歌川国芳と猫|江戸の猫好き絵師が描いた、かわいいだけではない猫の浮世絵

歌川国芳といえば、豪快な武者絵や奇想の浮世絵で知られる江戸後期の絵師です。けれども、現代の猫好きにとって国芳は、もう一つ別の顔を持っています。それが「猫の絵師」としての国芳です。

国芳の猫は、ただかわいいだけではありません。人間のように夕涼みをし、着物を着て芸をし、東海道の宿場名を洒落で演じ、ひらがなの文字になり、怪談の中では化け猫にもなります。猫のしぐさをよく見ているからこそ、どれほど大胆に擬人化しても、画面の中の猫はきちんと猫らしいのです。

猫を描いた美術全体の流れを知りたい方は、先に猫の絵画とはをご覧ください。本記事では、その中でも江戸の浮世絵における猫表現を代表する存在として、歌川国芳の猫を作品別に見ていきます。

歌川国芳はなぜ「猫の絵師」として愛されるのか

『名誉右に敵なし 左甚五郎』 歌川国芳 1847-1850年 木版画 三枚続 Library of Congress 猫を含む三枚続の浮世絵
『名誉右に敵なし 左甚五郎』 歌川国芳 1847-1850年 木版画 三枚続 Library of Congress 猫を含む三枚続の浮世絵

歌川国芳は、寛政9年(1797)に江戸で生まれ、初代歌川豊国の門に学んだ浮世絵師です。若いころは思うように売れませんでしたが、中国の物語『水滸伝』に取材した武者絵で人気を得て、「武者絵の国芳」と呼ばれるほどの存在になりました。

しかし国芳の魅力は、武者絵だけにありません。役者絵、美人画、風景画、戯画、子ども向けの絵、怪談ものまで幅広く手がけました。その中で、猫は国芳の個性がとくにはっきり出た題材です。猫を人間のように描く、猫を文字にする、猫を役者に見立てる、猫をお守りのように使う。国芳は、猫を「かわいい動物」としてだけでなく、江戸の洒落や物語を動かす主役として扱いました。

国芳の猫が今も愛される理由は、観察と遊びが両立しているからです。耳の向き、背中の丸まり方、足先の踏ん張り、獲物を見つめる目、しっぽの動き。そうした猫らしい細部を押さえたうえで、猫に着物を着せたり、文字を作らせたりします。だから国芳の猫は、奇抜な絵なのに、猫好きの目にも不自然に見えません。

江戸の猫は、ペットであり、鼠よけであり、物語の主役でもあった

江戸の猫は、現代のような愛玩動物であると同時に、暮らしの中で実用的な役割も持っていました。家や店の鼠を追う存在であり、長屋や商家の生活に近い動物でもありました。猫は身近で、役に立ち、気まぐれで、時には不思議な力を持つものとして見られていたのです。

浮世絵の中の猫も、その多面性をよく映しています。美人のそばにいる猫、子どもと遊ぶ猫、鼠を見張る猫、踊る猫、文字を作る猫、化け猫。猫は生活の脇役であると同時に、江戸の出版文化が好んだ「遊べる主題」でもありました。猫が登場する浮世絵全体を見たい場合は、猫が登場する浮世絵10選もあわせて読むと、国芳以外の猫表現との違いが見えてきます。

国芳がすぐれているのは、猫を人間化しても、猫の身体感覚を失わないところです。着物を着た猫でも、顔つきや手足の置き方には猫らしさが残ります。人間の真似をしているのに、完全には人間になりきらない。その少しずれた可笑しさが、国芳の猫を何度見ても飽きないものにしています。

『猫のすゞみ』──猫の好物で埋め尽くされた、江戸の夕涼み

『猫のすゞみ』 歌川国芳 江戸時代・19世紀 団扇絵判 錦絵 東京国立博物館 出典:ColBase 夕涼みをする猫たちを描いた浮世絵
『猫のすゞみ』 歌川国芳 江戸時代・19世紀 団扇絵判 錦絵 東京国立博物館 出典:ColBase 夕涼みをする猫たちを描いた浮世絵

『猫のすゞみ』は、国芳の猫好きと江戸の風俗感覚がよく表れた団扇絵です。舞台は両国橋のあたり。夕涼みを楽しむ人々の姿を、国芳は猫に置き換えています。芸者、客、船頭のような人物たちが猫になり、江戸の夏の風景がユーモラスに再構成されています。

この作品の面白さは、猫に関係する細部が画面のあちこちに仕込まれていることです。舟を迎える芸者猫の着物には鮑や鰻、船頭猫には蛸、腰の手ぬぐいには「又たび」の文字、客の猫には「猫に小判」。さらに題名の「猫のすゞみ」は鰹節で囲まれています。人間の夕涼みの絵に見えて、実は隅々まで猫の世界になっているのです。

鑑賞するときは、まず猫たちの表情を見てください。次に着物の柄や持ち物、背景の橋や水辺へ視線を移すと、江戸の風俗画としての楽しさが出てきます。最後にもう一度、猫の顔に戻ると、人間の遊びを猫が演じているおかしみが強く感じられます。国芳は猫を描きながら、江戸の都市生活そのものを猫の姿で描いているのです。

『鼠よけの猫』──家に貼る絵としての猫

『鼠よけの猫』 歌川国芳 江戸時代・19世紀 浮世絵版画 東京国立博物館 出典:ColBase 鼠を見つめる猫を描いた浮世絵
『鼠よけの猫』 歌川国芳 江戸時代・19世紀 浮世絵版画 東京国立博物館 出典:ColBase 鼠を見つめる猫を描いた浮世絵

『鼠よけの猫』は、国芳の猫作品の中でも、猫の実用的な役割をよく伝える一枚です。画面には、首に鈴をつけた猫が描かれています。座っているだけの穏やかな猫ではなく、何かを見つけたように上を注視し、すぐに動き出せる緊張感を持っています。

この絵の面白さは、猫の絵が単なる鑑賞物ではなく、鼠よけのお守りのように扱われていた点にあります。現代の感覚では「猫のポスターを貼る」と聞くとインテリアを想像しますが、江戸の人々にとっては、猫の絵を家に貼ること自体が、鼠を遠ざける願いを込めた行為でもありました。

国芳はそこで、猫を過度にかわいく描きません。目、耳、足先、身体の向きに、鼠を察知する動物としての集中が出ています。かわいい猫ではなく、働く猫、家を守る猫です。現代の猫好きにとっても、この「猫が本気で何かを見ている」感じは、よくわかるはずです。

『猫飼好五十三疋』──東海道五十三次を猫で遊ぶ

『猫飼好五十三疋』 歌川国芳 1850年 木版画 東海道五十三次を猫で表した浮世絵
『猫飼好五十三疋』 歌川国芳 1850年 木版画 東海道五十三次を猫で表した浮世絵

国芳の猫作品で最も有名なものの一つが、『猫飼好五十三疋』です。東海道五十三次の宿場名を、猫の姿や猫に関係する言葉遊びで表した作品で、画面いっぱいに猫が並びます。これは単に「猫をたくさん描いた絵」ではありません。江戸の読者が地名、洒落、判じ物を読み解きながら楽しむ、知的な遊びの浮世絵です。

たとえば、宿場名をそのまま描くのではなく、音や意味をずらし、猫の仕草や道具に変換して見せます。日本橋は鰹節、品川は白顔、戸塚はハツカネズミ、といった具合に、地名と猫の世界が語呂合わせでつながります。国芳は猫のかわいさだけでなく、江戸の出版文化が持っていた「読む絵」「解く絵」の楽しさを利用しています。

この作品は、猫の絵画をインテリアとして楽しみたい人にも向いています。遠目には賑やかな図案として見え、近づくと一匹ずつ違う表情や仕草を発見できます。リビングや廊下に飾ったとき、見るたびに新しい猫を見つけるような楽しさが生まれます。

『猫の當字』──猫がひらがなになる、国芳の文字遊び

『猫の當字』 歌川国芳 1841〜1843年頃 木版画 猫がひらがなを形づくる浮世絵
『猫の當字』 歌川国芳 1841〜1843年頃 木版画 猫がひらがなを形づくる浮世絵

国芳の猫表現を語るうえで欠かせないのが、猫を組み合わせて文字を作る『猫の當字』です。猫が丸まり、伸び、背中を曲げ、しっぽを流し、複数の猫でひらがなの形を作ります。現代でいえば、動物の形を使ったタイポグラフィやロゴデザインに近い発想です。

ここで重要なのは、国芳が猫を単なる部品として扱っていないことです。文字を作るために猫の形を利用しているのに、一匹一匹の猫はちゃんと猫らしく見えます。眠そうな顔、踏ん張る足、身体の曲がり方、しっぽの流れ。文字として読めることと、猫としてかわいいことが同時に成立しています。

猫は柔らかく、丸くなり、伸び、曲がります。その身体の特性が、文字を作る題材として非常に向いていました。猫の可動域をよく知っているからこそ、国芳は猫を文字にしても不自然に見せないのです。江戸の洒落の文化と、猫の身体への観察が結びついた、国芳らしい作品です。

『當流猫乃六毛撰』──六歌仙を猫に置き換える洒落

『當流猫乃六毛撰』 歌川国芳 江戸時代・19世紀 団扇絵判 錦絵 東京国立博物館 出典:ColBase  猫を六歌仙風に見立てた浮世絵
『當流猫乃六毛撰』 歌川国芳 江戸時代・19世紀 団扇絵判 錦絵 東京国立博物館 出典:ColBase 猫を六歌仙風に見立てた浮世絵

『當流猫乃六毛撰』は、六歌仙をもじったような題名を持つ団扇絵です。ここでも国芳は、猫を単なる動物ではなく、江戸の文化を遊ぶための登場人物として扱っています。猫たちは人間のように振る舞いながらも、顔や身体の癖には猫らしさが残っています。

題名の「六毛撰」は、六歌仙を連想させながら、猫の毛色や猫らしさへずらした洒落と見られます。国芳の面白さは、こうした古典的な枠組みを、江戸の庶民的な笑いへ引き寄せるところにあります。高雅な歌仙の世界が、猫の世界に置き換えられることで、親しみやすく、少しおかしな絵になります。

『猫のすゞみ』が江戸の夕涼みを猫化した作品なら、『當流猫乃六毛撰』は古典や見立ての世界を猫化した作品です。どちらにも共通するのは、国芳が猫を通じて、江戸の人々が共有していた知識や笑いを画面に変えていることです。

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『金魚づくし・百ものがたり』──金魚の世界に忍び寄る猫

『金魚づくし・百ものがたり』 歌川国芳 江戸時代・19世紀 中判 錦絵 東京国立博物館 出典:ColBase   金魚鉢をのぞく猫と逃げる金魚
『金魚づくし・百ものがたり』 歌川国芳 江戸時代・19世紀 中判 錦絵 東京国立博物館 出典:ColBase 金魚鉢をのぞく猫と逃げる金魚

国芳の『金魚づくし』は、金魚を擬人化した人気シリーズです。その中の『金魚づくし・百ものがたり』では、金魚鉢を鋭い目でのぞき込む猫と、驚いて逃げまどう金魚たちが描かれています。主役は金魚ですが、画面の緊張を作っているのは猫です。

この作品を見ると、国芳にとって猫が「かわいい存在」であるだけでなく、場面を一気に動かす存在だったことがわかります。猫が画面に入るだけで、金魚たちの世界は安全な遊び場ではなくなります。静かな器の中に、突然外の世界の危険が差し込むのです。

国芳は、猫の視線をとてもよく使います。『鼠よけの猫』では獲物を見上げる目が緊張を生み、『金魚づくし・百ものがたり』では金魚鉢をのぞく目が恐怖を生みます。猫の顔を描くだけで、画面の空気を変えられる。それが国芳の観察力です。

化け猫と怪談──かわいい猫だけではない国芳

『昔ばなしの戯 猫又をへて古寺に怪をなす図』 歌川国芳 1850年頃 木版画・二枚続 メトロポリタン美術館所蔵 巨大な猫の怪異を描いた浮世絵
『昔ばなしの戯 猫又をへて古寺に怪をなす図』 歌川国芳 1850年頃 木版画・二枚続 メトロポリタン美術館所蔵 巨大な猫の怪異を描いた浮世絵

国芳の猫は、かわいらしいだけではありません。化け猫、怪猫、怪談の主役としても描かれます。『岡崎の猫石の怪』のような作品を見ると、猫が江戸の人々にとって、親しみやすい動物であると同時に、どこか不気味な存在でもあったことがわかります。

猫は家の中に入り、人間のそばで暮らします。しかし、夜に動き、目が光り、気配を消し、突然飛びかかることもあります。こうした性質は、怪談や芝居の題材になりやすいものでした。国芳はその不思議さを、芝居の迫力や浮世絵の構成力と結びつけています。

化け猫ものでは、猫そのものの姿だけでなく、猫が人間の世界を乱す存在として描かれます。かわいい飼い猫と、恐ろしい怪猫。その両方が同じ文化の中にあるから、国芳の猫は奥行きを持ちます。猫好きにとっても、猫の魅力は従順さだけではありません。人間の思い通りにならないところ、どこか人間を見透かしているようなところも、猫らしさの一部です。

歌麿の猫と国芳の猫は、どこが違うのか

猫を描いた浮世絵師としては、喜多川歌麿も重要です。歌麿の猫は、美人画の中で女性のそばにいることが多く、しなやかな身体や親密な空気を引き立てます。女性の手元、着物、室内の気配とともに猫が描かれ、猫は生活の中の優雅な存在として現れます。

一方、国芳の猫はもっと舞台の前面に出ます。猫が主役になり、猫が人間の役を演じ、猫が文字を作り、猫が物語を動かします。歌麿の猫が「人間のそばにいる猫」だとすれば、国芳の猫は「人間の世界を猫が乗っ取った絵」と言えます。

この違いを意識すると、猫の浮世絵鑑賞はかなり楽しくなります。しっとりした室内の猫を見たいなら喜多川歌麿と猫、猫の擬人化や洒落を楽しみたいなら国芳。どちらも猫をよく見ていますが、猫に与えた役割がまったく違うのです。

猫の日本画や世界の猫絵画と比べて見える、国芳の個性

国芳の猫は、線と発想の絵です。木版画らしい明快な輪郭、画面を埋める密度、洒落や物語の仕掛けによって、見る人を絵の中へ引き込みます。静かに眺める絵というより、見つける、読む、笑う、驚く絵です。

一方、近代以降の猫の日本画とはでは、猫の毛並み、姿勢、気配、余白の美しさがより強く意識されることがあります。西洋美術の猫では、家庭、子ども、女性、静物、室内装飾の一部として猫が描かれることも多く、国芳とはまた別の魅力があります。海外の猫絵画と比べたい方は、世界の猫の名画20選も参考になります。

その中で国芳の猫が特別なのは、猫を「絵の主題」にするだけでなく、「絵を動かす仕組み」にしている点です。猫がいなければ成り立たない洒落、猫でなければ面白くない文字、猫だからこそ成立する怪談。国芳の猫は、装飾ではなく、作品の構造そのものに関わっています。

インテリアとして楽しむ国芳の猫

国芳の猫浮世絵は、現代の住空間にもよく合います。特に『猫飼好五十三疋』や『猫の當字』のような作品は、遠目にはリズムのある図案として見え、近くで見ると猫の表情や洒落を楽しめます。リビング、玄関、書斎、猫と暮らす部屋などに置くと、会話のきっかけになる作品です。

一方で、化け猫ものや怪談ものは、かわいい猫絵とは違う強さがあります。落ち着いた和室や書斎、少し癖のある空間に置くと、国芳らしい奇想の魅力が生きます。猫の絵を選ぶときは、「かわいい猫が欲しい」のか、「江戸の洒落を楽しみたい」のか、「少し怪しい雰囲気まで含めて飾りたい」のかで、選ぶ作品が変わります。

国芳の猫は、猫好きのための絵でありながら、デザインとしても、物語としても、美術史としても楽しめます。だからこそ、猫の絵画を入口に浮世絵へ入る読者にとって、国芳は非常に良い案内役になります。

まとめ|国芳の猫は、江戸の猫好き文化を最も楽しく見せる浮世絵である

歌川国芳の猫は、かわいいだけの猫ではありません。鼠よけとして家を守る猫、夕涼みをする猫、東海道を洒落で歩く猫、文字になる猫、役者のように振る舞う猫、怪談の中で人をおびやかす猫。国芳は、猫という身近な動物を使って、江戸の都市生活、出版文化、歌舞伎、言葉遊び、怪談まで描きました。

その根底には、猫の姿をよく見ている観察眼があります。猫の身体の柔らかさ、視線の鋭さ、しっぽの動き、丸まる姿、急に動き出しそうな緊張感。国芳の猫は人間のように振る舞っても、どこかで必ず猫のままです。そこが、現代の猫好きにも伝わる大きな魅力です。

猫の絵画をもっと広く見たい方は、猫を描いた浮世絵、日本画、西洋絵画、現代のインテリアまで整理した猫の絵画とはへ戻ってご覧ください。国芳の猫を入口にすると、猫が美術の中でどれほど豊かな役割を担ってきたかが、よりはっきり見えてきます。

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