裸婦なのに、題名は『マドンナ』。結論からいうと、エドヴァルド・ムンクはこの女性を、伝統的な意味での聖母マリアの肖像として描いたわけではありません。『マドンナ』にはムンク自身が用いた「Elskende kvinne(愛する女)」という別題があり、宗教画の聖母と、性愛のただ中にある女性という、本来は遠く離れた二つのイメージが重ねられています。
目を閉じて首をわずかに反らした女性、長い黒髪、身体を包み込むようにうねる背景、そして頭の後ろに浮かぶ赤い輪。さらに版画版では、周囲に精子や胎児を思わせる形まで現れます。ムンクがこの作品に結びつけて残した文章には、生と死、死んだ世代とこれから生まれる世代がつながっていくイメージが記されています。つまり『マドンナ』の核心にあるのは、単なる裸婦でも宗教への挑発でもなく、愛から生命が生まれ、その生命もやがて死へ向かうという循環です。
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『叫び』以外の作品も含めてムンクの画業を先に見渡したい方は、ムンクの代表作10選もあわせてご覧ください。画家の生涯については、エドヴァルド・ムンクとはで詳しく紹介しています。
ムンク『マドンナ』とは|まず知っておきたい作品情報
| 作品名 | 『マドンナ』(Madonna) |
|---|---|
| 作者 | エドヴァルド・ムンク |
| 制作年 | 1894年(ムンク美術館所蔵版) |
| 技法 | 油彩・カンヴァス |
| 寸法 | 90×68.5cm |
| 所蔵 | ムンク美術館(MUNCH、オスロ) |
| 別題 | Elskende kvinne(愛する女) |
『マドンナ』を理解するときに最初に注意したいのは、この作品が一枚だけではないことです。ムンクは同じ女性像を繰り返し制作し、現在は5点の油彩版が知られています。さらに素描、ドライポイント、リトグラフへと展開しており、1890年代のムンクが特に重要視したモティーフの一つでした。
本記事で基準にするのは、1894年に制作されたムンク美術館所蔵版です。ただし、別の油彩版では寸法や制作年が異なるため、「ムンクの『マドンナ』はすべて1894年、90×68.5cm」と考えるのは正確ではありません。ムンクは一つの完成形を作って終わるのではなく、同じ主題を油彩と版画で何度も変奏する画家でした。
なぜ裸婦を「マドンナ」と呼んだのか
本来の聖母像とはまったく違う女性
「マドンナ」は本来、キリスト教美術では聖母マリアを意味します。西洋美術史では、幼子イエスを抱く聖母、祈る聖母、天上で崇拝される聖母など、数えきれないほどのマドンナ像が描かれてきました。ところがムンクの女性は裸体で、幼子イエスも宗教的な物語を示す小道具もありません。
しかもムンクは、このモティーフを「Elskende kvinne」と呼ぶことがありました。直訳に近い日本語なら「愛する女」です。ムンク美術館は、この女性を性的な欲望を自ら持ち、快楽に身を委ねる女性として説明しています。つまりムンクは、「聖なる母」と「性愛を生きる女性」を別々の存在として切り離すのではなく、あえて一つの像の中で重ねました。
赤い輪が、裸婦を聖像のように変える
その仕掛けをもっとも端的に示すのが、女性の頭の後ろにある赤い輪です。伝統的なキリスト教絵画で聖人の頭を囲む光輪を連想させますが、ムンク美術館は、この赤い円について帽子とも光輪とも考えられる形として説明しています。したがって「赤い光輪」と決めつけるより、光輪を思わせる赤い輪と見るのが適切でしょう。
重要なのは、それが女性の裸体と同じ画面に置かれていることです。宗教画では通常分けられる「聖」と「官能」が、『マドンナ』では衝突するのではなく、一人の女性の中で共存しています。ムンク自身も、この女性が身を委ねることによって「マドンナ」のような痛ましい美しさを帯びる、という趣旨の説明を残しています。
単なる「宗教への挑発」ではない
裸婦を「マドンナ」と名づけたため、この作品は挑発的に見えます。しかし「聖母像を冒涜するための絵」とだけ理解すると、作品の中心を取り逃がします。ムンクが問題にしたのは、女性の性的欲望、恋愛、受胎、生殖、誕生、そして死までを、一つの大きな生命の流れとして見ることでした。
19世紀末のヨーロッパでは、女性の社会的な位置や結婚、性、自由恋愛をめぐる議論が活発になっていました。『マドンナ』はその時代の中で、受け身の女性ではなく、自らの欲望をもつ女性を正面に置きます。その女性に「聖なるもの」を思わせる形式を与えたところに、この作品の急進性があります。
『マドンナ』の見どころ|閉じた目、反らした首、うねる線
女性は鑑賞者を見返していません。両目を閉じ、顔をわずかに上へ向けています。片腕は頭の後ろへ上がり、もう一方の腕は身体の後方へ回されています。そのため胸から腹部へ続く身体の輪郭が大きく開かれ、同時に、外の世界から意識を切り離して自分の内側へ沈み込んでいるようにも見えます。
長い黒髪と暗い背景は、身体の左右で大きな曲線をつくります。背景にも直線的な空間描写はほとんどなく、青、黒、紫がかった色の帯が、女性の身体と呼応するように流れています。人物と背景を明確に切り分けるのではなく、女性の感覚が周囲の空間にまで広がったような画面です。
この「感情によって世界そのものが変形する」という発想は、ムンクの代表作『叫び』にも通じます。ただし『叫び』が不安によって空やフィヨルドまで大きくうねらせるのに対し、『マドンナ』では曲線が女性を包み込み、静かな恍惚と緊張を同時につくり出しています。
『マドンナ』に込められた「愛・生・死」の意味
『マドンナ』を単なる官能的な裸婦画では終わらせない最大の手がかりが、ムンク自身がこのイメージに結びつけて残した文章です。そこでは女性の顔や赤い唇が描写されたあと、生と死が互いに手を差し出し、死んだ無数の世代と、これから生まれてくる無数の世代が一本の鎖のようにつながるイメージが現れます。
ここで「愛」「生」「死」は、三つの別々の象徴ではありません。男女が結びつくことは新しい生命の可能性につながり、生まれた生命は時間の中を生き、やがて死ぬ。そして次の世代へ生命が受け渡されていく。その循環そのものが『マドンナ』の背後にあります。
だからこそ、女性の表情には幸福だけでも悲しみだけでもない曖昧さがあります。目を閉じた顔は恍惚としているようにも、苦痛を感じているようにも見えます。官能と不安、生の始まりと死の予感が同時に存在することこそ、ムンクがこの女性を「マドンナ」と呼ぶ意味につながっています。
版画版の『マドンナ』|精子と胎児が意味をさらに明確にする
『マドンナ』の意味を理解するうえで欠かせないのが、1895年から制作されたリトグラフです。油彩版の女性像をもとにしながら、その周囲には精子を思わせる細長い形が連なり、画面下部には胎児のような小さな姿が置かれています。
所蔵。画面を囲む精子を思わせる形と下部の胎児が、愛・誕生・死という主題をより明確にしている。.jpg)
この縁取りは版画になって突然現れた発想ではありません。ムンク美術館によると、少なくとも一つの油彩版には、もともと胎児と精子を描いた木製の額縁が付けられていました。当時この額縁を刺激的だと感じた人々がおり、ムンクは比較的早い時期に通常の額へ交換したと考えられています。しかし消えた額縁のイメージは、版画版では作品の一部として残されました。
ここまで見ると、「愛・生・死」という解釈は後世が無理に付け足したものではないことがわかります。女性の裸体、受胎を連想させる精子、まだ生まれていない胎児、そしてムンク自身が記した世代の連鎖。性愛は新しい生命の始まりであると同時に、有限の生命が次の世代へつながっていく地点として描かれています。


ムンクは1895年に白黒のリトグラフを制作したのち、手彩色や多色刷りにも展開しました。現在も250~300点ほどのリトグラフが残ると推定され、ムンク美術館だけで115点を所蔵しています。同じ女性像でありながら、色や刷り、縁取りの扱いが異なるため、『マドンナ』は一枚の「完成品」ではなく、ムンクが繰り返し考え続けたモティーフとして見る必要があります。
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「生命のフリーズ」とは?ムンクが描こうとした人間の一生
『マドンナ』を理解するうえで欠かせないのが、ムンクの代表的な構想「生命のフリーズ(The Frieze of Life/Livsfrisen)」です。これは一枚の作品名ではなく、愛、欲望、嫉妬、不安、孤独、病、死といった人間の根源的な経験を、複数の絵によって一つの大きな物語として見せようとした作品群を指します。『マドンナ』『接吻』『吸血鬼』『叫び』『不安』『生命のダンス』など、現在ではムンクの代表作として知られる多くの作品が、この構想と深く結びついています。
「フリーズ」とは、絵を横につないで見せる発想
「フリーズ」とは、もともと建築物の壁面上部などに設けられる横長の装飾帯を意味します。ムンクは、一枚一枚の絵を独立した作品として見るだけでなく、壁に並べることで互いに意味を響かせ、人間の人生を一続きの物語のように見せようとしました。
この構想の出発点となったのが、1893~1894年にベルリンで発表した「連作〈愛〉のための習作」です。このときムンクは、恋愛をめぐる複数の作品を一つのまとまりとして展示しました。単独では理解されにくい作品も、隣り合って並べることで互いを説明し合い、全体として意味が生まれると考えたのです。
1902年、22点の作品を「生命のフリーズ」として展示
ムンクはその後も作品を加え、構成を変えながらこの構想を発展させました。大きな節目となったのが1902年のベルリン分離派展です。ここでは22点もの作品が四方の壁に並べられ、恋愛だけでなく、嫉妬、不安、恐怖、死などへと主題が広がりました。ムンク美術館は、この時期の「生命のフリーズ」を、人間存在のさまざまな側面を表した作品群として位置づけています。
ただし「生命のフリーズ」は、最初から作品と順番が完全に決められていた固定的な連作ではありません。ムンクは長い年月にわたって同じ主題を描き直し、油彩だけでなく版画でも繰り返し制作し、展示のたびに作品の組み合わせを変えました。つまり「生命のフリーズ」とは、一度完成して終わったシリーズというより、ムンクが生涯を通じて考え続けた「人間とは何か」を描く大きな構想と考える方がわかりやすいでしょう。
『マドンナ』は「愛」から「生と死」へつながる重要な作品
その中で『マドンナ』は、男女の愛や性愛を扱う作品でありながら、単なる恋愛の場面にはとどまりません。女性の裸体と光輪を思わせる赤い輪が重ねられ、版画版ではさらに精子や胎児を思わせる形が加えられています。愛する男女の結びつきが新しい生命の誕生へつながり、その生命もいつか死を迎えるという、生命の循環まで視野に入れた作品です。
『接吻』では男女が結びつき、『マドンナ』では愛と生命の誕生が重なり、『叫び』では人間の根源的な不安が表されます。さらに『生命のダンス』では、男女の出会いから愛、別れや孤独までを思わせる人物たちが一つの画面に並びます。これらを「生命のフリーズ」という大きな流れの中で見ると、ムンクが個々の出来事を描いていたのではなく、愛すること、生きること、不安を抱くこと、そして死ぬことまでを、一続きの人間の生として描こうとしていたことが見えてきます。
『マドンナ』が聖母像とも裸婦画とも言い切れない不思議な作品になっているのも、そのためです。ムンクにとって愛は幸福だけを意味するものではなく、欲望、誕生、不安、別れ、死へとつながっていく人生そのものの一部でした。『マドンナ』は「生命のフリーズ」の中でも、愛・生・死を一つの女性像に重ねた中心的な作品の一つなのです。
『マドンナ』は5点ある|同じ作品を何度も描いたムンク
油彩の『マドンナ』は5点知られており、おおむね1894年から1890年代後半に制作されています。ムンク美術館所蔵の1894年作だけでなく、ノルウェー国立美術館所蔵作など複数のヴァージョンが存在します。構図はよく似ていますが、女性の身体、色彩、背景、赤い輪の見え方には違いがあります。

制作過程にも変化の痕跡があります。ノルウェー国立美術館所蔵版では、赤外線撮影によって完成した画面の下に別の下描きがあることが確認されました。またムンク美術館に残る1893~1894年頃の習作では、最終的な油彩版より女性の上半身が横向きで、頭部も鑑賞者から離れる方向を向いています。そこから最終的に、女性をより正面へ向ける構図へ変えていきました。
この変化は小さく見えて重要です。女性を横から眺める構図では、鑑賞者は一つの場面を外側から見る立場になります。正面性が強まると、女性像そのものが画面の中心に立ち、赤い輪とともに一種の「像」として迫ってきます。伝統的な聖像を思わせる正面性と裸婦の身体が結びつくことで、『マドンナ』という逆説的な題名がいっそう強く機能するのです。
ムンク『マドンナ』は日本で見られる?国立西洋美術館にも版画を所蔵
日本にも『マドンナ』があります。東京・上野の国立西洋美術館が所蔵するのは油彩画ではなく版画で、公式作品名は『マドンナ』。制作年は1895/1902年、技法はリトグラフ・クレヨン、ツッシュ、スクレイパー、支持体は和紙とされています。画寸は55.6×35.2cm、紙寸は59.4×43.2cmで、2014年に寄贈された作品です。
油彩版だけを見ていると、赤い輪と裸体の対比がまず目に入ります。一方、版画では胎児や精子を思わせる縁取りまで含めて見ることができ、『マドンナ』における生殖、誕生、死という主題をより直接的に理解できます。国立西洋美術館では所蔵作品が常時すべて展示されているわけではないため、実物を目的に訪れる場合は、事前に公式サイトで最新の展示状況を確認してください。
まとめ|『マドンナ』は愛と生と死を一人の女性に重ねた作品
ムンクの『マドンナ』が裸婦でありながら「聖母」を意味する題名をもつのは、聖母マリアをそのまま描いたからではありません。ムンクは「愛する女」という性愛のイメージに、光輪を思わせる赤い輪と聖像のような正面性を与え、聖なるものと官能的なものを一人の女性の中で重ねました。
さらに版画版では精子と胎児が加わり、ムンク自身の文章では、過去に死んだ世代とこれから生まれる世代がつながっていく生命の連鎖が語られます。愛は生命を生み、生命はやがて死に、次の生命へつながっていく。『マドンナ』は、その循環を一枚の女性像に凝縮した作品です。
だからこの絵は、「聖母なのか、恋人なのか」「生の絵なのか、死の絵なのか」というどちらか一方に決めるほどわかりにくくなります。聖と官能、愛と不安、誕生と死が同時に存在すること。そこに、『叫び』とは異なるかたちで人間の生を描いたムンクの重要な到達点があります。
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