キュビズムとは|セザンヌからグリス・ドローネー・レジェへ、近代絵画を変えた見方を解説
キュビズムとは、20世紀初頭のヨーロッパで生まれた近代美術の重要な流れです。ものを一つの視点から自然に見えるように描くのではなく、複数の角度から見た形を分解し、画面の中で再構成したことに大きな特徴があります。
キュビズムは、ポール・セザンヌが切り開いた「自然を形として捉える」考え方を受け継ぎながら、フアン・グリス、ロベール・ドローネー、フェルナン・レジェなどの画家によって多様に展開されました。本記事では、キュビズムの意味、セザンヌとの関係、代表的な画家、作品の見方をわかりやすく解説します。

キュビズムとは何か
キュビズムとは、人物、静物、風景などを、見たままの姿ではなく、幾何学的な形に分解し、画面の中で組み立て直す絵画の流れです。英語では Cubism、フランス語では Cubisme と呼ばれます。
それまでの西洋絵画では、遠近法を用いて、ひとつの視点から自然に見える空間を描くことが重視されてきました。キュビズムでは、その見方が大きく変わります。正面から見た形、横から見た形、上から見た形が、一枚の画面の中に同時に現れることがあります。
そのため、キュビズムの絵は一見すると「形が崩れている」「何が描かれているかわかりにくい」と感じられるかもしれません。しかしそれは、対象を雑に描いたのではありません。ものを一瞬の見た目だけでなく、さまざまな角度や記憶を含めて捉えようとした表現です。

キュビズムが生まれた背景
キュビズムが生まれた背景には、19世紀後半から続く絵画の大きな変化があります。印象派は、光や空気の移ろいを明るい色彩で描きました。ポスト印象派の画家たちは、その先で、色彩、感情、構造、象徴性をさらに深めていきました。
その中でも、キュビズムに大きな影響を与えたのがポール・セザンヌです。セザンヌは、自然を単に見たままに描くのではなく、山や果物、人物を形のまとまりとして捉えました。風景や静物を、画面の中で安定した構造として組み立てようとしたのです。
この考え方は、20世紀の画家たちに大きな刺激を与えました。自然を写すだけでなく、絵画の中で形を再構成する。そこから、キュビズムの新しい表現が生まれていきました。セザンヌについてはポール・セザンヌとは、その前後の流れについてはポスト印象派とはもあわせてご覧ください。

セザンヌとキュビズムの関係
セザンヌは、自然を「円筒、球、円錐」のような基本的な形として捉える考え方を示しました。これは、自然を単純な図形に置き換えるという意味ではありません。複雑に見える世界の奥に、形の秩序を見出そうとしたのです。
セザンヌの静物画では、リンゴ、瓶、皿、布が、ただ自然に置かれているだけではありません。テーブルの角度や皿の見え方が少しずれているように見え、画面全体が独特の緊張感を持っています。これは、ひとつの視点に縛られず、対象を画面の中で組み立て直そうとした結果です。
キュビズムは、このセザンヌの考え方をさらに推し進めました。対象を分解し、複数の面として捉え、再び画面の中で構成する。そこに、近代絵画の大きな転換があります。

キュビズムの特徴
1. 対象を分解して描く
キュビズムでは、人物や静物をそのまま写すのではなく、形を分解して描きます。瓶、楽器、人物の顔、テーブル、建物などが、細かな面に分かれ、画面の中で再構成されます。
2. 複数の視点を同時に示す
通常の絵画では、画家は一つの場所から対象を見て描きます。しかしキュビズムでは、正面から見た形と横から見た形が、同じ画面に同時に現れることがあります。これにより、対象を一瞬の見た目ではなく、多面的な存在として捉えようとしました。
3. 色彩よりも構造を重視する
初期のキュビズムでは、茶色、灰色、黒、緑がかった色など、比較的抑えた色調が使われます。鮮やかな色彩で目を引くことよりも、形の構造を見せることが重視されました。
4. 文字や素材の感覚が画面に入る
キュビズムの展開の中では、新聞、文字、楽譜、壁紙のような要素が画面に取り入れられることもありました。絵画の中に日常の断片が入り込むことで、絵と現実の関係が新しく問い直されました。
代表的なキュビズムの画家
フアン・グリス

フアン・グリスは、キュビズムをより明快で洗練された画面へと発展させた画家です。静物を中心に、瓶、グラス、新聞、楽器などを、整理された形と色面で構成しました。
グリスの作品は、複雑に分解されながらも、画面全体に秩序があります。形は鋭く、色彩は明快で、構成には知的な美しさがあります。キュビズムが単に対象を壊す表現ではなく、画面を組み立てる芸術であることをよく示しています。
ロベール・ドローネー
ロベール・ドローネーは、キュビズムの構成感覚に、鮮やかな色彩とリズムを加えた画家です。エッフェル塔や都市の風景、円形の構成などを通して、色と形が響き合う画面を作りました。
ドローネーの作品では、キュビズムの幾何学的な構成が、光や動きと結びついています。形を分解するだけでなく、色彩そのものが画面を動かしているように見える点に特徴があります。
フェルナン・レジェ
フェルナン・レジェは、機械や都市、人物を力強い形で描いた画家です。円筒形や幾何学的な形を用い、近代都市のリズムや機械的な美しさを画面に取り入れました。
レジェの作品には、20世紀の都市生活や機械文明の感覚が強く表れています。人物や物は丸みを帯びた量感を持ち、画面全体に明快で力強い構成が生まれています。キュビズムが、都市やデザインの感覚へ広がっていく流れを知るうえで重要な画家です。
アルベール・グレーズ
アルベール・グレーズは、キュビズムの理論と実践の両面で重要な画家です。人物や風景を幾何学的な面として捉え、画面全体を力強く構成しました。
グレーズの作品では、対象の形が分解されながらも、画面全体に大きなリズムがあります。キュビズムを個人の実験にとどめず、近代絵画の広い運動として考えるうえで重要な存在です。
分析的キュビズムとは
分析的キュビズムとは、対象を細かな面に分解し、形の構造を徹底して探った段階を指します。人物、楽器、瓶、テーブルなどが、複雑な面の集まりとして描かれます。
分析的キュビズムの作品では、色彩は抑えられ、茶色や灰色を中心とした画面が多くなります。そのため、ぱっと見ただけでは何が描かれているか分かりにくい場合があります。しかし、よく見ると、ギターの曲線、瓶の輪郭、人物の顔の一部など、対象を示す手がかりが残されています。分析的キュビズムは、対象を完全に消すのではなく、見ることの仕組みを細かく分解して見せた表現といえます。
総合的キュビズムとは
総合的キュビズムとは、分解された形を再び組み合わせ、より明快な画面を作る方向へ進んだキュビズムです。文字、新聞、楽器、瓶、テーブルなどが、記号のように画面の中に配置されることがあります。
分析的キュビズムが対象を細かく分解する方向だったのに対し、総合的キュビズムでは、形や色、文字の要素を組み合わせながら、新しい画面を作ることが重視されました。
この流れは、絵画だけでなく、ポスター、デザイン、印刷物、コラージュなどにも大きな影響を与えました。現実の断片を組み合わせて新しいイメージを作る考え方は、20世紀の視覚表現に深く広がっていきます。
キュビズムとコラージュ
キュビズムを理解するうえで、コラージュは重要な技法です。コラージュとは、紙、布、新聞、印刷物などを貼り合わせて画面を作る表現です。絵画の中に現実の素材を取り入れることで、絵画の意味は大きく広がりました。
新聞紙を描くのではなく、新聞そのものを画面に取り入れる。木目を絵具で描くのではなく、木目模様の紙を使う。こうした発想によって、絵画は現実を再現するだけでなく、現実の断片を組み合わせて新しい世界を作るものになりました。
この考え方は、のちの現代美術にもつながります。写真、文字、印刷物、日用品の断片を組み合わせる表現は、キュビズムの時代に大きく切り開かれました。
キュビズムはなぜわかりにくいのか
キュビズムがわかりにくい理由は、私たちが普段「一つの視点から自然に見える絵」に慣れているからです。人物は人物らしく、瓶は瓶らしく、風景は奥行きがあるように描かれる。そのような見方を基準にすると、キュビズムの絵は壊れて見えるかもしれません。
しかし、キュビズムは現実を壊したのではありません。ものを見るという行為そのものを分解したのです。人は実際には、対象を正面からだけで理解しているわけではありません。横から見たり、上から見たり、記憶と照らし合わせたりしながら、ものを理解しています。
キュビズムは、その複数の視点や時間の感覚を、一枚の画面に重ねようとしました。だからこそ、一瞬では分かりにくいのです。しかし見方を変えると、そこには「ものを見るとは何か」という深い問いが含まれています。
キュビズムと抽象画の違い

キュビズムと抽象画は混同されることがありますが、同じものではありません。キュビズムは、人物、楽器、瓶、風景など、現実の対象を出発点にしています。その対象を分解し、再構成することで、見え方を変えていきました。
一方、抽象画では、現実の対象からさらに離れ、線、色、形そのものが主役になります。もちろん、キュビズムは抽象画への重要な道を開きました。しかしキュビズムの多くは、完全に対象を捨てたわけではなく、現実の形をもとにしている点が特徴です。
つまり、キュビズムは「現実を分解して再構成する絵画」、抽象画は「現実の再現から離れ、色や形そのものを表現する絵画」と考えると理解しやすくなります。
キュビズムが後世に与えた影響
キュビズムは、20世紀美術に大きな影響を与えました。対象を分解し、再構成する考え方は、抽象絵画、未来派、構成主義、デザイン、建築、グラフィック表現へと広がっていきます。
とくに重要なのは、絵画が「見たものをそのまま描く」ものではなくなったことです。キュビズム以後、画家たちは、形、色、素材、文字、構成を自由に扱いながら、現実とは異なる画面を作るようになりました。
この変化は、現代の視覚文化にもつながっています。ポスター、広告、タイポグラフィ、建築、デザインの中にも、形を分解し、再構成する感覚を見ることができます。
キュビズムの作品を見るときのポイント
キュビズムの作品を見るときは、最初から「何が描かれているか」をすぐに答えようとしなくても大丈夫です。まずは、画面の中にある面、線、角度、色の響きに注目してみてください。
次に、楽器、瓶、人物、文字、テーブルなど、現実の対象を示す手がかりを探してみます。キュビズムの絵は、完全に意味を消しているわけではありません。分解された形の中に、対象の断片が残されています。
また、一つの視点ではなく、複数の角度から見たものが重なっていると考えると、画面の見え方が変わります。キュビズムは、絵をすばやく理解するためのものではなく、見ることそのものを考えさせる絵画です。
日本でキュビズムを理解するなら
キュビズムを理解するには、まず印象派、ポスト印象派、セザンヌの流れを押さえることが大切です。印象派が光を描き、ポスト印象派が色彩や構造を深め、セザンヌが自然を形として捉え直した先に、キュビズムの考え方が生まれました。
日本で西洋美術の流れをたどるなら、国立西洋美術館は重要な場所です。印象派から近代絵画への流れを理解しやすく、作品を通して美術史の変化を感じることができます。詳しくは国立西洋美術館 常設展の見どころをご覧ください。
また、東京で美術館を巡る場合は、近代美術や現代美術を扱う美術館もあわせて見ると、キュビズム以後の流れが見えやすくなります。東京の美術館選びについては、東京の美術館おすすめも参考になります。
まとめ|キュビズムは「見ること」を変えた近代美術の分岐点

キュビズムとは、20世紀初頭に生まれた、近代美術の重要な流れです。対象を一つの視点から描くのではなく、分解し、複数の角度から再構成することで、絵画の見方そのものを大きく変えました。
その背景には、セザンヌが示した形と構造への探究があります。セザンヌが自然を形の秩序として捉えたことから、キュビズムはさらに一歩進み、対象を画面の中で組み立て直す表現へ向かいました。
キュビズムは一見わかりにくい美術運動ですが、その本質は「ものを見るとは何か」を問い直すことにあります。抽象画、デザイン、現代美術へと続く流れを理解するためにも、キュビズムは押さえておきたい近代美術の重要な分岐点です。




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