人気腐蝕銅アーティストの小柳優衣さんに、福福堂の編集部がインタビューをしました――それではインタビュー〈後編〉をお楽しみください!
画家 小柳優衣さん インタビュー〈後編〉
翔べなかった蝶が翔んだ
――小柳先生が繰り返し描く題材のひとつに、『翅が3対の蝶』がありますね。あの作品を見るたびにこの作品はどうやって生まれたのだろう、と感じます。
あれは自分の心境を描いたものでもあるんです。
女性として人としてアーティストとして、なりたい自分になれないもどかしさを強く抱いていました。それらが入り混じる中で生まれたのが、6枚翅の蝶です。6枚翅の蝶は美しい翅を持っていますが、多すぎるのが重荷となって飛び立つことができません。他者から求められる自分と、自分がなりたい自分、そして本当の自分との間に乖離があるんです。
私が蝶を絵の中で翔ばせるようになったのは、それからしばらく後のことです。描きはじめて何年も経ってからです。
――そうだったのですね。蝶はなぜ翔べるようになったのでしょうか。
それは私が率直に自分自身を受け入れることができるようになったからだと思います。
2017年の個展で蝶の10点連作の『錆色の森』を発表しました。その連作の中で、翔べない蝶は翅を燃やし尽くします。燃やすというのはフェニックスと同じく不滅性の象徴です。自分の中の古いものさしを捨てて、再度、本質的な部分と向き合うことを描きました。翔べないなら翔べる環境に行けばいいし、翔ぶ必要の無ところに居場所をつくればいいのです。
そう考えると、もどかしいことばかりの自分を受け入れられる気がして、不思議なことに舞い翔ぶ蝶を描きたくなったのです。
――そのように考えが変わったのには、なにかきっかけがあったのでしょうか。
妊娠出産を経たことが大きなきっかけだと思います。産まれてきた命がすでにそれぞれの性質を持ち、それぞれのペースで、それぞれに成長していくのを見守る中で、最も大切なことはそれぞれに生きやすい居場所があることだなと思いました。すると6枚翅の蝶や過去の自分のもがきが、少し愛おしく思えるようになったんです。
いばらの棘と実り
――間もなく2022年12月28日から伊勢丹新宿本店で開催される2人展はユニークですね。『cusp(註 尖った先、二つの曲線の出会う点、一つの星座の終わりと次の星座の始まり)』という名前の付いた展覧会です。
そうなんです。打ち合わせの際、cuspという言葉のイメージからいばらの棘(トゲ)を連想しまして。
いばらの棘は、まわりの木などに寄りかかって若い枝を支える役割を果たしています。でも、しっかりした成木になると支えが不要になって、棘は剥がれ落ちてしまうんです。そうして成長したいばらの木は、たくさんの実りを次世代に託します。なんだか人生の示唆に富んだ生態です。
私の哲学とも似ています。
『営みながら朽ちゆくこと、朽ちゆくなかで作り出されるもの』
棘として生きながら朽ちてゆく。朽ちながら若い枝を支え、やがて剥がれ落ちた先に実りがある。
私が子どもたちに果たすべき役割はなんだろうか。棘の存在といばらの実に思いを巡らせて、腐蝕銅レリーフ作品『gift』を制作しました。
人魚は見えないが、渦は見える
――社会問題になる前の知られざる社会問題というものがあります。まだ名称が決まっていないようなもの。存在すら知られていないもの。それをテーマにして小柳先生は複数作品を制作されています。なぜ先生はそのような作品を生むことが出来たのでしょうか。
『見えないから知らなかったけど、実はずっと前からそこに在って、自分が気付いていないだけだった』ということは珍しいことではありません。人は都合の悪いものは見ようとしないし、興味のないことにはとことん無関心でいられるからです。そういう事は世の中にいっぱいあふれていると思います。
――つい最近、新しい社会問題として認知されたものに学校の『部活問題』がありますね。
あ、そうです。大学の友人が学校の先生になっています。ですから『部活問題』については友人たちと頻繁に話題にしていました。
美術を専攻していた友人は美術の先生になりましたが、学校では『若い先生』という理由で運動部を担当し、休日も練習試合の引率があったりして。若い先生の一存では変えようが無くて、どうしようかと悩んでいました。最近では顧問を引き受けないという選択肢も広まってきましたが、それに対して反感を抱く声もあるようです。
――以前は表面化していなかった問題なので、私もその問題の存在を知りませんでした。部活問題という名称すらあったかどうかわかりません。
そうですね。最初に声を上げたのは数名の方々でした。それは社会から見ると小さなノイズだったと思います。
――それがやがて大きな渦となって社会問題として認知された。
そうです。共感する人があらわれて様々な連携が生まれました。
世の中に新たな価値観を提示することは、言い換えれば、わざわざ飛沫をあげないと認知されない存在だった、ということです。例えば婦人参政権の獲得も、社会に対する新たな価値観の提示でした。それがやがて大きな渦となって社会の潮目に変化をもたらします。そうやって子どもたちが生きやすい社会へと変わってきたし、これからもより良くなれると思うんですよね。
『渦潮を起こしに』という作品では、人魚たちが海図を手に主体性を持って進路を決めようとする場面を描いています。人魚はいわば『知らないから存在しないこと』の象徴です。人魚たちが強い推進力を持って渦潮を巻き起こすことで、ようやく社会にその存在が知られます。地上にいる人々からは海面下は見えないので、波が荒立ってはじめて認知するのです。
――先生の作品では水の中に泡が描かれますね。
そうです。水や泡は命の営みの象徴です。
2022年 芸術家は発信する
――最後に近作で外せない作品があります。日本からもメッセージを発信する必要がある今、この作品についてもお聞かせください。
2022年は『日本人として何ができるんだろう』と考えた1年でした。この作品では世界の人に伝わる端的なメッセージとして、日本人の祈りのアイデンティティーでもある折鶴の羽を描いています。子どもは未来への希望の象徴として描きました。たくさんの折り鶴の途中を持った子どもの姿に、外の世界へ向けた平和への祈りを託しています。
――国際情勢はこれからも変化していきます。同時代の芸術家の作品を伝える機会が必要だと思っています。
そうですね。子供たちが、戦争や殺し合い、分断の無い世界へ向かって行って欲しいと願っています。
――今日はどうもありがとうございました!
〈了〉
(インタビュアー 福福堂編集部)
小柳 優衣さんのプロフィール
小柳 優衣 / Yui Koyanagi
福岡県北九州市生まれ
私立自由ケ丘高等学校 卒業
折尾美術研究所 卒業
筑波大学 芸術専門学群 美術専攻 特別カリキュラム版画 卒業
〈 主な活動歴 〉
2022 個展「小柳優衣 腐蝕作品展 their place」銀座三越
神戸アートフェスタ2022 神戸メリケンパークオリエンタルホテル
2021 個展 OTO gallery
個展「鱗の唄」福福堂 @Hiltopia Art Square
2019 個展「蝶の雫」銀座三越
個展「THE LIGHT」FCA
学園前アートフェスタ 奈良市学園前エリア
2017 個展「錆色の森」FCA
2016 GINZA ART FESTA 松屋銀座
2015 ART OSAKA 2015 ホテルグランヴィア大阪
個展「小柳優衣 銅版画油彩画展」 あべのハルカス
カレンダー原画展「心ここに暦とともに」 銀座伊東屋 K.Itoya
2014 アールデビュタントURAWAの足跡 伊勢丹浦和店
2013 個展「fleurir!」 OTO gallery
個展「Gene Note」 伊勢丹新宿本店
個展「New Melody」 ギャラリー上原
2012 珠玉の女性アーティスト展 銀座三越
lllline@shigagin 滋賀銀行長浜北支店
個展「時雨蝶」 伊勢丹浦和店
〈 CV 〉
■Education
2010 Art & Design Special Curriculum Printmaking, Tsukuba University, Ibaraki
2006 ORIO Institute of Art and Design
Jiyugaoka high school
■Solo exhibitions
2021 Solo exhibition, OTO gallery, Osaka
Song of scales, Hiltopia Art Square, Tokyo
2019 Butterfly Drips, Ginza Mitsukoshi, Tokyo
2019 THE LIGHT, FUJIMURA CONTEMPORARY ART, Yokohama
2017 Rusty Forest, FUJIMURA CONTEMPORARY ART, Yokohama
2016 Until the time is filled, Nagano Tokyu, Nagano
2015 copperplate Prints and oil paintings, Abeno Harukas, Osaka
2013 New Melody, Gallery Uehara, Tokyo
Gene Note, Isetan Shinjyuku, Tokyo
fleurir !, Oto Gallery, Osaka
2012 Shigure-cho, Isetan Urawa, Saitama
lllline, Gallery Uehara, Tokyo
lllline, THE SHIGA BANK Nagahama, Shiga
2011 the traces of corrosion, Gallery Uehara, Tokyo
2010 TRIUMPHAL ARCH, la fontaine, Fukuoka
■Artfair
2022 Kobe Art Festa 2022
2019 Gakuen-mae ART FESTA 2019, Nara
2013ー2015
ART OSAKA, HOTEL GRANVIA OSAKA,
2011 International Artexpo New York 2011, Pier94, New York
作品解説2 小柳優衣『gift』
少女たちが描かれている。学校であれば同級生くらいだろうか。流行りの髪型。洋服もそっくりだ。しかしひとりは人魚で、もうひとりは翅の生えた妖精として描かれている。
私たちは幼い頃から画一化されてしまった側面と、画一化を望んできた側面を持っている。一見調和しているように見えて、各々異なる特性を持っているというのが我々の姿だろう。
作者は顔を描かないことによって、少女たちを『私たち=観覧者自身』に置き換えさせ主体性と普遍性を与えている。
私たちは皆似たように見えても特性は異なるものだ。人魚は水の中が暮らしやすいし、妖精は森の中が暮らしやすい。
目に見える部分での『和』だけではなく、目に見えない部分での『和』とはなんだろう。
論理的に議論を重ねてお互いが理解を深めて調和を図ることは、難しいが1つの方法だ。しかし論理的な外交手段だけでは足りないことを私たちは実感している。
では他の手段とはなんだろう。その問いへの作者の答えがこの作品『gift』だ。
ギフト=贈りもの。贈りものは無償の愛の象徴でもある。
背景には棘を持つ野茨が描かれている。野茨の棘は近くの者を傷つける。しかし成長する若い枝を支える役割も持っている。愛を感じさせ人生の示唆に富む生態だ。
―いばらの実をはいどうぞ ―あこやの実をはいどうぞ わたしたちはちょっと似ていて、ちょっと違う。
社会との関わりの中で芸術家は作品を通し思考する。作品を通じて価値観を提供する。だから今同じ時代を生きる画家が生む作品は面白い。
この作品の背景は上半分が森、下半分が海で等分されている。境界に座るふたりの少女。
画面上部に偏らないように妖精はちゃんと水の中に片足をつけてくれている。人魚の尾は強いコントラストで描かれ画面下部に安定感をもたらしている。小柳優衣の圧倒的なテクニックが、複雑な構成の作品に見事な調和をもたらしている。
(作品解説 福福堂)
小柳優衣さんの展覧会情報
小柳優衣 作品展 -feeling-
6月19日(水)~6月25日(火) [最終日午後5時終了]
伊勢丹浦和店 6階 ザ・ステージ#6 アート
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