今回は「子どもに絵画を学ばせたいけど、何歳から始めればよいの?」とお悩みになっている親御さんに、判断のための材料をご提供します(あくまでも個人の裁量にお任せいたします)。
その材料の1つとして、まずは江戸時代に多くの絵師を排出した、狩野派の絵画学習を見てみましょう。
江戸幕府の御絵師として活躍した狩野派は、江戸時代の終焉まで一定の勢力を維持しました。幕末には、各藩のお抱え絵師から町人まで、幅広い層が狩野派の絵を学んだことがわかっています。
著名な画家・橋本雅邦(1835~1908)も、幕末期の狩野派で日本画を学んだ人物です。雅邦は明治22年、狩野派での学習を振り返って文章を残しました。近世以前の絵画の学習方法について、とくに初学者に関して記したものは貴重です。
狩野派の教育システムは一体、どのような内容だったのでしょうか?
狩野派での絵画学習
狩野派には多くの分家がありましたが、雅邦が学んだのは木挽町狩野家でした。入門に年齢や学力の制限はなく、武士の子であることが条件でした。
14~15歳で入門することが多かったようですが、絵師の縁者(子どもなど)であれば、7~8歳から絵筆を握ることが通常であったとのことです。
現在の絵画教育では、筆を握って墨で描かせること自体が珍しいですよね。幼児期から絵画教育を行うことも可能ですが、一般的には、クレヨンや色鉛筆など着色の親しみやすい画材から触れることがほとんどです。
デッサンをはじめる年齢
本格的なデッサンとなると、今日の美術の世界では、基礎的な技術の習得に相当します。デッサンの技術は、単なる「白黒による明暗技法の練習」と考えてしまいますが、実際には対象をよく観察し、見えたものをそのまま描く、大変な仕事です。
ある美術大学のテキストによれば、デッサンを通して対象を〈目で観察〉し、〈心で感じ(感動)〉し、頭で理解し、〈体で描く〉という、人間の判断器官を総合的に動員しておこなう行為であることが定義されています。
最終的には学習者の集中力や、やる気がものを言いますが、個人によって見方や感じ方、表現の仕方が異なるため、表現の差が表れてくるのだそうです。
今日の基礎的なデッサン学習は、個人差がありますが、早くて12歳頃にはじめるのが適当とされています。14~15歳で入門したという江戸時代の狩野派にも近い年齢ですね。狩野派の入門も、当時の経験上、これくらいが適当とされていたのでしょう。
狩野派で学んだら、はじめに描く「宝珠」
雅邦が学んだ木挽町狩野派では、はじめに茄子や瓜などの簡単な形状を描かせ、腕を慣らしました。
一方、幕末から明治にかけて活躍した河鍋暁斎(1831~1889)は、駿河台狩野家で学びました。暁斎は著書のなかで、狩野派で手習いのはじめに描く「宝珠」の図と、4種類の筆法を紹介しています。
なお、暁斎の子孫は代々画家でしたが、正月には書初めとして一家で「宝珠」を描く習慣があったそうです。
宝珠は龍に関係がある
宝珠は、摩尼宝珠あるいは如意宝珠ともいい、持つ者の願いを叶える宝物のことです。本来、仏教と関係があり、仏教を信仰した龍王が持つもので、龍王の万能の力の象徴として複数の経典に説かれています。
宝珠の由来には、摩羯大魚や龍王の脳から出てきたとか、龍王が金翅鳥(ガルーダ)の心臓を得たものである等があります。
いずれも伝説上の生き物に関係しており、実際には得がたい宝物として、昔から経典や仏教絵画に描かれてきました。
それがいつしか、絵画における用筆(筆の使い方)を学ぶために適切な題材として、取り入れられたのでしょう。
宝珠は想像上の宝物でもあり、次第におめでたいモチーフとしても認識されるようになりました。そのため、正月の大らかな書初めにふさわしい題材に選ばれたのです。
実際に宝珠を描いてみた
初学者が描く題材ということで、普段、筆も持たない、絵も描かない筆者(ライターなのに)が、実際に宝珠を描いてみました。
とはいえ、「筆と墨を用意するのはハードルが高い」と思ったため、筆ペンとお手頃な半紙を用意し、いざ、入筆。
簡単といえば簡単なのですが、こだわると奥が深いものです。
まず、真ん丸の円をきれいに描くことが難しく、次に円の上部にある突起?(三重の丸)部分と全体のバランスを取るのにも苦労しました。その後は、一番上のぐにゃぐにゃを2~3パーツに分けて描けば、完成です。
ただ、図版を見ながら模写しただけの自己流なので、これで合っているのかどうか、定かではありません。もし可能であれば、絵を描いている方々からのご意見をいただけましたら幸いです。
ちなみに、これを描いている横で姪っ子(5歳)が落書きをして、紙の端っこに「願いが叶う宝物」を描いていました。しかも、それは海の底に沈んでいるではありませんか! こ、これは図らずも英才教育をしてしまったか…!?
とはいえ、姪っ子がこの先、絵画の道を選ぶとは限りません。お子さんの適性に合った道を選んでくれることを望むばかりです。
最後まで読んでくださったあなたも2024年、辰年の書初めに「宝珠」を描いてみてはいかがでしょうか?
(ライター・イチノセ イモコ)
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