最近読んだミステリーに、若手小説家 夕木春央の「方舟」があります。
以下、講談社サイトの紹介文より概要を転載します。
「週刊文春ミステリーベスト10」&「MRC大賞2022」堂々ダブル受賞!
9人のうち、死んでもいいのは、ーー死ぬべきなのは誰か?
大学時代の友達と従兄と一緒に山奥の地下建築を訪れた柊一は、偶然出会った三人家族とともに地下建築の中で夜を越すことになった。
翌日の明け方、地震が発生し、扉が岩でふさがれた。さらに地盤に異変が起き、水が流入しはじめた。いずれ地下建築は水没する。
そんな矢先に殺人が起こった。
だれか一人を犠牲にすれば脱出できる。生贄には、その犯人がなるべきだ。ーー犯人以外の全員が、そう思った。
タイムリミットまでおよそ1週間。それまでに、僕らは殺人犯を見つけなければならない。
- その他ミステリーランキングにも続々ランクイン!
- 本格ミステリ・ベスト10 2023 国内ランキング(原書房) 第2位
- このミステリーがすごい! 2023年版 国内編(宝島社) 第4位
- ミステリが読みたい! 2023年版 国内篇(早川書房) 第6位
- ダ・ヴィンチ BOOK OF THE YEAR 2022 小説部門(KADOKAWA) 第7位
いわゆるクローズドサークル (注) ものの話で、この手の本は本来苦手なのにうっかり買ってしまい、半ば後悔しながら読み始めました。幾晩か続けて読んでいたのですが、佳境も過ぎ、最後の最後の結末で、あまりにも驚き過ぎて、ベッドから落ちそうになってしまいました。
「うっそ!こんなのあり~???」
今まで見ていた光景がひっくり返るほどの驚きでした。
これは絶対に絶対にネタバレ禁止ですね。
結末を知ってしまったら、読んで楽しめません。
作者がまだ若い (1993年生まれ) せいか、登場人物の人間関係が比較的あっさりしている気がしたのですが、もしかしたら濃密な人間関係の描写をすると、それに縛られてあの結末に繋げにくいと思ったのかもしれません。
この作者のものを読むのは本作が初めてだったので、その辺はただの推察ですが。
事件の現場となった地下建築の構造はもちろん、水がキーワードになるのもタイトルの「方舟」を連想させます。
旧約聖書のノアの方舟の話はとても有名で、知らない人はいないでしょうけれど、実はそれ以外にも「洪水神話」は世界各地に存在します。
その原型はメソポタミアにまで遡るそうですが、古代に大洪水や豪雨が起こり、ごく限られたものだけが生き残り、私たちの祖先になったという話が概要です。この洪水の原因は人類に対する神の怒りであったり、単なる偶然だったりするらしいですが、いずれにしても混沌とした世が、洪水によっていったんリセットされ、現代に繋がったというストーリーです。
これらの話のなかで、洪水の原因に「神の怒り」という懲罰的な理由を求めるのは主に西側の地域に多く、アジアやオセアニアでは、人間の行いと洪水の因果関係は無いことが多いそうですが、これは何か納得できます。アジアの人々は自然に対して元々コントロールが効かないものという意識があったのではないでしょうか。対して西の方たちは「神との約束」や「自然を管理(支配)する」という考え方が前提にあるように思えます。
またこれらの神話の中で重要な要素を占めるのが「洪水が起ることを予め知らされた人物がいる」という点です。旧約聖書にしても他の地域の話にしても、ノアのようなごく限られた人だけが、神からあるいは魚から時にはカエルから、「災害の到来」を知らされています。
そうして知らされなかった者たちは滅びゆきます。
そう「情報」こそが生存への最も重要な要素なのです!
以前見たテレビ番組、確か「宇宙人は存在する」とか「月への移住計画」とかの話でしたでしょうか、その中で「陰謀論が流行るのは人間の本質」と解説している人がいて、眼から鱗が落ちました。古代から人間は「自分が方舟に乗れない側になるのではないか」という潜在的な恐怖があるのだと・・・。自分は知らされなかった、置いていかれる側の人間だと。いつか来る洪水で滅びる側なのだと・・・・。
だからノアは (政府は、又は一部の大金持ちは) 私に何かを隠しているのではないか?!と。そう、恐怖と焦り!それが陰謀論の元だと。
非常に腑に落ちました。
さて冒頭の夕木春央の「方舟」ですが、情報を制していたのは一体誰だったのでしょうか?それが犯人探しのヒントです。
ぜひ読んでみてください。
(注) クローズドサークル:閉じられたシチュエーションで起こる事件もの。アガサクリスティーの「そして誰もいなくなった」は有名です。
(ライター 晶)
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