額縁は、絵画を飾るための道具であると同時に、絵画の見え方を決定する「もうひとつの美術品」です。金箔を施した豪華な額、建築のように柱や破風を備えた額、ロココの曲線が踊る額、近代画家が自ら設計した簡素な額。額縁はいつも、絵の外側にありながら、絵の意味、格式、空間との関係を作ってきました。
額縁の歴史をたどると、絵画そのものの歴史が違って見えてきます。中世の祭壇画では、額は絵を支える構造であり、聖なる建築でもありました。ルネサンスのイタリアでは、タベルナクル型やエディクラ型の額が、家庭や礼拝堂に置かれる聖母子像を小さな建築空間へ変えました。ヴェネツィアでは、彫刻的で華やかなサンソヴィーノ風額縁が発展し、フランス宮廷では、ルイ14世・ルイ15世・ルイ16世の時代ごとに、額縁が室内装飾と権威の一部になりました。
現代の美術館では、額縁は単に「古い絵に付いている飾り」ではありません。作品が本来どのような空間で見られたのか、どの時代にどのように再額装されたのか、絵と額の組み合わせがどのような鑑賞体験を生むのかが、慎重に考えられています。絵を見るときに額縁まで意識すると、美術館の壁に掛けられた一枚の絵が、建築、宗教、宮廷、コレクション、修復、インテリアの歴史まで連れてくることに気づきます。
| 名称 | 額縁、額、フレーム、picture frame |
|---|---|
| 主な役割 | 作品の保護、支持、展示、視線誘導、格式付け、室内装飾との調和 |
| 主な素材 | 木、金箔、石膏、金属、布、漆、樹脂など |
| 代表的な様式 | タベルナクル額、カッソーネ額、サンソヴィーノ風額、バロック額、ロココ額、新古典主義額、アーティスト額 |
| 重要な地域 | イタリア、フランス、スペイン、オランダ、イギリス、ドイツ語圏、日本 |
| 鑑賞ポイント | 時代、素材、金箔、彫刻、作品との相性、展示空間との関係 |
- 額縁とは何か
- 額縁の起源|祭壇画と建築の一部だった時代
- イタリア・ルネサンスの額縁|絵を小さな建築にする
- タベルナクル額縁とエディクラ額縁
- 金箔と彫刻|なぜ額縁は金色なのか
- ヴェネツィアのサンソヴィーノ風額縁
- バロックの額縁|劇的な絵画を支える黄金の舞台
- フランス宮廷と額縁|ルイ様式の時代
- ロココ額縁|曲線と軽やかさの美
- 新古典主義の額縁|古代への回帰と秩序
- オランダ・イギリス・スペインの額縁
- 19世紀の額縁|サロン、画商、ブルジョワの時代
- 印象派と近代額縁|金色の重さから離れて
- 美術館と額縁|作品は何度も“再額装”される
- 日本の額縁文化|掛軸・屏風・額装
- 額縁を見るときの鑑賞ポイント
- 額縁を選ぶときの基本
- 額縁が絵を変える理由
- よくある質問
- まとめ|額縁は絵画の外側にある美術史である
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額縁とは何か
額縁とは、絵画や版画、写真、書、鏡などを囲み、支え、保護し、展示するための枠です。しかし、美術史の中で額縁は、単なる外枠にとどまりません。額は、作品を壁から切り離し、見る人の視線を画面へ導き、絵の世界と現実の空間の境界を作ります。どのような額に入れるかによって、同じ絵でも、祈りの像にも、宮廷の宝にも、近代的な美術作品にも見えてきます。
額縁の基本的な役割は三つあります。第一に、作品を物理的に守ることです。板絵やキャンバスを支え、角や端を保護し、展示のための安定を与えます。第二に、作品を美しく見せることです。金色の額は画面に光を返し、暗い額は絵を引き締め、簡素な額は作品そのものの表現を前に出します。第三に、作品の身分を示すことです。豪華な額に入れられた絵は、単なる絵ではなく、礼拝、権威、財産、記憶の対象になります。
だからこそ、額縁は「絵の外側」ではありますが、絵とは無関係ではありません。むしろ額縁は、絵画がどのような場所で、どのような人に、どのような目的で見られてきたかを示す重要な手がかりです。額縁の歴史を知ると、美術館で絵を見る時間が少し変わります。画面の中だけでなく、その周囲まで一つの美術として見えてくるからです。
額縁の起源|祭壇画と建築の一部だった時代
額縁の歴史を考えるとき、最初に重要なのは中世の祭壇画です。今日の私たちは、絵画を壁に掛けられた独立した作品として見ることに慣れています。しかし中世ヨーロッパでは、多くの絵画は教会の祭壇、礼拝堂、聖具、建築装飾の一部として作られました。絵と額は、最初から別々のものではなく、一体の構造として考えられていたのです。
祭壇画では、聖母子、キリスト、聖人たちが、金地背景や小さな建築状の枠の中に描かれました。尖塔、柱、アーチ、飾り縁は、単に画面を囲む装飾ではありません。それらは、聖なる世界への入口として働きました。絵の中の聖人は、現実の教会建築と響き合い、信者の祈りを受け止める存在になります。
この時代の額縁は、保護具であると同時に、小さな建築でした。柱や尖塔は、ゴシック教会の建築言語を縮小したものであり、金地は天上の光を思わせます。額縁は、絵の周囲に付け足された飾りではなく、絵が聖なる場所として成立するための構造だったのです。
イタリア・ルネサンスの額縁|絵を小さな建築にする

額縁の本場としてまず見るべきなのは、イタリアです。14世紀から15世紀のイタリアでは、宗教画、家庭用の聖母子像、礼拝堂の板絵に合わせて、タベルナクル型やエディクラ型の額縁が発展しました。これらは、古代建築や教会建築を思わせる柱、台座、アーチ、破風を持ち、絵を小さな建築空間へ変えます。
ルネサンスの額縁が面白いのは、装飾であると同時に、構造でもあったことです。板絵では、木の反りや歪みを抑えるために、額の部材が支持の役割を果たすことがありました。つまり額は、画面を飾る外側の装飾であるだけでなく、絵そのものを支える実用的な骨組みでもありました。美しさと機能が分かれていないところに、初期額縁の重要な特徴があります。
フィレンツェの額縁には、建築的な秩序が強く表れます。柱や古典的な装飾が画面を囲み、聖母子像はまるで小さな礼拝堂の中にいるように見えます。初期ルネサンスの遠近法や建築感覚と同じように、額縁もまた、絵画を秩序ある空間へ置くための装置でした。
タベルナクル額縁とエディクラ額縁

タベルナクル額縁とは、聖龕や小さな祭壇のような形をした額縁です。左右に柱やピラスターがあり、上部にアーチや破風が置かれ、下部には台座のような部分が付きます。聖母子像や聖人像を囲むと、絵は単なる板ではなく、祈りの対象を納める建築になります。
エディクラ額縁も、建築的な要素を持つ額縁です。エディクラとは、小さな神殿や聖堂状の構造を意味します。ルネサンスの画家や職人たちは、古代建築の柱、梁、三角破風、装飾帯を取り入れ、絵画の周囲に小さな古典建築を作りました。これは、古代復興とキリスト教美術が結びついたルネサンスらしい形式です。
こうした額縁を見ると、当時の人々が絵を「壁に掛ける画像」としてだけ見ていなかったことが分かります。絵は、家の中の小さな礼拝空間であり、聖なる存在を迎える場でした。額縁はその場を整え、現実の部屋と聖なる世界の境界を作っていました。額縁は、絵を守るものというより、絵が機能するための空間そのものだったのです。
金箔と彫刻|なぜ額縁は金色なのか
額縁と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは金色の額です。金箔を施した額縁は、教会、宮殿、美術館で強い存在感を放ちます。なぜ額縁はこれほど金色を好んできたのでしょうか。理由は、単に高価に見えるからだけではありません。
金は、光を受けて輝き、絵画の周囲に明るい反射を作ります。ろうそくや窓からの光しかなかった時代、金箔の額は画面を照らし、聖なる輝きや格式を強めました。宗教画では、金は天上の光、神聖さ、不変性を思わせます。宮廷や貴族の肖像画では、金は権威、富、家柄を示します。
また、額縁の金箔は、彫刻と結びつくことでさらに力を持ちます。葉飾り、渦巻き、果実、貝殻、月桂樹、花綱、紋章、王冠、リボン。彫られた装飾に金箔が乗ると、凹凸に光と影が生まれ、額縁そのものが一つの彫刻になります。額縁が「もうひとつの美術品」と呼べる理由は、ここにあります。
ヴェネツィアのサンソヴィーノ風額縁
16世紀のヴェネツィアでは、非常に華やかな額縁が発展しました。その代表が、サンソヴィーノ風額縁です。名前はヴェネツィアで活躍した建築家・彫刻家ヤコポ・サンソヴィーノに由来しますが、サンソヴィーノ本人が額縁を作ったという意味ではありません。彼の時代のヴェネツィア的な彫刻性、建築性、豊かな装飾性を反映した様式として、後にそう呼ばれるようになりました。
サンソヴィーノ風額縁には、渦巻くスクロール、果実、仮面、動物、建築的な破風、深い彫刻装飾が見られます。フィレンツェのタベルナクル額が小さな古典建築のように整った印象を持つのに対し、ヴェネツィアのサンソヴィーノ風額は、より流動的で祝祭的です。水の都ヴェネツィアの光、色彩、劇場性とよく響き合います。
これは、ヴェネツィア派の絵画とも深く関係します。ティツィアーノ、ティントレット、ヴェロネーゼらの豊かな色彩や大画面の劇性に対して、サンソヴィーノ風額縁は、単なる外枠ではなく、絵画の華やかさを現実空間へ広げる彫刻的な舞台になります。額縁は、ヴェネツィア絵画の色彩と祝祭性を受け止める器だったのです。
バロックの額縁|劇的な絵画を支える黄金の舞台


17世紀のバロック美術では、絵画そのものが大きく動き始めます。強い明暗、斜めの構図、感情の高まり、劇的な瞬間。カラヴァッジョ、ルーベンス、レンブラント、ベラスケスらの時代、絵画は静かな窓というより、見る人を巻き込む舞台へ近づきました。額縁もまた、その劇性に応えるように重厚になります。
バロックの額縁には、深い彫刻、厚みのあるモールディング、力強い金箔、渦巻く植物文様が多く見られます。画面の周囲を強く囲み、絵の内側の光と外側の現実空間をつなぎます。額縁は絵を閉じ込めるのではなく、むしろ絵の劇的な力を壁面に広げる役割を担いました。
バロック期の額縁は、教会や宮殿の室内装飾とも一体でした。絵画、額縁、壁、祭壇、彫刻、天井画、燭台が一つの空間を作ります。額縁だけを取り出して見ると豪華すぎるように感じても、本来の室内では、それが建築や光の中で必要な強さを持っていました。額縁は、バロック空間の呼吸の一部だったのです。
フランス宮廷と額縁|ルイ様式の時代

額縁の歴史でフランスを外すことはできません。17世紀から18世紀のフランスでは、王権、宮廷、室内装飾、美術品収集が結びつき、額縁は非常に洗練された装飾芸術になりました。ルイ13世様式、ルイ14世様式、ルイ15世様式、ルイ16世様式という言い方は、家具や室内装飾だけでなく、額縁にも深く関わります。
ルイ14世の時代には、王権の壮大さを示す重厚で対称的な額縁が好まれました。月桂樹、アカンサス、王冠、貝殻、花綱などが、金箔の彫刻として現れます。ヴェルサイユ宮殿を中心とする宮廷文化の中で、額縁は絵画の枠であると同時に、王の権威と室内装飾の統一感を示すものでした。
ルイ15世の時代になると、ロココ的な曲線が強まり、左右非対称の貝殻文様、軽やかな植物装飾、柔らかな曲線が目立ちます。ルイ16世の時代には、新古典主義の影響で、より直線的で整った古典的意匠が戻ります。額縁の変化を見れば、宮廷趣味そのものの変化が分かります。額縁は、フランス装飾芸術の小さな歴史書でもあるのです。
ロココ額縁|曲線と軽やかさの美
ロココの額縁は、バロックの重厚さとは違う魅力を持っています。貝殻、花、渦巻き、葉飾りが、左右に揺れながら広がります。完全な対称性よりも、柔らかな動き、軽さ、親密さが大切にされます。サロンや私的な室内に飾られる絵画に、ロココ額縁はよく合いました。
ロココ美術では、恋愛、音楽、庭園、遊び、優雅な会話が主題になります。ヴァトー、ブーシェ、フラゴナールのような画家たちの絵に、重すぎる額縁を付けると、画面の軽やかさが失われます。ロココの額縁は、曲線と金箔によって華やかでありながら、どこか柔らかく、室内の親密な雰囲気を支えます。
額縁は、作品の時代感を強く左右します。同じ小さな恋愛画でも、直線的で厳格な額に入れれば重く見え、曲線的なロココ額に入れれば、画面の空気がほどけます。額縁は、絵を囲むだけでなく、絵の声の調子を決めるものでもあります。
新古典主義の額縁|古代への回帰と秩序

18世紀後半になると、ロココの曲線的で軽やかな装飾に対して、古代ギリシア・ローマへの関心が再び高まります。これが新古典主義です。額縁にもその変化は表れました。貝殻や自由な曲線よりも、直線、幾何学、月桂樹、ロゼット、卵鏃文、古典的な花綱が好まれるようになります。
新古典主義の額縁は、絵画に秩序と静けさを与えます。ジャック=ルイ・ダヴィッドのような画家の歴史画や肖像画には、ロココ的な揺れる額よりも、引き締まった直線的な額がよく合います。額縁の装飾は控えめになったわけではありませんが、その豪華さは軽やかな遊びではなく、古代的な規律と結びつきます。
この変化は、政治と美術の関係とも無縁ではありません。フランス革命前後の時代、古代ローマの共和政的な徳、公共性、英雄性が重視されました。額縁もまた、そうした美意識の中で、華麗な曲線から厳格な古典的秩序へと向かいました。額縁は、室内装飾の変化だけでなく、時代の価値観の変化も映しています。
オランダ・イギリス・スペインの額縁
額縁の歴史は、イタリアとフランスだけでは語れません。オランダでは、17世紀の市民社会と絵画市場の発展に合わせて、黒や濃い茶の比較的落ち着いた額縁が多く使われました。レンブラントやフェルメールの絵画に見られる深い光と静かな室内には、過度に華やかな金額よりも、落ち着いた色の額がよく響きます。
イギリスでは、肖像画とカントリーハウスの文化が額縁を発展させました。貴族や富裕層の邸宅では、肖像画が家系と財産を示す重要な役割を持ちました。額縁は、その人物がどの家に属し、どの部屋でどのように見られるべきかを決める室内装飾の一部でした。やがてナショナル・ギャラリーやナショナル・ポートレート・ギャラリーのような公共美術館では、額縁が作品の歴史的文脈を支えるものとして扱われるようになります。
スペインでは、宗教画、宮廷肖像画、教会空間が額縁の性格を形作りました。金箔の重厚な額縁は、聖像や王侯肖像に強い格式を与えます。ベラスケス、スルバラン、ムリーリョの作品を思い浮かべると分かるように、スペイン絵画は光と闇、祈り、宮廷の威厳を深く持っています。額縁もまた、その厳粛さを受け止める器として働きました。
19世紀の額縁|サロン、画商、ブルジョワの時代
19世紀になると、額縁の役割はさらに広がります。王侯貴族や教会だけでなく、サロン展、画商、富裕なブルジョワ家庭、美術館が、絵画の見られ方を決めるようになりました。展覧会場の壁には多くの絵が密集して掛けられ、額縁は作品同士を区切り、遠くから目立たせるための重要な装置になります。
この時代には、過去様式の復興も盛んになります。ルネサンス風、バロック風、ロココ風、ルイ様式風など、歴史的な額縁の形式が再解釈され、19世紀の絵画に付けられました。古い巨匠の作品には「それらしく」見える額が求められ、新しい作品にも歴史的な格式を与える額が選ばれました。
一方で、19世紀後半の画家たちは、額縁に対して新しい考え方も持つようになります。印象派やポスト印象派の画家たちは、白い額、簡素な額、画家自身が選んだ額に関心を示しました。絵の周囲を重い金色で飾るのではなく、画面の色彩や光を妨げない額が求められるようになります。額縁は、伝統と近代のせめぎ合いの場にもなったのです。
印象派と近代額縁|金色の重さから離れて
印象派の絵画は、明るい戸外の光、短い筆触、現代生活の一瞬を描きました。こうした絵を、重く暗い古典的な額に入れると、画面の軽さが損なわれることがあります。そのため、19世紀後半から近代にかけて、額縁は少しずつ軽く、簡素に、絵の色彩を邪魔しない方向へ向かっていきます。
もちろん、すべての印象派作品が簡素な額に入っていたわけではありません。美術館や画商、コレクターの好みによって、後から金色の豪華な額に入れられることも多くありました。しかし、モネやピサロ、シスレーの風景画を見るとき、額が強すぎると、空気の揺らぎや淡い色彩が重く見えることがあります。額縁は、絵画の時代感を作るだけでなく、絵の呼吸を左右します。
近代以降、画家自身が額縁にこだわる例も増えました。作品の一部として額を考えたり、白や灰色の額を選んだり、あえて装飾を抑えたりします。額縁は、過去の様式を示す装飾から、画面との関係を考えるデザインへ変わっていきました。これは、抽象画や現代美術の展示にもつながる大きな変化です。
美術館と額縁|作品は何度も“再額装”される

美術館で見る絵画の額縁は、必ずしも制作当初のものとは限りません。作品は長い歴史の中で、所有者を変え、国を越え、宮殿から邸宅へ、邸宅から美術館へ移されます。そのたびに、時代の趣味に合わせて額縁が変えられることがあります。古い作品に19世紀の額が付いていることもあれば、近代に入ってから作品の時代に近い額へ戻されることもあります。
額縁の選択は、美術館にとって重要な判断です。作品本来の時代に合う額を選ぶのか、コレクターが選んだ歴史的な額を残すのか、展示室全体の調和を優先するのか。どれも簡単な問題ではありません。額縁は、作品の一部ではないようでありながら、鑑賞者が作品をどう受け取るかに大きく影響します。
近年、多くの美術館では額縁そのものへの関心が高まっています。額縁専門の修復家、キュレーター、研究者が、材質、彫刻、金箔、来歴、時代様式を調べ、作品にふさわしい見せ方を検討します。額縁は、絵を収める枠ではなく、作品の受容史を語る資料でもあるのです。
日本の額縁文化|掛軸・屏風・額装
日本には、ヨーロッパ型の金色額縁とは別の「絵を囲む文化」があります。掛軸、屏風、襖絵、巻物、色紙、短冊。これらは、作品を紙や絹、表具、裂地、軸先、箱とともに扱う文化です。日本では、絵を額に入れて壁に固定するだけでなく、季節や場に合わせて掛け替え、しまい、また出すという鑑賞が大切にされてきました。
掛軸では、絵や書の周囲に裂地が付き、上下左右の余白が作品の気配を整えます。これはヨーロッパの額縁と役割が違うようでいて、作品と空間の関係を作るという点では共通しています。金色の彫刻額が絵を強く囲むのに対し、掛軸の表具は、絵と床の間、季節、茶席の空気を静かにつなぎます。
明治以降、西洋画が日本に入ると、キャンバスと額縁の文化も広まりました。洋画、日本画、版画、写真、それぞれに合う額装が考えられるようになり、現代では作品の素材や飾る部屋に合わせて、額縁を選ぶ時代になっています。額縁について実用的に知りたい方は、額縁の種類や絵の飾り方の記事も参考になります。
額縁を見るときの鑑賞ポイント
額縁を見るときは、まず作品の時代と額縁の時代が合っているかを意識してください。中世風の宗教画にタベルナクル型の額が付いていれば、絵は小さな礼拝空間のように見えます。バロック絵画に重厚な金箔額が付いていれば、画面の劇的な光と額の彫刻が呼応します。印象派の絵に軽い額が付いていれば、画面の空気が開かれて見えます。
次に、額縁の素材と色を見ます。金箔なのか、黒塗りなのか、木地を見せているのか、白く塗られているのか。額の色は、絵の色を強めたり、抑えたりします。金色は画面に光を返し、黒や濃茶は絵を引き締め、白や淡色の額は近代的で軽い印象を与えます。
最後に、額縁と展示空間の関係を見ます。美術館の壁の色、照明、隣の作品、部屋全体の雰囲気によって、額縁の見え方は変わります。額縁は作品と部屋の仲介役です。絵を見るとき、画面の中だけでなく、額縁、壁、照明まで含めて見ると、美術館の展示がどれほど細かく設計されているかに気づきます。
額縁を選ぶときの基本
自宅で絵を飾るとき、額縁は作品の印象を大きく変えます。まず大切なのは、作品より額縁が目立ちすぎないことです。豪華な額縁は魅力的ですが、小さな水彩画や静かな版画に対して強すぎると、作品の声を消してしまいます。反対に、油彩や重厚な作品には、ある程度厚みや存在感のある額が必要になることもあります。
次に、飾る場所との相性を考えます。クラシックな部屋には金箔額や木製額が合いやすく、現代的な室内にはシンプルな黒、白、木地の額がなじみます。和室や茶室的な空間では、額縁を主張させすぎず、余白や素材感を大切にすると、作品が落ち着いて見えます。額縁は、作品だけでなく、部屋全体の調和を考えて選ぶものです。
さらに、額縁には実用面もあります。作品サイズ、マットの有無、ガラスやアクリルの種類、吊り金具、額縁紐の強度、壁との相性を確認する必要があります。作品を安全に飾るには、見た目だけでなく、構造も大切です。実際の取り付けについては、額縁紐の結び方やピクチャーレールの記事も役立ちます。
額縁が絵を変える理由
額縁は、絵をただ囲むだけではありません。絵の周囲に境界を作り、見る人の意識を画面へ集中させます。額縁がない絵は、壁や部屋とそのままつながって見えます。額縁がある絵は、壁から一段切り離され、一つの世界として立ち上がります。この違いは非常に大きいものです。
たとえば、同じ風景画でも、金色の額に入れれば古典的で格式ある印象になります。黒い額に入れれば、画面は引き締まり、現代的な印象になります。木地の額に入れれば、自然で穏やかな印象になります。額縁は、作品の時代や価値を変えるわけではありませんが、作品の見え方を確実に変えます。
美術館で名画を見るときも、額縁まで見てみてください。額が絵に勝っていないか、絵の色と響き合っているか、作品の時代に近いのか、後世の趣味が反映されているのか。額縁は、画面の外側にある静かな解説者です。絵のことを何も語らないようでいて、実は多くを語っています。
よくある質問
額縁はいつ頃から使われていますか?
現在のような独立した額縁の形は、中世末からルネサンス期のヨーロッパで大きく発展しました。ただし、絵を建築や祭壇の一部として囲む考え方は、それ以前の宗教美術にも見られます。初期の額縁は、装飾であると同時に、板絵を支える構造でもありました。
なぜ古い額縁には金色が多いのですか?
金箔は光を反射し、絵画に格式と輝きを与えるためです。宗教画では聖なる光を、宮廷肖像画では権威や富を表す効果がありました。また、彫刻された装飾に金箔を施すことで、額縁そのものが立体的な美術品になります。
絵と額縁は必ず同じ時代のものですか?
必ずしも同じではありません。絵画は長い歴史の中で所有者や展示場所を変えるため、後世に額縁が付け替えられることがあります。美術館では、作品の時代、来歴、展示意図に合わせて、額縁を残すか、変えるかが検討されます。
額縁は作品の価値に影響しますか?
作品そのものの作者や制作年を変えることはありませんが、見え方、保存状態、展示価値には大きく影響します。歴史的に重要な額縁や、作品と一体で伝わった額縁は、それ自体が美術品として評価されることもあります。
自宅で絵を飾るとき、額縁はどう選べばよいですか?
作品の雰囲気、サイズ、飾る部屋の内装、壁の色を合わせて考えるのが基本です。小さな作品には強すぎない額を、大きな油彩には安定感のある額を選ぶとよいでしょう。取り付ける際は、額縁紐や金具の強度も確認することが大切です。
まとめ|額縁は絵画の外側にある美術史である
額縁は、絵画を保護し、支え、飾るための道具です。しかし、その歴史をたどると、額縁は単なる付属品ではないことが分かります。中世の祭壇画では聖なる建築となり、イタリア・ルネサンスでは絵を小さな古典建築へ変え、ヴェネツィアでは彫刻的な祝祭性をまとい、フランス宮廷では王権と室内装飾の一部になりました。
バロックの額縁は劇的な絵画を支え、ロココの額縁は優雅な曲線で親密な空間を作り、新古典主義の額縁は古代的な秩序を示しました。19世紀にはサロン、画商、ブルジョワ家庭、美術館の中で額縁の役割が変化し、近代以降は画家自身が額縁のあり方を意識するようになります。
額縁を知ることは、絵画の外側にある美術史を知ることです。美術館で作品を見るとき、画面の中だけでなく、その周囲を囲む木、金箔、彫刻、影、壁との関係まで見てみてください。額縁は黙っていますが、作品がどこで生まれ、どのように飾られ、どのように受け継がれてきたのかを静かに語っています。


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