東京・京橋のアーティゾン美術館で「常設展を見たい」と考えている方が、まず知っておきたいのが「石橋財団コレクション」の展示です。アーティゾン美術館には、同じ作品を一年中固定して展示する一般的な意味での常設展はありません。約3,000点におよぶ石橋財団コレクションから作品を選び、「石橋財団コレクション選」などとして展示替えをしながら公開しています。モネ、ルノワール、セザンヌ、ピカソなどの西洋近現代美術から、青木繁、藤島武二をはじめとする日本近代美術、さらに古美術、現代美術まで、幅広いコレクションを所蔵していることが大きな特徴です。
初めて訪れる方がもう一つ知っておきたいのが、常設展と企画展のチケットの関係です。アーティゾン美術館には、コレクション展示だけを見るための独立した「常設展チケット」や「常設展料金」は基本的にありません。その時期に開催されている展覧会の入館料で、同時開催の「石橋財団コレクション選」などのコレクション展示も鑑賞できます。つまり、「その時期の入館チケット=同時開催されている展覧会の共通入館券」と考えると分かりやすいでしょう。なお、入館料は展覧会によって変わります。
本記事では、アーティゾン美術館の「常設展」にあたるコレクション展示の見どころを、公益財団法人石橋財団 アーティゾン美術館 学芸課学芸員の島本英明さんと、広報課の宮武麻衣子さんに伺いました。石橋財団コレクションの成り立ちから、モネ、ルノワール、セザンヌ、ピカソ、青木繁らの作品、新収蔵品によって進化を続けるコレクション、展示環境、音声ガイド、ラーニングプログラム、ミュージアムショップやカフェまで紹介します。取材・執筆を担当したのは、アートコンサルタントの亘理隆です。初めてアーティゾン美術館を訪れる方にも分かりやすく、その魅力を解説します。
| 会場 | アーティゾン美術館(1~6階) |
| 住所 | 〒104-0031 東京都中央区京橋1-7-2 JR東京駅(八重洲中央口)、東京メトロ銀座線・京橋駅(6番、7番出口)、東京メトロ銀座線/東西線/都営浅草線・日本橋駅(B1出口)のいずれからも徒歩5分 |
| 会期 | 開催中及び開催予定の展覧会情報は、アーティゾン美術館の展覧会ホームページをご覧ください。https://www.artizon.museum/exhibition/ |
| 休館日 | 月曜日 祝日の場合は開館し翌平日は振替休日、展示替え期間、年末年始 ・展示により異なる場合がございます。 ・諸般の事情により、事前の告知なく、プログラムなどの中止、開館時間の短縮や臨時休館をさせていただく場合がございます。ご了承ください。 |
| 開館時間 | 10:00 〜 18:00 祝日を除く毎週金曜日は20:00まで *入館は閉館の30分前まで |
| 常設展(コレクション展示)の料金 | アーティゾン美術館には、独立した「常設展料金」や「常設展だけのチケット」はありません。基本的に、その時期に開催されている展覧会の入館料で、同時開催の「石橋財団コレクション選」などのコレクション展示も追加料金なしで鑑賞できます。 ※入館料・開館時間・休館日などは変更となる場合があります。ご来館前に、アーティゾン美術館公式サイト「ご利用案内・アクセス」「チケット」で最新情報をご確認ください。 アーティゾン美術館は日時指定予約制です。予約枠に空きがあれば当日チケットの販売もしておりますが、ご来場前に「ウェブ予約チケット」をご購入いただくことをおすすめいたします。 企画展開催中のウェブ予約チケットと当日チケット(窓口販売)では、チケットの料金が異なりますので、展覧会のページにて入館料をご確認ください。 詳細については、アーティゾン美術館のホームページをご覧ください。 https://www.artizon.museum/user-guide/ https://www.artizon.museum/ticket/ |
| 所要時間(目安) | 主要作品を中心に見るなら1時間ほど、各室のテーマをじっくり追うなら1時間半ほどをみておくとよいでしょう。 |
東西の文化人が賞賛したコレクションは、今も進化を続けている―アーティゾン美術館「石橋財団コレクション」
ブリヂストン美術館からアーティゾン美術館へ


アーティゾン美術館をご存じでしょうか。今年の2月から5月にかけて、モネ没後100年「クロード・モネ -風景への問いかけ」展を開催した際に、初めて訪れた人もいたかもしれません。
昔からの美術好きの方であれば、アーティゾン美術館というよりも、ブリヂストン美術館という館名の方になじみがあるでしょう。ブリヂストンの創業者である石橋正二郎は、日本の近現代洋画や印象派を中心とする近代フランス絵画のコレクターとしても知られていました。
ブリヂストン美術館が開館したのは、1952年1月。石橋正二郎は、せっかくのコレクションを一個人の私物として死蔵せず、広く人びとの楽しみと幸福のために公開を決意したと語っています。
当時、東京駅八重洲口から至近距離にある京橋のオフィス街にブリヂストン本社ビルが新築されましたが、美術館はその2階フロア400坪弱に設立されました。これは、ニューヨーク近代美術館(MoMA)を見学した正二郎が、誰もが訪れやすい場所にある方が親しまれるだろうと考えたためでした。
日本で最初の国立美術館として東京国立近代美術館が開館したのは、1952年12月、国立西洋美術館が開館したのは、1959年6月です。
都心で、西洋絵画の名品をはじめ、常設展示で作品を鑑賞できるブリヂストン美術館は画期的でした。

ノーベル文学賞受賞作家で、美術にも造詣が深い、すぐれた美術コレクターだった川端康成は、同館に足しげく通い、自身の連載小説『日も月も』にブリヂストン美術館を登場させています。
『人間の条件』を著した作家で、シャルル・ド・ゴール政権で長く文化大臣も務めたアンドレ・マルローは、1960年にブリヂストン美術館の作品を熱心に鑑賞し、賞賛しています。1962年には、石橋コレクションのフランス近代絵画50点がパリ国立近代美術館に貸し出され、「東京石橋コレクション所蔵 コローからブラックに至るフランス絵画展」が開催され、大きな反響を呼びました。
ブリヂストン美術館を改称したアーティゾン美術館が、2020年1月に建て替えオープンして以来、約6年が過ぎています。ブリヂストン美術館の珠玉のコレクションを継承しつつ、アーティゾン美術館はどんな魅力を加えているのでしょうか。今回、同館5階・4階で開催されている「石橋財団コレクション選」と「瀧口修造 書くことと描くこと」展の担当学芸員・島本英明さんと、広報担当・宮武麻衣子さんにお話を伺いました。
なお、本文中で紹介している展示作品は、2026年8月14日の取材時のものです。
コンセプトは「創造の体感」

八重洲・京橋のビジネス街、中央通りと八重洲通りが交差する一角に聳える、23階建てのモダンなビルが人目を引く。アーティゾン美術館は、この「ミュージアムタワー京橋」ビルの1階から6階にある。
そもそもアーティゾンという言葉は、どういう意味なのだろうか。同館ホームページには以下のように説明されている。
「ARTIZON」(アーティゾン)は、「ART」(アート)と「HORIZON」(ホライゾン:地平)を組み合わせた造語で、時代を切り拓くアートの地平を多くの方に感じ取っていただきたい、という意志が込められています。
私立美術館は、企業名や創業者名が冠されている場合が多い。ブリヂストン美術館の館名改称は、公共性が増すイメージがあるが、歴史もあり、広く一般に知られている名前を変更するのは難しい判断だったろう。アーティゾン美術館は、ブリヂストン美術館の理念や活動を継承しつつ、新たな時代に向かって何を打ち出していこうとしているのだろうか。
島本さんが答えてくれた。
「石橋正二郎は、自分が形成したコレクションを個人が秘蔵するべきではないと考え、『世の人々の楽しみと幸福(しあわせ)の為に』を基本理念としてブリヂストン美術館を設立しています。それをアーティゾン美術館として引き継ぐとき、核のひとつとなるのが「創造の体感」というコンセプトかと思います。世の中の人々が等しく美術にふれ、鑑賞を楽しむことができる美術館であることがまず第一ですが、さらに進んで、作品を通じてその創造性や作家の視点にふれ、体で感じられる場であること、つまりひとりひとりの中で、心を揺さぶるような経験の得られる場であることを重視しています。アーティゾン美術館になってから、我々はそこに焦点を合わせて仕事をしているといえると思います」
コレクションについては、ブリヂストン美術館で展示していたものとは異なるジャンルとして、現代美術とデザインがあります。とりわけ現存している作家の声や表現を届けることは、体感するということに響くと思います。来館者にどう、何を見てもらうか。『世の人々の楽しみと幸福(しあわせ)の為に』を、現代の人に対して美術館がどのように開いていくかということをアップデートしています」
では、実際に展示を見て、「創造の体感」をしていこう。
一生に一度は見たい、石橋財団コレクション
展示室は、4階から6階の3フロアあり、6階からスタートする。今回は、5階展示室の約半分を使って展示している「石橋財団コレクション選」をメインに紹介する。ここには1870年代から1940年代までのフランスを中心とする西洋と日本の美術計26点が出品されている。

まず入口を入ると、印象派の中心的な一人であった、カミーユ・ピサロの《四季 夏》という横長の作品が迎える。このシリーズは春夏秋冬の4点あるが、季節を意識した展示になっている。

続いて、女性の印象派画家として知られるベルト・モリゾ《バルコニーの女と子ども》、ピエール=オーギュスト・ルノワール《すわるジョルジェット・シャルパンティエ嬢》、ギュスターヴ・カイユボット《ピアノを弾く若い男》が展示されている。いずれも、19世紀フランスの富裕な市民層の都市生活を彷彿とさせる作品だ。

ルノワールとカイユボットの作品は、制作年が1876年と表示されている。第1回印象派展は1874年に開催されているが、実はこのルノワールの作品は1877年開催の第3回印象派展に、カイユボットの作品は、1876年開催の第2回印象派展に出品されている。

この展示に続いて、ジョルジュ・スーラ、浅井忠、黒田清輝、アンリ・マティス、藤島武二、クロード・モネ、青木繁の順に、フランスと日本の画家の油彩が交互に並ぶ。浅井、黒田、藤島の作品は、いずれも滞欧していた時期に制作されている。日本人画家がヨーロッパに行き、どう描いていたかをほぼ同時代のフランス人画家と比べながら見ると興味深い。
戦前の石橋正二郎のコレクションは、正二郎と同郷である久留米出身作家の坂本繁二郎と青木繁、そして鹿児島出身の藤島武二が核になっている。正二郎と縁の深かった坂本(今回は展示されていない)、28歳で亡くなった青木、自身の作品に愛着が強くなかなか手放さなかった藤島の作品には、正二郎もひときわ思い入れがあったことだろう。
藤島、青木の作品はそれぞれ2点が重要文化財に指定されているが、いずれも石橋財団コレクションであり、今回そのうち藤島《黒扇》、青木《海の幸》各1点が出品されている。

高橋由一《鮭》、浅井忠《収穫》とともに、油絵で最初の文化財に指定された作品。
他にも、見逃せない作品、興味深い作品が展示されている。パブロ・ピカソの新古典主義の時代の特徴が出ている《腕を組んですわるサルタンバンク》※は、かつてピアニストのウラディミール・ホロヴィッツが所蔵していた。また、青木繁同様、早くから才能を発揮しながら夭折した関根正二《子供》も展示されている。関根正二は20歳の時に病で亡くなっている。
※パブロ・ピカソ《腕を組んですわるサルタンバンク》の詳細 https://www.artizon.museum/collection/search/detail/19417

石橋財団コレクションは、現在約3,000点※ある。その中には国宝1件、重要文化財12件が含まれており、それ以外にも日本やフランスの近現代絵画の紹介でしばしば引用される著名な作品が名を連ねている。その中から26点を選ぶのは嬉しい悩み事ではないだろうか。
※これとは別に、芸術家肖像写真コレクション約1,200点を所蔵している。
島本さんが、次のように話してくれた。
「当館では、欧米のメガ・ミュージアムのような、常設での固定した展示はしていません。担当学芸員によって作品展示の力点の置き方が違いますし、他階の企画展との連動という相対的な要素でも出品内容が決まるので、ラインナップは同一ではありません。ただ、やはりコレクションは看板です。地方からの来館者やインバウンドの人たちは何回も来られるかわかりませんから、まず当館を代表する所蔵品を見せることが、一番大事なことになります。その意味ではどうしても外せない作品、セザンヌ然り、ピカソ然りですが、多くの割合でコレクション選に含まれることになります」

「今回は、版画など、絵画以外のジャンルを出す余地がなかったのですが」と口にするところ、ジャンルにも島本さんのこだわりが見られる。「石橋財団コレクション選」には、19世紀フランスの美術家・エドガー・ドガのブロンズが2点、20世紀イタリアの彫刻家、ウンベルト・ボッチョーニのブロンズが1点展示されている。これらの作品は、絵画展示で見られる19世紀後半から20世紀前半の変化に緩やかに響きあうような印象だ。また、5階展示室には、4階から吹き抜ける空間があり、その周りはガラス張りになっている、このガラスを背負って映えるような存在感のある作品ということもボッチョーニの作品を選んだ理由だという。
一生に何度も見たい、石橋財団コレクション
石橋財団コレクションの見どころを紹介する「石橋財団コレクション選」は、4階展示室全部を使い70~80点を展示する場合が多い。今回5階前半部分だけの「石橋財団コレクション選」は、やはりちょっと残念な気がする。島本さんは5階・4階の展示室をすべて担当したことで、その点を解消している。

「今回の石橋財団コレクション選では、1940年代前半に松本俊介が制作した作品がコーナー最後の展示になっています。本来であれば、コレクション選は戦後の美術まで伸ばして構成するのがオーソドックスですが、今回その部分は、1920年代終わり頃、昭和になってから活動した瀧口修造の展示コーナーで見せていくことによって緩やかに接続しています」
「瀧口修造」展は、瀧口修造が美術について「書く」営みを5階展示室で、瀧口修造自身が美術家たちにインスパイアされた「描く」営みを4階展示室で紹介している。その営みを参照するうえで、「石橋財団コレクション選」では展示できなかった1940年代後半以降の作品が出品されている。
「瀧口修造」展は、ポール・セザンヌ《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》から始まる。セザンヌが描いた数多いサント=ヴィクトワール山の中でも、晩年に描いたこの作品はスター級の逸品だ。セザンヌの隣には、キュビスムの2点、ジョルジュ・ブラック《円卓》、パブロ・ピカソ《ブルゴーニュのマール瓶、グラス、新聞紙》が並べられ、キュビスムに影響を与えたセザンヌとの関連を意識した展示になっている。なお、パブロ・ピカソ《ブルゴーニュのマール瓶、グラス、新聞紙》は、アンドレ・ブルトンが所蔵していた来歴がある。

この3点以降の展示では、石橋財団コレクションの日本と西洋の近現代美術作品を、瀧口修造の視点を意識して見ることができる。
アーティゾン美術館の展覧会は、毎回6階~4階の各展示室を使って、コレクションを軸に組まれる。時代や国境を越えて引き継がれる作品は、多くの人の注目を引くが、すべての作品がすべての人に感銘を与えるわけではない。
ただし、同じ作品であっても、学芸員がどういうテーマのもと、どの作品を、どのように展示するかによって文脈が違ってくるので、来館者が作品から受取る情報も違ってくる。展覧会企画が変わるたびに「石橋財団コレクション選」も違った表情を見せるので、何度も訪れると今まで気がつかなかったことを発見する楽しさがある。
新収蔵品は、コレクションをアップデートする
石橋財団コレクションの母体が、創業者・石橋正二郎の個人コレクションからスタートしたことは既に述べた。正二郎のコレクションには、個人的に収集した作品と、財団設立後に引き続き正二郎が深く関わって収集した作品がある。親交のあった洋画家や美術評論家、画商など専門家のアドバイスには耳を傾けたが、最終的には正二郎の好みにあう作品がコレクションに加わっているのではないだろうか。正二郎のコレクションは、質の高い作品が揃っていると同時に、多くの人に親しまれる要素を持っている。モチーフもそうであるし、家の中に飾り、楽しめるようなサイズが多いのもその理由だろう。正二郎没後、このコレクションをどのように継承して、どういう方向に向かっているのだろうか。

島本さんが説明してくれた。
「キャプションには特に『正二郎コレクション』という表示はしていませんが、もちろん学芸員の頭にその情報は入っていて、石橋家の流れの中で考えています。初代正二郎がコレクションを形成した後、正二郎の長男・石橋幹一郎が受け継ぎ、現在の理事長・石橋寬が広げていこうとしているレイヤーをなす意識はあります。
幹一郎は、当時の時代を反映した1950年以降のヨーロッパ美術、アンフォルメルなどに関心がありました。正二郎から引き継ぐという意味合いでは、ちょうど美術館運営に携わっている時に収蔵したのが、ピカソ《腕を組んで座るサルタンバンク》です。
現在の理事長・石橋寬のもとで新たに開拓された領域が、デザインです。今ちょうど6階展示室ではイタリア20世紀デザインの巨匠、『エットレ・ソットサス』展を開催しています」

アーティゾン美術館では、作品の収集に継続して取り組んでいる。2025年の新収蔵品には、現代美術家の草間彌生、横尾忠則、毛利悠子や、現代美術として評価されているアボリジナル・アーティストの作品をはじめ、ジャスパー・ジョーンズ、ジョルジュ・ブラック、オディロン・ルドンもあれば、江戸時代の絵巻、今回展覧会を開催しているエットレ・ソットサスの作品など実に幅広い。どのように収集しているのだろう。
島本さんによれば、色々な巡りあわせがあるので、特に、特定のジャンルに比重をもたせることはしないそうだ。確かに、美術品は1点ものであるから、コレクションに加えたい作品との出会いは望んだからといってすぐに得られるものではない。セレンディピティという言葉が思い浮かんだ。
近現代美術品が充実した石橋財団コレクションだが、ポップアートやミニマルアートのコレクションについては、見た記憶がない。島本さんの説明を伺って、合点がいった。
「特定の分野を収集しないと決めているわけではありません。従来のコレクションにあるトーンとの一貫性を重視して、継ぎ越していく、アップデートしていくということをやっているところです。
現在は、美術で今まで注目されていなかった国や地域の視点も増えていますから、近現代美術を網羅することは難しいです。今、収蔵している作品のポテンシャルが上がっていくような、引き出せるような収集、この作品にこういう作品が加わったらその作品だけでなく、見え方が変わってくるという…そういうものを重視しています」
囲碁で、既に盤面の何か所かに置いてある碁石を活かすために、全体を見ながら次にどこに石を打ったら新たな展開ができるか戦略を練る、そんなイメージを持った。
宮武さんからは、「他の美術館から作品をお借りして展覧会を行うこともありますが、その際もコレクションをベースに企画を作り、展覧会をするというのが当館の特色の1つだと考えています」という話もあった。今回開催している、「エットレ・ソットサス」展、「瀧口修造」展もまさにそうで、ほとんどの作品は、所蔵品だ。
ということは、先ほどの例えで言えば、新たな収蔵品を受入れていくのは、三次元囲碁を打つイメージだろうか。
受け継がれてきたコレクションは、将来を見据えた新収蔵品が加わることで、時代が変化しても、常に来館者が「創造を体感する」ことができるようにアップデートされている。
「創造を体感する」美術館は、居心地が良い
「創造を体感する」美術館は、展示環境にも気配りがある。
島本さんが、そのうちの一つを教えてくれた。
「例えば、来館者の鑑賞環境を確保することは、大切です。運営システムとして、日時指定予約制をアーティゾン美術館開館時から導入しています」

今年開催された「クロード・モネー風景への問いかけ」展は、アーティゾン美術館開館以来、最も多い41万人を超える入場者があった。そこでも、日時指定予約制度は有効だったのだろうか。
「混雑はしていましたが、大きなトラブルはなく運営できました。長時間の入館待ちや、常に動きながら作品を見てくださいというお願いをすることもなく、快適な鑑賞環境をご提供できたと思います」と宮武さん。「来館者にだけではなく、作品にとってもよい環境が保てます」と島本さん。
話題の展覧会では、長時間の入館待ちがあったり、館内が大混雑で作品を落ち着いて鑑賞できないことがある。劇場と違い美術館に定員はないが、作品をしっかり見るために適正な入場者数はあるはずだ。
新型コロナの流行が収束した現在、日時指定予約制を導入している美術館は少ない。思い立った時に展覧会を観に行くのに、日時指定予約を煩わしく感じる人がいるかもしれないが、アーティゾン美術館は、ウェブ予約でチケットを購入することを勧めている。実は空きがあれば窓口でもチケットは買えるのだが、窓口で買うよりウェブ予約で買った方が入館料が安い。しかも入館10分前までウェブで買うことができる。それであれば、ウェブ予約でチケットを買おうということになる。
ところで、美術館で作品を鑑賞していて、とても寒く感じることはないだろうか。美術館では、作品保護のため、一般的に温度は20℃~22℃、湿度55%±5%に保たれているが、冷気が展示室の下に滞留してしまうことがある。アーティゾン美術館では、新しい空調システムを採用している。島本さんによれば「床板に目地がありますが、展示室の床全体でその隙間からフレッシュな空気がゆっくり噴きだして、天井で吸い込んでいるので、1か所に空気が偏らず、じわりじわりと空気が入れ替わっています」という。

照明はオリジナル開発されたLEDスポットライトを使っている。照度(明るさ)だけでなく、色温度(光の色合い。色温度の変化で赤色みがかったり、白色~青色が強くなったりする)も調整できる。同じ山が昼と夕で色が変わって見えるように、絵画も色温度によって見え方が変わる。「どんな空間にしたいとか、壁面にしたいとか、作品によって演出できます」とは島本さんの言だが、そのおかげで、照明を意識せずに、会場の雰囲気に浸りながら作品に集中できる。
広報の宮武さんが、「当館の最新の技術というわけではないのですが」と前置きしつつ、もう一つ話したいことがあるという。
「多くの作品の額には、透明度が高く、反射率が少ない、低反射アクリルを入れてあります。ですから作品の前にさえぎるものがないように見えますし、そのおかげで柵を設けずに作品に近寄って見ることができます」
来館者は、画家の筆致や絵肌をごく近くで見ることで、創作の息づかいを感じることもできるわけだ。
空調、照明、額に新しい技術を取り入れることも、作品を保護しつつ、来館者にノイズの少ない鑑賞環境を提供することにつながっている。ぜひ、会場で「創造を体感」して欲しい。
スマホとイヤホンを忘れずに持っていこう
美術館を訪れた時、解説が欲しいが、キャプションを読むのは億劫だという人もいるかもしれない。アーティゾン美術館には、無料の音声ガイドがある。使い方は、来館者が自分のスマホにアーティゾン美術館公式アプリをダウンロードして、持参のイヤホンを装着するだけ。館内では無料のWi-Fiが使用可能。音声ガイドマークがある石橋財団コレクションの作品にスマホをかざすと、画像を認識して、イヤホンを通して作品解説が聴ける。館内では、声優が吹き込んだ音声を楽しめる。館外でも、画像を選択すると機械音声で聴くことができ、日英中韓の4カ国語で展開している。

https://www.artizon.museum/user-guide/application/
デジタル技術を利用したサービスとしては、4階に「デジタルコレクションウォールがあります」と宮武さんが紹介してくれた。「壁面のパネルを押すと、当館のコレクションを直感的に楽しめる大きな画面があります。チームラボと開発したもので、こちらも開館時から導入しています」

人気のラーニングプログラムー土曜講座は、早めに予約を
アーティゾン美術館は、ラーニングプログラムも充実している。土曜講座、ギャラリートーク、ファミリープログラム、スクールデー/スクールプログラム、企業・法人向けプログラムなど、対象や目的別の様々なプログラムを用意している。

土曜講座は、ブリヂストン美術館開設当初から現在まで2,400回を超えて開催されている。展覧会に関連するシリーズ企画が数本、それにプラスして、芸術・文化のさまざまなテーマの企画もあり、講師は、研究者、出品アーティスト本人、学芸員など、各分野の専門家が務める。
「事前予約制で先着順。定員は毎回80人程度です(プログラムによって異なります)が、募集が始まると早々に予約が埋まってしまいます」とのことなので、興味のある講座があれば、すぐに申し込みたい。
企業・法人向けプログラムというユニークなメニューもある。
宮武さん「依頼に応じて学校向けに行っているスクールデー/スクールプログラムがありますが、同様に企業向けにも行うものです。ご要望のあった企業・団体に対して、先方の要望と当館のできることとを照らし合わせて、当館のコレクションや成り立ち、展覧会について説明したり、鑑賞とグループワークを行うなど、カスタマイズしたプログラムを組みます」
ラーニングプログラム詳細↓
https://www.artizon.museum/program/
日本の美術界に貢献した石橋正二郎
最後に、石橋正二郎について、もう少し詳しく紹介する。
ブリヂストンの創業者である石橋正二郎(1889-1976年)は福岡県久留米市に生まれた。17歳で継いだ家業の仕立屋を足袋製造専業とし、やがて足袋の裏底にゴムをつけた地下足袋の製造で、事業を大きく伸ばした。さらに自動車のタイヤに目をつけ、国産タイヤ製造を始めた。ブリヂストンは今や約120の生産・開発拠点を持ち、150を超える国々で事業を展開している。正二郎は、足元の商売を広げることで、久留米から世界へ飛躍した実業家といえる。
美術品コレクターである正二郎が、なぜブリヂストン美術館を開設したかは既に述べたとおりだが、1956年には石橋財団を設立し、1961年にはコレクションの大半を寄贈している。
美術館は、建物が完成して終わりではない。作品の収集、保存修復、調査研究、展示の持続的な活動が求められるが、その維持には多大なお金が必要になる。常に事業の将来を考えてきた経営者・正二郎が、コレクションを未来へつなげる橋(ブリッジ)の礎石(ストーン)を据えたといえるのが、石橋財団(現・公益財団法人石橋財団)だ。ブリヂストン美術館はアーティゾン美術館と改称したが、正二郎のDNAは確実に受け継がれている。
正二郎は、郷里・久留米市をはじめ、文化・教育の分野で数多くの貢献をしたが、特に記憶しておきたい我が国の美術への貢献を二つ書き記す。
1952年から日本はヴェネチア・ビエンナーレに参加していたが、イタリアに提供されていた土地に、日本館を建設できずにいた。1955年に外務省が日本館建設のために300万円の支出を決定したが、建設には2,000万円不足していて、寄付を募っても集まらない。それを一人で応じたのが正二郎だった。
東京国立近代美術館は、1952年の開館当初は京橋(現在、東京国立近代美術館フィルムセンターがある場所)にあったが手狭であったため、千代田区北の丸公園に移転が検討された。当時、同館の評議員をしていた正二郎は、個人の費用で美術館を建設し、国へ寄贈した。東京国立近代美術館には、今日も多くの美術ファンが訪れている。
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「アーティゾン美術館の」ミュージアムショップ

コレクションを楽しんだ後はミュージアムショップにも立ち寄って欲しい。
アーティゾン美術館には、印刷物や看板などを含めた美術館全体のデザインを統括しているクリエイティブディレクターが在籍し、ショップのグッズに関しても、企画、開発、デザインを行っているそうだ。コレクションをベースにしたグッズを定期的に開発しているので、オリジナルグッズの品揃えが豊富だ。

魅力的なミュージアムグッズがある中で、筆者が特に気になったのは、白い犬のぬいぐるみ。その由来を宮武さんが教えてくれた。
「『ブランクーシ 本質を象る』展(2024年)の時に作ったオリジナルぬいぐるみです。彫刻家、コンスタンティン・ブランクーシのアトリエは、床も壁も真っ白で、飼い犬も大きな白い犬だったそうです。それにインスパイアされて生まれた白い犬のぬいぐるみは、首に金色のリボンをつけています。これは館内のエレベーターなどで使われている真鍮の金色をモチーフにしています」
他では手に入れられないミュージアムグッズも多いので、ぜひ、立ち寄ってみて欲しい。





ミュージアムショップ詳細
https://www.artizon.museum/user-guide/museum-shop/
(ご紹介したグッズは完売となる場合がございます。ご了承ください。)
食事もスイーツも見逃せない、ミュージアムカフェ

ランチタイム、カフェタイム、ディナータイム(祝日を除く金曜日のみ)それぞれの時間帯で、ジャンルを超えたオリジナルのコース料理やスイーツで、視覚も味覚も楽しませてくれる。

「展覧会会期に合わせて、季節の野菜などを使ったメニューを考えています。展覧会の出品作にちなんだメニューを提供することもあります」と宮武さん。取材時には、「ソットサス展コラボメニュー」があった。

カフェタイムの主役は、もちろんスイーツ。小腹が空いた方には、ガレットやリゾットもある。中でも、筆者は、アミューズとデザートの盛り合わせ「アニバーサリーセット」がかなり気になった。誕生日、結婚記念日などのアニバーサリーでなくても楽しめるので、自分ご褒美にも使える。なお、このセットは3日前までに要予約。
ランチタイムとディナータイムはコース料理のみで、予約をするのがおすすめだが、予約なしでもご案内できる席は確保してあるそうだ。また、カウンター席もあるのでおひとり様でも利用しやすい。
ミュージアムカフェ詳細
https://www.artizon.museum/user-guide/museum-cafe/
(取材・文/アートコンサルタント・亘理 隆)
〈取材協力〉
公益財団法人石橋財団 アーティゾン美術館 学芸課学芸員 島本英明さん
公益財団法人石橋財団 アーティゾン美術館 広報課 宮武麻衣子さん
〈参考文献〉
石橋正二郎伝刊行委員会編著『石橋正二郎』ブリヂストンタイヤ 昭和53年
石橋正二郎伝刊行委員会編著『石橋正二郎 遺稿と追想』ブリヂストンタイヤ 昭和53年
石橋財団ブリヂストン美術館編『特集展示 コレクター石橋正二郎 青木繁、坂本繁二郎から西洋美術へ』石橋財団ブリヂストン美術館、石橋財団石橋美術館 2002年
石橋財団ブリヂストン美術館編『石橋正二郎とブリヂストン美術館』石橋財団ブリヂストン美術館 2012年
石橋財団アーティゾン美術館編『石橋財団コレクション所蔵品目録 1952-2018』公益財団法人石橋財団アーティゾン美術館編 2019年
石橋財団アーティゾン美術館編『アーティゾン美術館 ハイライト200 石橋財団コレクション』公益財団法人石橋財団アーティゾン美術館編2020年
東京国立近代美術館『東京国立近代美術館70周年記念展 重要文化財の秘密』図録 毎日新聞社、日本経済新聞社、東京国立近代美術館 2023年
公益財団法人石橋財団編『公益財団法人石橋財団アニュアル・レポート2025』公益財団法人石橋財団 2026年
〈参考URL〉
アーティゾン美術館公式サイト https://www.artizon.museum/
公益財団法人石橋財団公式サイト https://www.ishibashi-foundation.or.jp/
株式会社ブリヂストン企業サイト https://www.bridgestone.co.jp/
アーティゾン美術館の常設展でよくある質問
アーティゾン美術館に常設展はありますか?
アーティゾン美術館には、同じ作品を一年中固定して展示する一般的な意味での「常設展」はありません。約3,000点におよぶ石橋財団コレクションから作品を選び、「石橋財団コレクション選」などとして展示替えをしながら公開しています。そのため、訪れる時期によって出会える作品や展示の組み合わせが変わります。
常設展だけのチケットや料金はありますか?
独立した「常設展チケット」や「常設展料金」は基本的にありません。その時期に開催されている展覧会の入館料で、同時開催の「石橋財団コレクション選」なども鑑賞できます。
2026年8月現在、一般はウェブ予約1,200円、窓口1,500円です。大学生・専門学校生・高校生は無料(要ウェブ予約)、中学生以下は無料(予約不要)となっています。料金は展覧会によって変わるため、来館前に公式サイトで最新情報をご確認ください。
予約なしでもアーティゾン美術館に入れますか?
アーティゾン美術館は日時指定予約制で、来館前のウェブ予約が推奨されています。ウェブ予約の枠に空きがある場合は、美術館窓口でも当日チケットを購入できます。人気展覧会では希望する時間帯が埋まる可能性があるため、予定が決まっている場合は事前予約をしておくと安心です。
モネやルノワールの作品はいつでも見られますか?
アーティゾン美術館はモネやルノワールをはじめ、印象派や西洋近代美術の充実したコレクションを所蔵していますが、展示作品は定期的に入れ替わります。そのため、所蔵作品が常に展示されているとは限りません。見たい作品が決まっている場合は、開催中の展覧会や展示作品を公式サイトで確認してから訪れることをおすすめします。
石橋財団コレクションの代表作には何がありますか?
石橋財団コレクションには、ルノワール《すわるジョルジェット・シャルパンティエ嬢》、カイユボット《ピアノを弾く若い男》、セザンヌ《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》、ピカソ《腕を組んですわるサルタンバンク》、青木繁《海の幸》、藤島武二《黒扇》など、日本と西洋の近現代美術を代表する作品が含まれています。ただし、展示作品は会期によって異なります。
アーティゾン美術館を見るのに何時間くらい必要ですか?
主要作品を中心に見るなら1時間ほど、各室のテーマや作品をじっくり鑑賞するなら1時間半ほどを目安にするとよいでしょう。企画展やミュージアムショップ、カフェまで楽しむ場合は、さらに余裕をもって予定を立てるのがおすすめです。
東京駅からアーティゾン美術館までは何分ですか?
JR東京駅八重洲中央口から徒歩約5分です。東京メトロ銀座線・京橋駅6番・7番出口、東京メトロ銀座線/東西線・都営浅草線の日本橋駅B1出口からも、それぞれ徒歩約5分です。
ブリヂストン美術館とアーティゾン美術館は同じ美術館ですか?
アーティゾン美術館の前身が、1952年に開館したブリヂストン美術館です。ブリヂストン美術館のコレクションと活動を受け継ぎながら、館名をアーティゾン美術館へ変更し、建て替えを経て2020年1月に開館しました。現在は従来の日本・西洋近代美術に加え、現代美術やデザインなどへもコレクションを広げています。
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