印象派の代表作品10選|モネ・ルノワール・ドガ・ゴッホの名画を解説

印象派の代表作品10選|モネ・ルノワール・ドガ・ゴッホの名画を解説

『睡蓮』 クロード・モネ 1907年 油彩・キャンバス 90.0×93.0cm アサヒグループ大山崎山荘美術館所蔵
『睡蓮』 クロード・モネ 1907年 油彩・キャンバス 90.0×93.0cm アサヒグループ大山崎山荘美術館所蔵

印象派は、19世紀後半のフランスで生まれた美術運動です。それまでの西洋絵画が重視していた「歴史」や「神話」ではなく、「光のなかで変化する現実」そのものを描こうとしました。

揺れる水面、木漏れ日、都会の空気、踊る身体、蒸気立ち込める駅、夜空の渦――。印象派の画家たちは、「目の前に見えている瞬間」を絵画の主題に据えたのです。そしてその流れは、モネ、ルノワール、ドガといった印象派の中核メンバーだけでなく、後のゴッホやポスト印象派にも大きな影響を与えていきました。

この記事では、印象派とその直系の流れにある名画10作品を、美術史的背景とともに解説します。

印象派の代表作品一覧

作品名画家制作年所蔵
『印象・日の出』クロード・モネ1872年マルモッタン・モネ美術館
『睡蓮』連作クロード・モネ1897〜1926年世界各地
『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』ピエール=オーギュスト・ルノワール1876年オルセー美術館
『舟遊びをする人々の昼食』ピエール=オーギュスト・ルノワール1880〜1881年フィリップス・コレクション
『サン=ラザール駅』連作クロード・モネ1877年オルセー美術館ほか
『ダンス教室』エドガー・ドガ1873〜1876年オルセー美術館
『エトワール(舞台の踊り子)』エドガー・ドガ1876〜1877年頃オルセー美術館
『アブサン(カフェにて)』エドガー・ドガ1875〜1876年オルセー美術館
『ひまわり』フィンセント・ファン・ゴッホ1888年ナショナル・ギャラリーほか
『星月夜』フィンセント・ファン・ゴッホ1889年ニューヨーク近代美術館

1.『印象・日の出』|クロード・モネ

《印象・日の出》 クロード・モネ 1872年 油彩・キャンバス 50×65cm マルモッタン・モネ美術館(パリ)蔵
《印象・日の出》 クロード・モネ 1872年 油彩・キャンバス 50×65cm マルモッタン・モネ美術館(パリ)蔵

1872年に制作された『印象・日の出』は、「印象派」という名称の由来となった作品です。フランス北西部ル・アーヴル港の朝霧、冷たい青の空気のなかに浮かぶ赤い太陽、揺れる水面と蒸気船――。素早い筆触と揺れる色彩で描かれたこの絵は、1874年の第1回印象派展(現在の呼び名)で発表されました。

批評家ルイ・ルロワが『ル・シャリヴァリ』紙で「印象か。確かに私もそう思った――この海の絵よりも作りかけの壁紙の方が、まだよくできているくらいだ」と揶揄したことから、運動全体が「印象派(Impressionnistes)」と呼ばれるようになります。揶揄として使われた言葉が、皮肉にも運動の正式な名称として定着していったのです。

2014年にはマルモッタン・モネ美術館とテキサス州立大学の天文学者の共同研究により、描かれた光景は「1872年11月13日午前7時35分頃」のものと特定されました。一見ぼんやりした風景画ですが、現実の港の構造はかなり正確に押さえられています。

『印象・日の出』とは

2.『睡蓮』|クロード・モネ

『睡蓮』 クロード・モネ 1906年 油彩・キャンバス 72.5×92.0cm 大原美術館所蔵 2万フランで購入され、モネ直筆の領収書が付属しています。
『睡蓮』 クロード・モネ 1906年 油彩・キャンバス 72.5×92.0cm 大原美術館所蔵

『睡蓮』連作は、モネ晩年の代表作です。ジヴェルニーの自宅に作った「水の庭」を描き続けた作品群で、約30年にわたって制作され、その数は約200点に上ります。

水面、空、木々、光の反射が溶け合い、空間そのものが曖昧になっていく――モネはここで「風景」ではなく、視覚そのものへ近づいていきました。とりわけパリのオランジュリー美術館の大装飾画(全8点、計約100m)は、第一次世界大戦の戦勝記念としてモネがフランス国家へ寄贈したもので、1927年5月、モネ没後半年で除幕されました。後の抽象表現主義の先駆として再評価された重要な作品群でもあります。

『睡蓮』とは

3.『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』|ピエール=オーギュスト・ルノワール

『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』 ピエール=オーギュスト・ルノワール 1876年 油彩・キャンバス 131×175cm オルセー美術館所蔵(パリ)
『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』 ピエール=オーギュスト・ルノワール 1876年 油彩・キャンバス 131×175cm オルセー美術館所蔵(パリ)

1876年制作、1877年の第3回印象派展で発表された、ルノワール30代半ばの代表作です。パリ・モンマルトルの野外ダンスホール「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」での日曜の午後を描いています。

木漏れ日のように揺れる光、人々の笑い声、都会の休日の空気――。この131.5×176.5cmの大画面を、ルノワールは戸外で直接描き上げました。風で画布が何度も飛ばされそうになったというエピソードも残されています。登場人物は批評家ジョルジュ・リヴィエール、画家フラン=ラミー、ジェルヴェクス、後の妻となるモデルのマルゴなど、ルノワール自身の友人たちです。1879年にギュスターヴ・カイユボットが購入し、1894年の遺言により国家に遺贈されました。

『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』とは

4.『舟遊びをする人々の昼食』|ピエール=オーギュスト・ルノワール

『舟遊びをする人々の昼食』 ピエール=オーギュスト・ルノワール 1880–1881年 油彩・キャンバス 130.2×175.6cm フィリップス・コレクション所蔵(ワシントンD.C.)
『舟遊びをする人々の昼食』 ピエール=オーギュスト・ルノワール 1880–1881年 油彩・キャンバス 130.2×175.6cm フィリップス・コレクション所蔵(ワシントンD.C.)

セーヌ川のシャトゥー島にあるレストラン「メゾン・フルネーズ」のバルコニーで、舟遊びを楽しんだ人々が昼食を囲む場面を描いた作品です。1880〜81年、16ヶ月をかけて制作されました。

登場する14人はほぼすべて特定されており、左前景で小型犬アフェンピンシャーをあやす女性は後の妻となるアリーヌ・シャリゴ、右下で椅子に逆向きに座るのは画家仲間のギュスターヴ・カイユボット、グラスを口に運ぶ女性は女優エレン・アンドレなど、ルノワール自身の友人や恋人たちです。1882年の第7回印象派展で発表されると、批評家3人が「展覧会の最高作」と評しました。1923年、ダンカン・フィリップスがデュラン=リュエルから12万5,000ドルという当時破格の額で購入し、現在もフィリップス・コレクションの「顔」となっています。

『舟遊びをする人々の昼食』とは

5.『サン=ラザール駅』連作|クロード・モネ

1877年1月から3月にかけてわずか4ヶ月で集中的に制作された、12点から成る連作です。モネは1877年1月、駅近くに studio を借り、当時の鉄道会社「西部鉄道会社」総裁から許可を得て、駅構内とプラットフォームに立ち入って描きました。

蒸気機関車が煙を上げる駅構内、ガラスと鉄骨のドーム屋根、立ち昇る蒸気――。それまで風景画の主役だった「空」を、モネは鉄とガラスの天井のなかに閉じ込めました。1877年4月の第3回印象派展で7点(うち実際に展示されたのは6点とも言われる)が発表されると、エミール・ゾラはこう絶賛しています。「画家たちは詩を駅のなかに見つけねばならない」――。印象派が自然風景だけでなく近代都市の光と機械を主題にしていたことを示す重要な連作です。なお、本作はモネの後の『積みわら』や『ルーアン大聖堂』といった連作の方法論の出発点でもあります。

6.『ダンス教室(バレエの授業)』|エドガー・ドガ

ドガは生涯にわたって踊り子を1,500点以上描き続けた画家です。なかでも代表作のひとつ『ダンス教室(La Classe de danse)』(1873〜1876年、オルセー美術館蔵)は、当時パリ・オペラ座の振付師として実在した名教師ジュール・ペローのレッスン風景を描いた作品です。

華やかな舞台ではなく、稽古中の少女たちのあくび、伸び、靴ひもを結ぶ手元、トウシューズの紐の解け――。ドガはそうした「装飾されていない瞬間」を切り取りました。斜めに切り取られた構図、画面の縁で容赦なく切断される人物。これらは当時新しかった写真と、ドガ自身が熱心に収集していた日本の浮世絵(とくに葛飾北斎の『北斎漫画』)の構図感覚を、油彩画に持ち込んだものです。

印象派とは

7.『エトワール(舞台の踊り子)』|エドガー・ドガ

『エトワール(L’Étoile)』は、1876〜1877年頃に紙にパステルで描かれた作品です(オルセー美術館蔵)。ドガはこの時期、油彩よりもパステルの軽やかさを好み、舞台上の一瞬の動きを捉えるのに活用しました。

強いスポットライトを浴びて頭を後ろに反らせる主役のバレリーナと、舞台袖の暗がりに立つ男性(タキシード姿の「庇護者」)の対比――。19世紀のオペラ座では、裕福な男性パトロンがバレリーナの庇護者となる慣習がありました。明るい舞台のすぐ裏で進行する取引、視線の権力関係。ドガは華やかな見世物だけでなく、その光と影の構造そのものを画面に定着させたのです。

印象派とは

8.『アブサン(カフェにて)』|エドガー・ドガ

正式タイトルは『カフェにて(Dans un café)』。1875〜1876年制作、92×68cm、オルセー美術館蔵。モンマルトルの「カフェ・ド・ラ・ヌーヴェル=アテーヌ」を舞台に、テーブルに座る男女を描いた作品です。

アブサン(緑色の蒸留酒)のグラスを前に虚ろな目をした女性(モデルは女優エレン・アンドレ)、隣で煙草を吹かす男性(画家マルスラン・デブータン)。印象派のなかでは珍しく重い空気を持つ作品で、華やかなパリ文化の裏側にある孤独や疲労感を描き出しています。1893年にロンドンで展示された際、当時のイギリスでは「アブサン中毒の悲惨」を訴える社会派絵画として受け止められ、激しい議論を呼びました。印象派が「明るい絵画」だけではないことがよく分かる重要作です。

9.『ひまわり』|フィンセント・ファン・ゴッホ

『ひまわり』 フィンセント・ファン・ゴッホ 1888年 油彩・キャンバス 92.1×73cm ナショナル・ギャラリー所蔵(ロンドン)
『ひまわり』 フィンセント・ファン・ゴッホ 1888年 油彩・キャンバス 92.1×73cm ナショナル・ギャラリー所蔵(ロンドン)

厳密には印象派の次の世代のポスト印象派に分類されますが、印象派の色彩革命を継承し、極限まで押し進めた作品です。

ゴッホは1888年8月、共同生活を始める予定だったポール・ゴーギャンを迎えるため、南仏アルルの「黄色い家」の寝室を飾る装飾画として『ひまわり』連作を一気に描き上げました。「マルセイユ人がブイヤベースを食べるような熱意で描いている」とゴッホは弟テオに書いています。鮮烈な黄色、厚いインパスト技法による絵の具の隆起、咲き誇る花から枯れ始めた花まで――。アルル版は全7点(うち1点は1945年8月、芦屋空襲で焼失)。1987年3月30日、安田火災海上保険社長の後藤泰男が3,992万1,750ドルで落札したロンドン版の複製は、現在東京のSOMPO美術館で見ることができます。

『ひまわり』とは

10.『星月夜』|フィンセント・ファン・ゴッホ

ゴッホとは?生涯と代表作「ひまわり」「星月夜」を解説
『星月夜』フィンセント・ファン・ゴッホ(1889年)ニューヨーク近代美術館所蔵

1889年6月、南フランスのサン=ポール=ド=モーゾール療養院でゴッホが描いた、ポスト印象派最高峰の名画です。1888年12月の「耳切り事件」の後、自発的に入院していたゴッホは、療養院2階の東向きの窓から見える夜明け前の風景をもとに、想像と記憶を重ねてこの絵を仕上げました。

渦を巻く夜空には10個の星と画面右上の三日月、そして画面中央やや左には金星(明けの明星)が描かれています。空全体を支配する渦巻きは、美術史家アルバート・ボイムによれば当時広く知られていたロス卿の素描による「M51子持ち銀河」の影響、ハーバード大学の天文学者チャールズ・ホイットニーによれば南仏特有の強い北風「ミストラル」の表現――と諸説あります。「物を描く絵画」ではなく「感じる絵画」を極限まで追求したこの作品は、印象派から20世紀絵画への大きな転換点となりました。

『星月夜』とは

なぜ印象派は美術史を変えたのか

印象派以前、西洋絵画では「物を正確に描くこと」が強く求められていました。歴史画、宗教画、神話画こそが芸術の頂点とされ、画家はサロン(官展)で評価を受けることを目指していたのです。

しかし1874年4月、パリ・カピュシーヌ大通りのナダールの旧アトリエで開かれた第1回印象派展で、状況は変わります。モネ、ルノワール、ドガ、ピサロ、シスレー、セザンヌ、モリゾら30人の画家が、サロンを介さない自主展覧会を開いたのです。彼らが描いたのは、神話でも歴史でもなく、現代の都市と自然、そこに生きる人々の日常でした。

光によって色は変化し、空気は揺れ、時間によって風景は別の姿になる。彼らは「視覚そのもの」を絵画の中心へ置いたのです。モネは時間によって変化する視覚を、ルノワールは光のなかの幸福感を、ドガは都市の身体感覚を描きました。その感覚は、後のゴッホ、セザンヌ、抽象絵画へと受け継がれていきます。

なぜ印象派は今も人気なのか

現在でも印象派が世界中で愛され続けている理由のひとつは、「感じる絵画」だからです。印象派の作品には、難しい宗教知識や神話知識がなくても入り込める強さがあります。水面の光、木漏れ日、夕暮れ、カフェの空気、夜空――。見る人はまず、「気持ちいい」「空気を感じる」「色が美しい」という感覚から作品へ入ることができます。

またSNSやPinterest時代とも相性が良く、色彩や光の印象が画面越しでも強く伝わる点も人気の理由です。視覚体験そのものが強い絵画。それが印象派なのです。

日本で見られる印象派作品

日本国内でも、多くの印象派作品を見ることができます。

  • 国立西洋美術館(東京・上野/松方コレクション由来のモネ『睡蓮』ほか)
  • SOMPO美術館(東京/ゴッホ『ひまわり』ほか)
  • ポーラ美術館(箱根/モネ『睡蓮の池』、『ルーアン大聖堂』ほか)
  • アーティゾン美術館(東京・京橋/モネ『睡蓮』、ルノワール、セザンヌほか)
  • 大原美術館(岡山県倉敷市/モネ『睡蓮』『積みわら』ほか)

特にモネやルノワール、ゴッホは、日本国内でも人気が非常に高く、美術館の常設展や企画展で頻繁に展示されています。詳しくは日本で見られる印象派作品もご覧ください。

まとめ|印象派は”見え方”そのものを変えた

印象派の代表作品を見ると、それぞれ題材は異なっています。港、池、ダンスホール、昼食、駅、劇場、カフェ、花、夜空――。しかし彼らが描こうとしていたものは共通していました。それは、「光のなかで変化し続ける世界」です。

モネは視覚の変化を描き、ルノワールは幸福な空気を描き、ドガは都市の身体を描き、ゴッホは感情そのものを色彩へ変えていきました。つまり印象派は、「物を正確に描く絵画」から、「人間が世界をどう見ているかを描く絵画」へ、西洋美術を大きく変えたのです。

印象派についてさらに知りたい方は、印象派とはクロード・モネとはポスト印象派とは日本で見られる印象派作品もあわせてご覧ください。

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