ルノワール『二人の姉妹(テラスにて)』とは|色彩・モデル・シャトゥーの見どころを解説

ルノワールが1881年に描いた《二人の姉妹(テラスにて)》は、赤い帽子、深い青の服、春の緑、セーヌ川の青、前景の色鮮やかな毛糸を一枚に重ねた、色彩の強さが際立つ作品です。題名から実在の姉妹を描いた家族肖像に見えますが、二人は本当の姉妹ではありません。若い女性は当時18歳のジャンヌ・ダルローで、手前の少女の身元は特定されていません。

さらに、シカゴ美術館のX線・赤外線・顕微鏡調査からは、女性の顔や帽子、腕、腰、少女の顔、背景の人物まで制作途中に何度も変更されたことが分かっています。完成画だけを見ると自然に決まった構図に見えますが、実際にはかなりの描き直しを経て成立した作品です。

舞台は、同時期の《舟遊びをする人々の昼食》と同じく、パリ西郊シャトゥーのメゾン・フルネーズ周辺です。ルノワールの生涯全体は「ルノワールとは」、画風の変化は「ルノワールの画風と特徴」で詳しく解説しています。

『二人の姉妹(テラスにて)』 ピエール=オーギュスト・ルノワール 1881年 油彩・キャンバス 100.4×80.9cm シカゴ美術館所蔵
『二人の姉妹(テラスにて)』 ピエール=オーギュスト・ルノワール 1881年 油彩・キャンバス 100.4×80.9cm シカゴ美術館所蔵

『二人の姉妹(テラスにて)』とは

《二人の姉妹(テラスにて)》は1881年、油彩・キャンバス、100.4×80.9cm。現在はアメリカのシカゴ美術館に所蔵され、作品番号は1933.455です。画面右下には青い絵具で「Renoir. 81.」と署名と制作年が記されています。

英語では Two Sisters (On the Terrace)、フランス語では《Les deux soeurs》として知られます。若い女性をほぼ等身大に近い大きさで前景へ置き、その手前に少女、背景に木々、セーヌ川、舟、対岸を配置しています。人物画でありながら、風景と色彩が同じくらい大きな役割を持つ作品です。

1881年は《舟遊びをする人々の昼食》を仕上げ、同年秋からイタリアへ向かう重要な転換期でした。この作品には、1870年代の印象派で磨いた明るい色彩と、後に強まる人物の形への関心の両方が見えます。

舞台はシャトゥーのメゾン・フルネーズ

作品が描かれたのは、パリの西に位置するシャトゥーです。セーヌ川の島にあったメゾン・フルネーズは、レストラン、宿泊、舟遊びの拠点として人気を集め、19世紀後半のパリ市民が休日を過ごす代表的な行楽地でした。

鉄道の発達によって、都市生活者は休日に郊外へ出かけ、食事、舟遊び、水辺の散策を楽しむようになります。印象派の画家たちは、こうした近代社会の新しい余暇を積極的に描きました。

『シャトゥーの漕ぎ手たち』 ピエール=オーギュスト・ルノワール 1879年 油彩・キャンバス 81.2×100.2cm ナショナル・ギャラリー・オブ・アート(ワシントン)所蔵
『シャトゥーの漕ぎ手たち』 ピエール=オーギュスト・ルノワール 1879年 油彩・キャンバス 81.2×100.2cm ナショナル・ギャラリー・オブ・アート(ワシントン)所蔵

1879年の《シャトゥーの漕ぎ手たち》でも、ルノワールは人物とセーヌ川、舟、対岸の風景を同じ画面に組み合わせています。《二人の姉妹》は突然生まれた一作ではなく、数年にわたって続いたシャトゥーでの制作の中に位置づけられます。

二人は本当に姉妹なのか

結論から言えば、二人は実際の姉妹ではありません。「二人の姉妹」という題名は画商ポール・デュラン=リュエルによって付けられ、1882年の第7回印象派展では《Les deux soeurs》として紹介されました。シカゴ美術館の研究は、手前の少女が若い女性の妹ではないことを明記しています。

中央の若い女性は、ウジェニー・マリー・ダルロー、通称ジャンヌ・ダルロー(Eugénie Marie Darlaud, known as Jeanne Darlaud)。当時18歳で、舞台女優を志していた女性です。少女の身元は現在も確定していません。

したがって、この作品を「実在する仲の良い姉妹の肖像」と説明するのは正確ではありません。二人のモデルを使い、見る側が「姉妹」のような関係を想像できるよう構成した人物画として見る必要があります。

「へ~」「そうなんだ!」朝の1分、ちょっと朝活

Q1. モネはなぜ同じ景色を何枚も描いたの?
Q2. ゴッホの『ひまわり』は何枚あるの?
Q3. 印象派という名前は誰が付けたの?

この3問の答えは、登録後すぐにメールで届きます。

登録無料・毎週火曜朝7:30ごろ・いつでも配信停止できます。

赤い帽子と青い服が画面を支える

最初に目を引くのは、ジャンヌ・ダルローの大きな赤い帽子です。その下に深い青の服が広がり、背景の緑と強く対比します。赤、青、緑という三つの大きな色面だけで、画面の骨格がほぼ成立しています。

赤い帽子だけが孤立しないのは、同じ赤系統の色が頬、少女の装飾、前景の毛糸、花、背景の一部へ繰り返されているためです。シカゴ美術館の顔料分析では、赤色レーキが人物の肌、女性の帽子、花、左下の毛糸、背景の一部に広く使われていることが確認されています。

つまり、見た目に「赤が画面を往復している」という印象は、感覚的な説明だけではありません。同じ系統の顔料が実際に複数の場所へ使われ、人物と前景、背景を結びつけています。

花かごに見えるものは「毛糸の籠」

画面左下には、赤、青、黄、白などの色が密集した籠があります。一見すると花かごのように見えますが、シカゴ美術館の技術研究では、ここは色とりどりの毛糸を入れた籠として扱われています。

毛糸は単なる小道具ではありません。画面下部へ強い色を集め、女性の赤い帽子や青い服と呼応し、縦長の構図を安定させます。人物二人は籠を見ておらず、何かを編んでいる場面が描かれているわけでもありません。物語を説明する道具というより、色彩と構図のための重要な要素です。

顔料分析でも、毛糸の一部に帽子や人物の肌と同じ赤色レーキが使われています。ルノワールが色を人物だけに閉じず、画面全体へ循環させていることが分かります。

背景のセーヌ川は「場所」を説明する

人物の背後には、木々の間からセーヌ川がのぞき、画面上部には舟や漕ぎ手、対岸の風景が描かれています。背景は単なる装飾ではなく、二人がシャトゥーという具体的な余暇空間にいることを伝えます。

人物の顔や服に比べ、木の葉、水面、遠景は輪郭が弱く、短い筆触で描かれています。近い人物は比較的明確に、遠い風景は色の斑点へほどくことで奥行きが生まれます。

この「人物はしっかり、背景は速く」という差は、ルノワールが人物を得意としただけでなく、人物を風景の光の中に置くための方法でもあります。少女の白い服にも青や赤が入り、二人が背景と同じ光を受けているように見えます。

メゾン・フルネーズを何年も描き続けた

ルノワールは《二人の姉妹》以前からメゾン・フルネーズ周辺を繰り返し描いていました。1875年の《フルネーズのレストランでの昼食(漕ぎ手たちの昼食)》では、すでにセーヌ川沿いの店でくつろぐ人々を主題にしています。

『フルネーズのレストランでの昼食(漕ぎ手たちの昼食)』 ピエール=オーギュスト・ルノワール 1875年 油彩・キャンバス 55×65.9cm シカゴ美術館所蔵
『フルネーズのレストランでの昼食(漕ぎ手たちの昼食)』 ピエール=オーギュスト・ルノワール 1875年 油彩・キャンバス 55×65.9cm シカゴ美術館所蔵

シカゴ美術館の研究では、《二人の姉妹》は1875年から続いたメゾン・フルネーズ周辺での制作を締めくくる作品の一つと位置づけられています。レストラン、舟遊び、セーヌ川、都市から来た若者たちという主題を数年間描き続け、1880〜1881年の《舟遊びをする人々の昼食》と《二人の姉妹》で大きな成果へ結びつきました。

『舟遊びをする人々の昼食』との関係

《二人の姉妹》と最も重要な比較対象が、ほぼ同時期の《舟遊びをする人々の昼食》です。どちらもメゾン・フルネーズ周辺を舞台とし、セーヌ川で余暇を楽しむ都市生活者を描いています。

『舟遊びをする人々の昼食』 ピエール=オーギュスト・ルノワール 1880–1881年 油彩・キャンバス 130.2×175.6cm フィリップス・コレクション所蔵
『舟遊びをする人々の昼食』 ピエール=オーギュスト・ルノワール 1880–1881年 油彩・キャンバス 130.2×175.6cm フィリップス・コレクション所蔵

ただし、構成は大きく違います。《舟遊びをする人々の昼食》は大人数の視線、会話、食器、果物、建築、川景を複雑に組み合わせています。一方、《二人の姉妹》は人物を二人へ絞り、赤、青、緑、白という色彩の対比を前面に出します。

同じ場所を描いても、一方は社交の密度、一方は人物と色彩の集中へ向かいます。ルノワールが戸外の風景をそのまま記録するのではなく、作品ごとに構成を大きく変えていたことがよく分かります。

X線で分かった「描き直し」

《二人の姉妹》は、一度の筆で自然に完成した作品ではありません。シカゴ美術館のX線、赤外線、透過光による調査では、制作中の複数の変更が確認されています。

若い女性の頭部と帽子は形が変えられ、右腕はより身体へ近づけられました。顔は一度大きく塗りつぶされ、最終的な目の位置より上に旧い目の痕跡が残っています。腰の位置も変更されています。

少女の顔では、頬や額の肌色を一度拭き取り、その上から薄い絵具を重ねたことが分かっています。背景もかなり手を入れられ、当初はより密だった葉や蔓が、現在見える軽やかな形へ整理されました。

赤外線画像では、左上に現在は見えない小さな二人の人物も確認されています。ルノワールは最終的にそれらを塗りつぶしました。人物を減らしたことで、背景が静まり、前景の二人へ視線が集中する現在の構図になったと考えられます。

印象派らしいのに、人物は意外と作り込まれている

表面だけを見ると、《二人の姉妹》は明るい色を素早く置いた印象派らしい絵に見えます。しかし技術調査が示すのは、ルノワールが顔、腕、腰、背景の人物、葉の密度まで細かく修正していたことです。

この点は《舟遊びをする人々の昼食》にも共通します。完成画の自然さは、必ずしも即興の結果ではありません。人物の配置や色のバランスを何度も調整した結果として、「偶然そこに居合わせたような自然さ」が作られています。

1880年代のルノワールがこの後、素描と構図をさらに重視する方向へ進むことを考えると、《二人の姉妹》は印象派の成熟と次の時代への入口が重なる作品でもあります。

シカゴ美術館に入るまで

作品は1881年7月、画商ポール・デュラン=リュエルがルノワール本人から購入しました。当時の在庫記録では《Femme sur une terrasse au bord de la Seine(セーヌ河畔のテラスの女性)》と記録されており、現在定着した「二人の姉妹」という題名とは異なります。

その後デュラン=リュエルを通じてアメリカへ渡り、シカゴの収集家アニー・スワン・コバーンの旧蔵を経て、1933年にシカゴ美術館の所蔵となりました。題名の変化まで含めると、作品は制作後の流通と展示の中で「姉妹の絵」というイメージを獲得していったことが分かります。

見るときの4つのポイント

1.赤い帽子から画面全体の赤を探す

帽子、頬、花、毛糸、背景へ赤が繰り返されます。一点を見るのではなく、同じ色がどこへ移動しているかを追うと構図が見えてきます。

2.毛糸の籠を見る

「花かご」と思っていた部分を毛糸として見ると、前景の色彩が人物の服と呼応していることが分かります。

3.背景の舟を見る

人物だけを見ず、上部の舟や対岸まで視線を移すと、この絵がシャトゥーの余暇文化を描いた作品であることが明確になります。

4.顔の自然さを技術調査と重ねる

女性と少女の顔は自然に描かれているように見えますが、どちらも制作中に大きく修正されています。「自然に見えること」と「一度で描かれたこと」は別だと分かる好例です。

まとめ|『二人の姉妹』は色彩と構成の両方を見る作品

《二人の姉妹(テラスにて)》は、実在の姉妹を記念した肖像ではありません。ジャンヌ・ダルローと身元不詳の少女を使い、シャトゥーのテラス、セーヌ川、舟遊び、赤い帽子、青い服、毛糸の籠を組み合わせて作られた人物画です。

さらにX線と赤外線は、人物の顔や身体、背景まで何度も描き直されたことを示しています。印象派らしい明るさだけでなく、色彩を画面全体へ循環させる方法と、完成形へ向けて構図を練り直すルノワールの制作姿勢を同時に見られる一作です。

関連記事

登録無料 毎週火曜 朝7:30ごろ 3つのQ&A

福福堂編集部の無料メールマガジン

朝の1分で、美術の「へ~」を3つ。

美術に詳しくなくても楽しめる3つのアートQ&Aを、毎週火曜朝7:30ごろ無料でお届けします。

・モネはなぜ同じ景色を何枚も描いたの?

・ゴッホの『ひまわり』は何枚あるの?

・印象派という名前は誰が付けたの?

この3問の答えは、登録後すぐにメールで届きます。

登録に必要なのはメールアドレスだけです。配信停止はメール末尾のリンクからいつでも行えます。

書画家・伊藤一樹

東京都・埼玉県限定 2026年12月15日までの開催分

講演歴17年以上・全国500回以上。 伊藤一樹の講演会を、講演料無料で。

中学校・高校・教育委員会から企業研修まで。心の不調を乗り越えた書画家・伊藤一樹が、実体験をもとに「あなただからこそできることがある」を語ります。

  • 講演時間25~70分
  • 約5分の書画ライブ可
  • 会場・日時未定でも相談可
講演料
0円

福福堂が講演料を負担します。主催者様は、岐阜県恵那市から会場までの交通費実費のみご負担ください。

お問い合わせ・詳細・申込はこちら

学校行事・企業研修・安全大会・健康・人権・福祉研修などにご相談いただけます。

タイトルとURLをコピーしました