2025年1月15日から伊勢丹立川店で2人展を開催する日本画家の中上佳子さんに、ライターのイチノセイモコがインタビューしました。それではさっそくインタビューをお楽しみください!
日本画家・中上佳子さんにインタビュー「自然や生き物たちの世界を物語として描きたい」
東京の中で息づく小さな自然
――中上さんは生まれ育ちが東京だとお聞きしました。今も都内にお住まいですが、描かれる作品は都会とは縁遠い、のどかな自然が舞台となっていますね。本日はその不思議についてお聞かせいただきたいです。よろしくお願いいたします。
どうぞよろしくお願いいたします。
現在、私が住んでいるところはビルが多く立ち並んでいますが、小さい頃は、庭のある、昔ながらの家がまだ多く残っていました。私の実家にも庭があり、曽祖父が植えた桜や躑躅(ツツジ)などが季節の訪れに合わせて花を咲かせ、蕗(フキ)やムラサキハナナ、蒲公英(タンポポ)のような草花もたくさん生えていました。
――実家の庭には、さまざまな植物があったのですね。
幼い頃はその庭でよく遊びました。木の下に入り込んで探検ごっこをしたり、秘密基地に見立てたり。当時は野良ネコが多く、縁の下に住みついて、いつのまにか仔ネコが増えていたこともありましたよ。
庭にはネコだけでなく、スズメやムクドリもやって来ましたね。他にもカエル、カタツムリ、ヤモリなどが家に住みついていました。大自然ではなかったのですが、そういった、のどかな自然との交流が私の日常に存在していたんです。
――そんな中、絵と出会ったのはいつ頃だったのでしょうか。
幼稚園くらいの頃から祖父母の家の和室で、広告用紙の裏にひたすら絵を描くのが日課でしたね。ひとりっ子だったので、一日の大半は絵を描いて過ごしていました。
――その時はどのような絵を描いていたのですか?
空想の物語を考えて、そこに登場するキャラクターも描いていました。中学生の頃はノートの隅っこに、小さくて細かいイラストをよく描いていましたよ。
自然や生き物を題材にして日本画を描くようになったのは、大学生になってからですね。幼い頃に親しんだ庭の自然と、空想の世界が自然と融合していったのかもしれません。
大学院では、画材から日本画の奥深さを知る
――中上さんは中学校から大学まで女子美(女子美術大学付属中学・高校・大学)に所属し、その後、東京藝術大学の大学院へ進学されたのですよね。
中学から大学までの10年間、女子美に通いました。大学で日本画を専攻した理由は、様々な日本画の作品を見て、岩絵具の質感と表現の美しさに惹かれたからです。
大学では「やってみたい」と思った表現を実験したり、追求したり、いろいろな表現方法を試しました。先生方はあたたかく、とても豊かで充実した学校生活でした。その後、就職したのですが、「古典技法の知識や日本画の材料について、さらに深く学びたい」という気持ちを抑えきれず、大学院に進学しました。大学院で学んだことは数多くあり、現在の制作にも繋げることができています。
――大学院で学んだ技術は、どのように活かされているのでしょうか?
大学院では古典絵画の模写や、装こう(そうこう)について勉強しました。その中で古典から伝わる技法や、多様な道具の扱い方を学ぶことができました。大学院での経験を通して「日本画材の美しさを、作品の中で最大限に活かせるようになりたい」という思いが芽生えたので、制作に活かせるよう、日々、努力しています。
自然や生き物たちの世界を物語のように
――日本画材を使って描かれる中上さんの作品には、どこか「物語」のような世界を感じます。それはどうしてなのか、教えていただけますか?
「私が好きな風景の中に、どこからともなく動物や虫たちといった登場人物がやってきて、自由に遊んでいる。その様子を物語のように、一枚の絵で表現することが出来たら素敵だな」と思いながら制作しています。私の作品を見る方が、絵の中に物語を感じたときに穏やかな気持ちになれる、そんな世界観のある絵を描きたいです。
時代の流れとともに、今はどこも庭がほとんど無くなってしまい、とても残念に思います。私が植物や生き物を題材にするのは、やはり幼少期にあった、庭での思い出が原点になっているからでしょうね。
今ではスケッチをする時、昭和記念公園、代々木公園、新宿御苑、向島百花園など、自然豊かな場所によく行きます。今ではそういった場所に行かなければ、豊かな自然を感じることが難しいです。そういう意味でも幼い頃、四季の移ろいを肌身に感じさせてくれた実家の庭は、とても貴重な存在だったと心の底から感じますね。スケッチする時だけでなく、その他の瞬間にも、植物や生き物の姿を見かけると愛おしさを感じますし、元気をもらえるんですよ。
――ありがとうございます。これからも中上さんの作品を楽しみにしています。
(聞き手・文/イチノセイモコ)
中上佳子さんのプロフィール
中上佳子 Yoshiko Nakagami
都心では珍しい昔ながらの家屋で育った中上佳子は、木々や昆虫、花々に囲まれて成長しました。庭に遊びに来る野良猫や野鳥、身近な野草は、幼いころからの絵の題材であり、現在の画家としての活動にも影響を与えています。中上佳子は日々、身の回りに訪れる季節の移ろいや自然の営みを観察し、その感動を日本画作品として表現しています。
中上佳子の技術的背景は、女子美術大学卒業後に東京藝術大学院で文化財保存学を専攻したことに基づいています。伝統的な日本画の技法を応用し、平安時代の料紙装飾をヒントに和紙をコラージュして作品を描くこともあります。
彼女の作品は、絢爛豪華な日本画とは一線を画し、忙しい日常の中で見落とされがちな「都会の何気ない自然」を確かな技術で描写しています。現代の多忙な人々の心を癒す作品として、高いニーズが期待されます。
〈略歴〉
女子美術大学美術学部絵画学科日本画専攻卒業。東京藝術大学大学院文化財保存学専攻保存修復日本画研究領域修了。現在、日本美術院研究会員。
〈主な展示歴〉
2004 女子美奨励賞
2010 第5回前田青邨記念大賞展/入選
2013 第68回春の院展/初入選
2014 第69回春の院展/入選
2015 再興第100回院展/入選
2016 グループ展 伊勢丹浦和店
2017 グループ展 東急たまプラーザ
2018 第73回春の院展/入選
2022 グループ展 西武池袋本店 他多数
作品解説 中上佳子「かくれんぼ」
「かくれんぼ」
中上佳子
日本画、P10号(53×41cm)
タンポポの咲く野原でチョウチョが舞う。その光景を、森の中から遊びにやってきたシマリスが木陰からじっと見つめている。チョウチョを驚かさないように、まるでシマリスはかくれんぼをしているかのように、ひっそりと隠れている。
実際、中上が作品のためのスケッチをした時、そこにシマリスはいなかった。ある時、タンポポが咲き乱れる野原に木漏れ日が降り注いだ瞬間、彼女は、その光景を「美しい」と心に刻んだ。この物語はその記憶を元に、シマリスを登場人物に加えて描かれたのである。
「私は、私の心に残った風景から心温まる物語を生み出したい。なぜなら、植物や生き物たちが自然の中で一生懸命生きている姿に愛おしさを感じたり、励まされたりしているから。」と語る。
中上が大切にする素朴な風景は、今や貴重である。その風景から生まれる優しい動物たちとの物語は、彼女自身の観察によって真実味をともない、観る者の心にそっと寄り添う作品となっている。
(作品解説・福福堂編集部)
中上佳子さんの展覧会情報
午後の美術館 ~中上佳子・加納芳美 2人展~
2025年1月15日(水)~21日(火)
10:00~18:30 [最終日17:00終了]
伊勢丹立川店 8階 アートギャラリー〈入場無料〉
東京在住の日本画家・中上佳子氏と、大阪在住の画家・加納芳美氏による当店初の展覧会です。自然体の2人のアーティストが描く、カラフルで暖かい世界を、食後のひとときのようなリラックスした気持ちでお楽しみいただければ幸いです。
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