵画館所蔵。-ラファエロの愛人マルガリータ・ルティと考えられている_La_Fornarina_by_Raffaello.jpg)
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2020年の報告|肺炎という見立て
2020年、ミラノ・ビコッカ大学のチームが医学誌『Internal and Emergency Medicine』に発表した内容では、肺炎がもっとも説明のつく原因として挙げられました。当時の記録に残る高熱は8日から15日続いたとされ、この経過の長さは性感染症では説明がつきません。腹部の症状が見られないことや、当時のローマに流行の記録がないことから、チフスなども退けられています。
研究チームは、肺の病に対して行われた瀉血が体力を奪い、死を早めた可能性も指摘しています。ただし、これは当時の記録から推定した仮説で、確定診断ではありません。
2026年の報告|ノカルジア感染症の可能性
2026年1月、米国疾病予防管理センターが発行する感染症の医学誌『Emerging Infectious Diseases』に、ラファエロのものと伝えられてきた遺骨断片の分析結果が掲載されました。対象となったのはフランス・モントーバンのアングル美術館に伝わる断片で、肋骨片の骨髄から ノカルジア・ニイガテンシス(Nocardia niigatensis)に対応するタンパク質の痕跡が検出されています。墓所の土や壁、塵のサンプルからは検出されず、骨髄だけに見つかったことから、死後の混入ではなく生前の感染だった可能性が示されました。
ただし、この断片がラファエロ本人のものである裏づけは伝承と記録のほかになく、テヴェレ川の度重なる氾濫が遺骨に影響を与えた可能性も残ります。報告自体がこうした限界を明記しており、「2026年に死因が確定した」と書くことはできません。現段階では、新たに浮上した有力な可能性の一つとして扱うのが妥当です。
ノカルジアは肺に感染し、そこから骨へ広がることがあります。そのため2026年の報告は、2020年の肺炎説と必ずしも矛盾しません。肺炎の原因の一つとしてノカルジア感染があった可能性も考えられますが、現段階では断定できません。
死の直前まで手が入れられた『キリストの変容』
『キリストの変容』は、1520年4月6日の聖金曜日にラファエロが亡くなった時点で、まだ制作が続いていました。上段には光に包まれたキリスト、下段には混乱する人々が描かれ、晩年の作品らしい強い明暗と動きがあります。ラファエロの遺体が安置されたボルゴの自邸では、この絵が棺台の頭上に掲げられたと伝えられています。仕上げには弟子のジュリオ・ロマーノらも関わり、やがてラファエロ最後の大作として知られるようになりました。

パンテオンの墓と1833年の開棺
ラファエロは自らの希望でローマのパンテオンに葬られ、この場所に迎えられた最初の著名な芸術家となりました。1833年9月、埋葬の正確な位置を確かめるため「岩の聖母」像の祭壇の下で発掘が行われ、地表から一メートル半ほどの深さで木製の棺と、そのなかにほぼ完全な姿の骨格が見つかります。遺骨はグレゴリウス16世が贈った1世紀のローマ製石棺に移され、あらためて葬られました。このとき取られた頭蓋の型や各地へ渡った断片が、のちの分析の対象になっています。
墓碑に刻まれているのは、友人であった人文主義者ピエトロ・ベンボの手になる二行です。ラファエロが生きているあいだ、自然は彼に凌がれることを恐れ、彼が世を去るときには自らも死ぬことを恐れた——短い一節に、同時代の受けとめ方がそのまま残されています。
まとめ
ラファエロの死因は、いまも一つの病名には絞れません。ヴァザーリの逸話、2020年の肺炎説、2026年のノカルジア感染説は、それぞれ根拠の種類が違います。現時点では、どれか一つを「確定した死因」として扱うのは早いでしょう。はっきりしているのは、37歳で亡くなる直前までローマで大きな仕事を抱え、制作を続けていたことです。
生涯全体はラファエロとは、ヴァチカンでの活動は『アテナイの学堂』とはもあわせてご覧ください。
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