日本画家・溝口まりあさんインタビュー「120歳まで生きて、絵を描き続けたい!」

2024年12月31日からさいたま市の伊勢丹浦和店で個展を開催する日本画家の溝口まりあさんに、アートコンサルタントの亘理隆がインタビューしました。それではさっそくインタビューをお楽しみください!

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日本画家・溝口まりあさんインタビュー「120歳まで生きて、絵を描き続けたい!」

「今回の個展は、新春の福を招くような展示会にしたい」

──今年の年末12月31日から新年にかけて、さいたま市の伊勢丹浦和店で個展を開催します。浦和店では今年10月に、長谷川理奈さん、鳥本裕美さんとの3人展もありました。

「10月の展示では、今年旅をしたトルコをはじめ様々なモチーフの作品を展示しましたが、今回は『新春・福招き』というタイトルにしました。年末から新春にかけての会期なので、福を招くことを願った作品を制作します。縁起のいい招き猫や、干支の作品を多く出品する予定です。
今、6点くらい同時に描いています。新作と手持ちの作品を合わせて、約40点を持っていく予定です。たくさんの猫たちの絵を連れて行きます。私は普段はシュッとしたかっこいい猫を描いているのですが、今回は新春の福を招く猫ということで、より福を感じてもらえるように、ふっくらとした体型で、そして力強く魔を祓うようなイメージで描きました。」

溝口まりあ「福まねき」日本画 F6号

──今まで溝口さんが描いてきた猫たちとは違う猫ですね。

「福招きという作品の猫の視線ですが、過去を向く視線ではなく、未来を向く視線で描いています。目の向いている方向が未来を示しており、良い未来を招くという意味が込められています。」

──絵のモデルは、現在一緒に生活している猫の雷電くんや金時くんになりますか。

「雷電くん、金時くん、先代猫のリューくんのイメージを混ぜた感じで描いています。楽しそうにしている猫たちですが、少しでも邪気が来たら見逃さないという隙のない猫をイメージしています。」

上:リューくん(元祖ひねくれ猫)
下左:雷電くん 下右:金時くん
個性豊かなそれぞれの猫たちが、溝口さんの作品づくりに刺激を与えている。

「干支のヘビをどう描くか、悩みました」

──先ほど干支の話がでましたが、来年は巳年です。ヘビも描くということですか?

「はい。今は猫を中心に描いていますが、猫以外の動物を描くのもとても好きなのです。猫を描く前は、人物画や風景画、花や魚など色々な作品を描いていました。爬虫類は特にすごく好きなんです。私自身が大好きなヘビは、縁起の良い生き物ですが、一般の家に飾るとなるとなかなか難しいテーマです。私の絵柄で、家に飾って福を招くヘビとはどんなものかと、今年の初めからずっと模索をしていました。今回やっと完成した姿をお見せできると思います。」

──どんなヘビが出てくるのか楽しみですね。取材もされていますか。

「ヘビも、怖い感じではなく、福を招く生き物ということを考えています。取材は、もともと動物園が大好きなので、(上野動物園内にある)両生爬虫類館とか、爬虫類の展示コーナーに行ってヘビを見たりしています。」

――猫だけでなく広く動物好きということでしたが、猫の雷電くんと金時くんの他にも、一緒に生活している動物はいるのですか?

「リリーちゃんという、もうおばあちゃんのシーズー犬がいます。とても賢いので、猫たちとの争いは避ける良い距離感で過ごしています。猫たちが走り回り始めると、リリーちゃんはこのままだと巻き込まれると感じ、ささっと場所を移動します。でも、夜は猫たちと一緒に丸くなって、隣同士で寝たりすることもあるので、仲はかなりよいですね。」

猫の絵が多い溝口さんだが、犬など他の動物や生き物すべて好き。犬のリリーちゃんも大事な家族の一員。

──犬の絵を描いたことはありますか?

「はい、昔描いたことはあります。ただ、猫が中心になってきたのはいつ頃からでしょうか。大学1年生の頃から、小さなターニングポイントになったときの絵がいつも猫でした。美術コンペティションに入選したり、画家として生きていく道が見つかったきっかけも猫の作品でした。今まで様々なものを描いてきましたが、猫に集中し、猫をテーマに作品の制作をしていこうと決めて、今は猫を中心に描いています。でも生き物全般が大好きなので、猫以外の作品も描こうと思った時には描きます。」

──画家デビューの過程で、三菱商事アート・ゲート・プログラムに採用された時も猫の絵でしたね。その後、日展、日春展(日展日本画部春季展)という団体公募展にも猫の絵で入選しましたが、団体展に所属していない理由はありますか。

「そこは全然考えていなかったです。画家として生きるという目標を持った時、美術団体に所属することを考えたことがなくて。最近先輩が所属団体の審査員をやる立場になり、そういう生き方もあるのだとちょっと新鮮に思っています。でも、本当に皆さんに支えていただいたおかげで、今の画家としての活動があります。」

伊藤若冲の群鶏図を見た感動は、原点

伊藤若冲 <動植綵絵>のうち「群鶏図」
明和2年(1765年)以前 収蔵:皇居三の丸尚蔵館 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/
世に数ある絵の中で、この1枚が溝口さんの人生の方向を決定づけた。

──過去の個展では、猫だけではなく八咫烏や鶏、梟の絵も展示されていたのを思い出しました。鶏に関しては、以前のインタビューで伊藤若冲の作品を見て感動したという話がありました。

「高校二年生の時に、伊藤若冲の『群鶏図』を見たら本当に感動して、もう涙が止まらなくて、ああ、私もこういう作品を描きたいと思ったのがきっかけになって日本画の道に進みました。今、私が表現している絵柄は全然違いますが、伊藤若冲のように、生き物たちの迫力、息吹、エネルギーを感じる、あんな作品を描きたいなと思っていて、そのスピリッツは継いでいるのではないかなと思っています。」

──なるほど、若冲のそこのところに惹かれたのですね。

「はい。描かれたものがリアルなところもすごく好きですが、それ以上に対象への愛情やリスペクトをすごく感じます。若冲は、その生き物、その対象の迫力を一番引き出す構図をどうすればよいか自分で組み替えて描いていると思います。また、一見するとリアルに描いているようですが、実はデフォルメも入っているので、そこは私も影響されていると思います。」

──その後、若冲の作品を見に行くことは?

「2006年に東京国立博物館で開催された『プライスコレクション 若冲と江戸絵画』展をよく覚えていますし、それ以外でも、若冲の絵が出品されている展覧会にはよく足を運んで見に行っています。」

──本格的に画家としての活動を始めてから若冲と再会して、若冲に対する見方が変わった点はありますか。

「見るたびに感動します。この感動は永遠の感動なのだと、見るたびに思います。いつ見ても対象が生きている、生命力に溢れている作品だと強く感じます。私も見るたびに新鮮に感じるような、生き生きとした作品を作りたいです。」

「北斎と向き合って、あらためて120歳まで絵を描き続けようと思った!」

──最近、北斎オマージュの作品を描かれましたが、どういうきっかけでしたか。

「今年(2024年)の3月に、北斎のオマージュ作品を展示するので参加してみないかと連絡をもらいました。今までオマージュ作品は一切描いたことがなかったので、現代の私が、北斎への最大のリスペクトを込めた作品を描くにはどういう風に描けばよいのか考えました。まず、すみだ北斎美術館に取材に行き、実際に作品を見て、北斎に関する書籍をたくさん買って、生涯とその作風の変化を調べました。また、当時の浮世絵版画は、彫師、摺師など優れた職人による分業ですが、この集団が、今の時代であればどのように版画を表現するのか。彼らは当時、海外から入ってきたばかりのベロ藍という青色の顔料を使い始めています。版画と日本画の違いこそあれ、当時最先端のブルーであるベロ藍を使ったのなら、現代の最先端のブルーであるインミンブルー※を使ってみようかと。伝統的な分野に最先端の画材を取り入れることに挑む、ということもリスペクトの一つのカタチかと思います。」

※インミンブル― オレゴン州立大学のサイエンスチームが電気系の利用のため新しい原料の研究をしていた際、偶然発見された人工的な青色系顔料。

溝口まりあ「快晴」日本画 F4号
葛飾北斎の『凱風快晴』は赤富士として有名だが、同じ版を使った藍摺版がある。青にこだわりのある溝口さんは、青富士を選んだ。富士山の背景は、ベロ藍をたらし込みの技法で重ねることでグラデーションを作り、富士山には鮮やかなインミンブル―を使って描いている。あえてシワを作る揉み紙を使うことで、和紙の質感が生かされたニュアンスに富んだ絵肌に仕上がっている。

──北斎の傑作である「富嶽三十六景」が描かれたのは、かなり晩年になってから…

「そうです。70歳を過ぎてから。波の表現を見ても、歳とともに、どんどん形が変わっています。北斎が『神奈川沖浪裏』の、鉤爪状で対象に襲いかかるような波の表現方法に辿り着くまでのことを思うと、私がその部分だけ拝借することはリスペクトになるのか悩みました。でも尊敬を込めて、全力で取り組みました。初めてのジャンルだったので、大いに学びになりました。画家として、アーティストとしてまたすごく成長できたと実感しています。」

──北斎には、他に「北斎漫画」や妖怪を描いたシリーズとか色々ありますが、その中で、今回は「富嶽三十六景」から選びました。

「『富嶽三十六景』からは、「神奈川沖浪裏」と「凱風快晴」の青摺り版の2点、あと肉筆画「富士越龍」図の、3点へのオマージュ作品を描きました。」

──その3点が一番刺さるものがあったわけですね。

はい。「富士越龍」図は、現物がなく見たのはレプリカですが、レプリカであったにもかかわらず、もう頭から離れなくなりました。北斎が生涯最後に描いた作品と言われていますが、龍が富士山の上を必死に昇る姿、もう全ての爪を開いて天を昇っていく姿を見て、北斎は、生きていたらまだこれからどんどんどんどん作品を変えて昇っていたのだろうなと強く感じました。」

──北斎の生き様に感じたということですね。北斎自ら「画狂老人卍」の落款を使っていた時代もあるので、本当に絵が好きで好きでしょうがなくて描き続けたという。

「そう、もっともっと描きたかったのだろうなという感じがあります。私は、今年11月25日で32歳になりましたが、120歳まで生きて描いていくつもりです。生涯全力で絵を描いていきたいなと気持ちを新たにしました。」

──ちょっと待ってください。なぜ120歳なのですか。

「伊藤若冲の『群鶏図』に出会って日本画家になるという人生の目標ができました。私自身が感じた“魂が震えるほどの感動する作品”をどうやったら描けるのか?自分自身に課した大きな課題に自問自答していた20 歳の頃『そうだ、長生きしよう!あと100年生きて絵を描き続けよう!100年頑張ったら、いつか“後世に感動を伝える作品”が出来るかもしれない。』と、思いました。天寿を全うするその日まで絵を描き続けたいと願っています。……実は、毎年『あと100年頑張るぞ!』と誓っていますので、寿命が伸びているかもしれません(笑)」

──103歳まで生きた片岡球子も、105歳まで生きた小倉遊亀の年齢も越えて生きるということになります。

「女子美術大学の先輩でもあった堀文子先生も100歳まで生きました。山梨県の韮崎大村美術館で堀文子先生の展示会を見たことがあります。外国を旅して、その旅で学んだことや取材した内容を基にして作品を描いていくスタイルにとても憧れました。私が、トルコとかウズベキスタンとかタイとか旅をして学んだものを作品にしたいと思ったのは、堀文子先生が、きっかけです。生涯画家として生きてきた女子美の先輩としてすごく尊敬しています。」

感動の砂金を集めて、それを作品にする

──旅の話が出ましたが、溝口さんは今年トルコへ旅しました。なぜ、トルコに行きたかったのですか。

「トルコは、幼い頃からずっと行きたかった国です。(トルコの)カッパドキアは、長い時間をかけて自然の力で削り出された岩山と、その岩山をくり抜いて暮らしていた人間のアートがあり、自然と人間が共存してきました。テレビで旅番組やシルクロードの番組を昔からよく見ていたので、それで憧れたのかもしれません。ずっと見に行きたいなと思っていました。」

──ニューヨーク、パリ、イタリアなどではなく、あるいはアメリカのグランドキャニオンとかナイアガラとか、そういうところではなくてトルコだったのですね。

「グランドキャニオンには大学4年生のときに行ったのですが、その渓谷があまりにも深すぎて、なにか実感がありませんでした。ただ、グランドキャニオンを夜に散策したとき、明るくて夜中なのに空が曇っているように感じて、違和感を覚えました。よく見たら、全て星だったのです。天の川全体の大きな姿を人生で初めて見て、強く心を動かされました。日本に帰ってから、グランドキャニオンの絵はほとんど描かずに、天の川の絵を描きました。谷とか岩山を描くのかなと思ってグランドキャニオン行ったのですが、結局今も天の川を描きます。純粋に感動して心に刻まれたものが、絵になります。ウズベキスタンに行ったときに見た、バターが溶けるような金色の満月も、今でも描くモチーフです。」

火山の噴火で堆積した岩が長い年月をかけて浸食されてできた奇岩で有名な世界文化遺産カッパドキア。溝口さんは、洞窟ホテルに泊まり、早朝、気球に乗って幻想的で雄大なパノラマを楽しんだ。この感動は、今後の作品にどのようなカタチで表現されるのだろうか。

──幼いときから憧れていたトルコを、ついに今年訪れることになりました。

「カッパドキアに実際に行って、この世界にいるということが本当に夢見心地でした。ここにいるのだという実感が湧きませんでした。あとから写真を見て、改めてやっぱりそこに行ったのだと確信しました。現地に行って、現地のものを食べて、現地の人と少し話もしたりしてスケッチをする。たった数日間でしたが、これが一生自分の作品になって溶けだしていくというか、作品の中に生きていくというか、自分の世界がまたとても広がったと思いました。」 
                            
──取材に行ったときの制作スタイルを教えてください。帰国後、写真やスケッチで思い出して、最終的に自分のイメージの中で作品が作られる感じですか?

「現地でスケッチや取材をして、資料も集めます。博物館があったら博物館に行き、現地の歴史を見て回ります。最終的には、自分が感動したその感動をどう形にするか、もう1回再構成をすると絵のカタチが見えてきます。」

──現地で吸収したものをすべて日本に持ち帰る。それをもう一度反芻して熟成してきたものが、次第にカタチになってくるという感じですか。

「熟成した後、ある意味なにか砂金採りみたいな感じです。感動の砂金を集めていって、集まった砂金を作品にするような。」

──なるほど、絵にエッセンスが詰まっているということですね。

「実際の風景とは全然違ったりもしますが、でも自分の中に残った感動を集めて作品にすると、そのカタチになります。」

──それは今のところ猫との組み合わせで描かれることが多いのですか。

「私の猫は世界を自由に旅する猫のイメージで描いています。海外がテーマの作品であれば、世界を旅する猫を主人公にして作品を描きます。」

──そうすると描かれた猫には、自己投影の部分もありますか?

「それもあるかもしれないですし、旅をする相棒でもありますし、作品を見ている本人でもあるし、その現地にいる猫でもあるという。そこに存在していることで、世界を見せてくれる、旅の案内人みたいなイメージですね。」

──多面的な要素を持っている?主観的であり、客観的でもあり、日本にもいて、海外にもいて、今にも過去にも未来にもいるみたいなそういう存在ってことですか。

「見ている人の目の代わりになってくれたりもする、どこにでも登場する不思議な存在です。」

溝口まりあ「夜がやってくる」-カッパドキア- 
日本画 F6号 
カッパドキアにインスパイアされて、トルコ旅行後、最初に描いた作品。岩山は、太陽に染められた自然の色を再現する一方、山の中腹に散らばっている四角い金箔は、かつて岩山を掘って住んでいた人の暮らしの気配を象徴的に表している。溝口さんとしてはめずらしいオレンジ色の猫は、これから夜を連れてくる自然の化身をイメージしている。

イメージが逃げないうちに、とらえる

──旅が溝口さんにとって、アイデアを得るうえですごく重要なものだということはわかったのですが、他にはどうやってアイデアを得ていますか?

「色々なパターンがありますが、私は感情をテーマに作品を描いているので、感情に関する文章を書き、その一節を取りだしてどのようにしたら作品にできるかを考えたり、タイトルから作品を考えたりするときもあります。あと眠っている時にインスピレーションを得ることがあります。ぱっと絵に描きたいと思う時があるので、部屋は真っ暗なのですが、枕元に置いてあるノートに急いで書き出します。夢で見たものは、文字にするときもありますし、構図にするときもあります。言葉だけ浮かぶ時もあれば、色だけという時もあります。その場で書かないと淡雪のように溶けてなくなってしまうので。
夢はしっかりとは覚えていませんが、よく見ます。ただ、作品制作にあたって重要な夢を見ることがあるので、どれくらいその夢から現実に連れて帰ってこられるかは、結構勝負になります。
制作している途中にこういう絵も描きたいというイメージがふっと湧くこともあります。そういう時、学生時代は次の作品を描くことは全然考えず、今描いている作品に全部込めてしまおうとして、ごちゃごちゃとした作品になることがありました。けれども、ある時イメージを別の絵で描けばいいのだということに気づきました。どうしても描きたくなったら、並行してその場で描き始めることもあります。

──イメージが逃げないうちに、手をつけて仕上げていくということですか。

「そうです。並行して、今は大体5~6作品を一緒に描いています。もっと増えてしまう時がありますが、増え過ぎると一緒に描くことができなくなってしまうので、その時はちょっと待っててねということで、そのイメージを紙に描いてパネルに貼っておきます。
だからずっと大忙しです。アイデアが尽きたことはないです。全然まだカタチにできていない、描きたいものがあり過ぎて。死ぬまでに全部書けるかな、多分もっと増えてしまうだろうなと。」

──120年じゃ足りないかもしれないですね。

「ですから、どうにか長生きしたいですね。」

展示会前の心構え、会期中の心がけ、会期後のご褒美

──展示会間近ですが、会期前とか会期中のこだわりにはどんなことがありますか?

「まず、そこの会場の主役になる猫の作品を連れて行くように心がけて描いています。
あとは、展示会が終わったら大好きなプリンを食べに行こうとか考えたりします。展示会中は展示会に集中するために、お酒も断ちます。健康にはとにかく気を使って、なるべく長く眠れるように時間を確保します。展示会前はひきこもって描きがちなので、いきなり展示会に在廊するために1週間ぐらい外出すると、一気に体を壊してしまいます。ですから、展示会前にこそ、少し運動して体をほぐすことを意識しています。最近はピラティスに行ったり、あとは制作の合間にちょっと散歩をしに外に出て、頭と体をほぐしてまた制作します。やっぱり健康ですね。健康には気を使っています。」

溝口まりあ 「美しきひととき」日本画 F4号
大好物のプリンを目の前に嬉しそうなのは、猫ではなく、作家の気持ち??

──展示会前は2日徹夜したとか、3日徹夜したという作家もいますが…

「私の作品は自然光で一番美しく見えるようにこだわって描いているので、日が出ている時間だけ作品を描くように決めています。昔は間に合わないから夜の間に描き上げなければならず、徹夜をすることもありました。朝、自然光で見たら全然違う色になってしまって、だったら描かなければよかったという、そういう後悔も何度かありました。やはり健康的な時間で描いた方がいい作品になると私は思い、規則正しい生活を続けるように心がけています。

──展示会中の昼食も、家から持ってきた弁当ですね。

「はい。弁当を食べています。毎日母が作ってくれるので、本当にありがたいです。もう母のご飯が何よりも大好きなので。家のご飯は本当に美味しくて。外食にもまったく行く気にならないぐらい美味しいです。」

──それは、ぜひ一度食べに行きたいです(笑) 展示会の時に来ている服も、個性的ですね。

「服も作品のテーマに沿ったイメージの衣装を心がけています。作家も作品の世界観の一部だと考えています。作品の猫たちを説明するのに、それに一番ふさわしいスタイルにしたいという思いがあります。おばあちゃんの形見の服を着ていることが、よくあります。流行の服ではなく、昔の色々な時代の服を組み合わせて着たりしています。
 着物のように見える洋服なのですが、リメイクもせずそのままです。すごくおしゃれだったおばあちゃんで、また身長がほとんど私と同じだったので、全くお直しをせずに着ています。おばあちゃん応援してくれているなと思い、気合いが入ります。お母さんのお弁当、おばあちゃんの服、元気な猫たち。家族みんなに支えられています。」

おしゃれだったおばあちゃんの洋服は、溝口さんのサイズにぴったり。展示会のイメージも考えながら選んでいる

会場で作品とお客さまの架け橋になりたい

──展示会期間中、溝口さんは大体朝から晩まで、ほとんど毎日、会場に来てお客さまと話をしています。画家として、自分の絵についてお客さまに直接語るということに関してはどのように考えていますか。

「作品とお客さまを繋ぐ架け橋になるというか、この猫たちの(絵の)一番いいところを、お客さまにお話することが、作品に対して私が最後の最後にしてあげられることです。
もちろん全部は語り尽くせませんし、絵を見た方が自由に考え、想像して物語を考えてくださることはいいと思うのですが、そのきっかけになることを話せたらいいなと思っています。私の話したことだけが事実というわけではなくて、見た人のうちに生まれたものが真実だと思います。その絵に興味を持つきっかけや、その猫たちとの架け橋になることを願って、お話をさせてもらっています。
あと、普段は引きこもって全然人と話をしていません。展示会中は、色々な人と作品の話をたくさんできるので、すごく楽しいです。」

──作品は、見ればわかるからあまり説明はいらないという人もいますが…

「それもいいと思います。いずれは私がいなくても、その猫の絵を見たお客様がその作品をいいと思って連れて帰っていただけるのが、一番いいとは思います。でも、私はまだまだ知名度がないので私が手伝わなければいけないと思っています。
でもやっぱり会場で話すことは楽しいです。お客さまと猫トークをさせていただくことが多いです。あとお客さまと話をしているときに、作品のイメージがピンと湧いたりするときがあり、その全部が作品制作に繋がっています。」

──自分の絵はどれもすごく気に入っていると聞いていますが、そのことについてはどういう風に考えていますか。

「もう超大好きです。他の絵が悪いということではなく、自分の絵は本当に素晴らしいなと描いているときも、描かれている猫たちを褒めながら描いているのです。世界一かっこいいよ、かわいいねって、褒めながら絵を描いています。私は昔から自分の描く絵が大好きです。
だから、大好きな絵に対して長生きしてもらいたいなと思って描いています。」

──溝口さんは、いつも千年後に残る絵にしたいと言っています。当然画材にもこだわっているわけですね。

「そうです。絵に長生きしてもらいたい。画材は基本、変色しないものを使って描くようにしています。和紙や素材も色々なものを試し、常に新しい表現をするために、研究もずっと続けるようにしています。
そして人と長く共存してもらいたいなと思っています。伊藤若冲の群鶏図を見たときのような感動を、私も後世に残せたらいいなと思っています。あの作品に感動したその気持ちを込めて描きたい。」

溝口さんが使っている、日本画の絵具と筆を、今回特別に見せていただいた。微妙な違いのある、どの色を使うか、どんな筆を使うかで、絵はまったく違う表情を見せる。

──自分が大好きな絵が、お客さまの所へ行ったとき、お客さまとはどんな関わり方をしてもらえることを願っていますか。

「そうですね。私の猫たちはみんな視線がちょっと独特で、人と目が合わないようになっています。それは猫自身が敵対する意思がないということを伝えているのです。その家のペットとか、絵としてというよりも、家の中で共存する存在というイメージで作品を描いています。
あと、黒猫を描いていますが、黒猫は魔を祓う猫と言われています。日本では餡子(あんこ)猫と呼ばれ、幸運を招く猫として昔から大切にされてきました。その猫たちには、その家を幸せにするためにちゃんと仕事をするのだよという気持ちで送り出しています。」

──家を守る猫ですね。

「お客さまから、この子(絵)がうちの守り神だよと家に飾ったら、すごく守られている感じがするというお礼のお手紙をいただくことがあります。何人かのお客さまからそうしたお手紙をいただいているので、ちゃんと私の猫たちは仕事をしているのだなと思っています。」

絵の中の猫も、気ままに動いてしまう

──その感じだと、今まで絵を描く仕事が苦しいとかはなさそうですが、スランプもありませんでしたか。

「次から次へ描きたいとずっと思っているので、スランプとかはあまりないと思います。
ただ、苦労することがあります。たらし込みという技法で猫を描いてから背景を描いています。水に濡れた和紙に墨を置いていく方法で、紙に滲む墨のカタチを利用して猫を描きます。墨の滲みの広がりがどうなるかある程度の予測はできますが、猫のカタチをした墨が途中で勝手に動き出して、最初とはまったく違う構図になったりします。猫がすっと立っているだけかと思っていたら、気づかないうちに手が出てきたてしまったりするのです。そうすると、構想していた背景もやり直しということになります。」

──絵の中の、猫の気まぐれに合わせて描かなければならないということですか。

「ふつう日本画では、小下図、大下図を描いて本紙に書き写して、骨描きをして、絵具で彩色して描くという流れです。私の場合は、イメージ図を描いてから、すぐに本紙に軽く下書きをして、墨を垂らして描いていきます。
以前は、一般的な日本画の工程を丁寧に経て描いていたのですが、その間に、もう猫は逃げていってしまうのです。猫は飽きっぽいので、ずっとそばにいてくれないのです。すごく感覚的な話ですが、最初に猫を描いて、その猫がそこにいる間に背景を仕上げて描き終わらなければいけないというイメージです。」

溝口まりあ 「伏竜」日本画 F4号
たらし込みは、俵屋宗達が好んで使った技法であり、その後琳派の作家たちも使っている。墨が和紙の上で広がり、滲んでいく味わいを感じて欲しい作品。

──猫はすべて、たらし込みの技法で描いているのですか。

「猫の姿は、すべて、たらし込みで描いています。最後に輪郭線をギュッと強く描いて、締めて終わらせますが、それまでは自由に墨が紙の上で伸びていって、猫が自由なポーズをするイメージです。ですから完全に思い通りに描けることはまずないのですが、そこがまた面白いところです。」

自分の作品への愛情が大切

──今、自分が画家として一番大切にしていることは何ですか。あるいは大切だと思っていることは。

「そうですね。一番大切にしていることはやはり自分の作品に対する愛情ですかね。本当にもう愛情を込めて作品を制作しています。作品を連れて行っていただいたお宅でも、家族を愛して、守り神になるような作品にしたいなと願って描いています。」

──今後どういう活動をしていきたいですか。

「私の作品を必要としている人が、多分世の中にたくさんいると思うので、その人たちに作品を届けたいです。そのためにはやはり、海外で作品を展示できたらいいですね。
あと、堀文子さんのように、もっと色々な世界を見て、作品にしていきたいと思っています。来年も行きたいと思っている国があります。作品にすぐに反映できるかわかりませんが、どんどんどんどん新しい作品が生まれてくるので楽しみにしてほしいです。」

──今のところ、自分の表現の代弁者としては猫がいいのですか。

「そうですね。猫を介して感情をテーマに作品を描いているのですが、その感情をテーマに、色とか模様をモチーフにした作品とか、抽象的な作品も描きたいなと今ちょっと思っているところです。イメージは色々あります。そうした作品を発表していき、作品の幅をちょっと広げることも考えています。抽象というよりもあくまでも自分の感情表現としての、そういう色の作品。一般的にいう抽象とは全然違うと思います。『無題』のような感じではなくて、もう少し具体的な作品を描きたいです。」

──溝口さんの絵が、120歳に向かってどのように変わっていくか楽しみです。本日はありがとうございました。

(聞き手・文/アートコンサルタント・亘理隆)

溝口まりあ プロフィール

溝口まりあ
Mizoguchi Maria
日本画家

溝口まりあのモチーフの多くは猫であり、現在は主に「愛すべきひねくれ猫シリーズ」を描いています。自らも猫たちと共に暮らし猫の生態を知悉している溝口は、人間からはひねくれていると思われがちな猫たちに、自分に素直で誇り高く生きる姿を見出します。一見、デフォルメされて同じように見えるその姿や表情は、入念な構想とスケッチに支えられており、様々な感情の揺らぎが猫の姿に仮託されて表現されているために多彩です。溝口は、愛すべきひねくれ猫たちの絵を通じて、自分の信念を曲げないでまっすぐ進んでいく覚悟を持っている人を応援できるような作品を制作したいと語ります。そのためか、猫を愛する人たちの枠を超えて、ファンは広がっており、Instagramのフォロワー数は1,400以上となっています。
高校2年生の時、伊藤若冲「群鶏図」に出会ったことがきっかけで日本画に出会った溝口は、大学・大学院時代から現在に至るまで、後の世に伝えることができる絵を描くために日本画の画材、技法を研究し研鑽しています。岩絵の具、墨、金箔、金泥によって描かれた猫たちは、長くお客さまに愛される作品となっています。

作品解説 溝口まりあ「福まねき」

溝口まりあ「福まねき」日本画 F6号

 紅白に彩られた姿態と愛嬌のある表情で、前脚をあげて招く格好をした猫の置物は、顧客や財宝を招く縁起から好まれている。   
 さて、溝口まりあのこの絵を見て、どんな印象を持つだろうか。鮮やかで同時に深みのある青、金箔で表現されている円を背景に、凛とした姿を見せる黒い猫が描かれているこの絵の題名は「福まねき」とある。およそ、一般的な招き猫の姿とはかけ離れている。人に媚びる様子は微塵もなく、眼光鋭いこの猫を見て、怒っているのかという人もいる。しかし、愛猫家たちは、これが機嫌が悪くない時の猫のふだんの表情ですと言う。
 家にいて、福をまねく猫は、この仕事に誇りを持っている。前脚で福を招く一方、家に邪が入りこむ隙がないように目を配る。そのお口の髭も、眉髭もそれぞれ、左右合わせて八本の末広がり。背景の青に金箔で表現された円は、溝口に忘れがたい感動を与えた、サマルカンドの空に金色に大きく輝いていた中秋の名月を想起させる。しかし、この使命感溢れる黒猫の姿を改めて見ると、金色の円は光背のように見えてくる。世界が人災・天災で何かと不穏な昨今、まず邪をよせつけず、平穏無事な毎日が過ごせますようにとこの猫さまにお祈りしたくなる。

(解説/アートコンサルタント・亘理隆)

溝口まりあ 展覧会情報

溝口まりあ日本画展「新春・福まねき」
伊勢丹浦和店 6F 美術サロン〈入場無料〉
2024年12月31日(火)~1月7日(火)

※12月31日  10時~17時
※1月1日  〈店舗休業日〉
※1月2日    10時~18時
※1月3日~6日 10時~19時
※1月7日    10時~17時
(年末年始の営業時間にお気をつけくださいませ)

 新年を迎えるにふさわしい縁起の良い「招き猫」や、「巳年」にちなんだ作品など、ご家族でお楽しみいただける展覧会です。伝統的な日本画の技法で描かれた作品およそ40点を展示いたします。「新春・福まねき」展にぜひお越しください。

記念イベント
令和7年にちなみ、作品ご購入の先着7名様に「溝口まりあオリジナル色紙」をプレゼントいたします。

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