ガウディ建築の外観には、数多くのタイルが並べられており、特徴の一つとなっています。このタイルの技法は、ガウディが設計したグエル公園やカサ・バトリョに用いられており、太陽光を反射するカラフルなタイルが外壁を明るく彩っています。
不規則な形のタイルを並べる技法は「破砕タイル(トレンカディス)」とよばれます。ガウディは破砕タイルの技法を好み、積極的に外壁の曲面に施したのです。
彼はどのようなきっかけで破砕タイルを見出し、また、どういった機能を気に入り多用したのでしょうか。
前回の記事「グエル公園―ガウディとグエル伯爵が夢みた田園都市」もあわせてご覧くださいね。
1.曲面ではなく、直線による建築を作っていた初期
初期のガウディ建築は、ムデハル様式を取り入れていたと言われています。世界遺産などで知られる曲面を多用した建築ではなく、直線による一般的な構造で設計し、破砕タイルは用いられていませんでした。
1-1. ムデハル様式とは
ムデハル様式は、中世以来のイスラムとスペインの文化が融合した、独特の建築様式です。スペインでこの様式が誕生した理由には、宗教を理由とした征服の歴史が関係しています。
スペインは711~1492年の間、イスラム帝国の支配を受けていました。この8世紀の間に周辺のさまざまな文化が融合し、スペイン独自の建築様式が誕生。キリスト教徒によって支配勢力が交代された後も、ムデハル様式の建築は、在地のイスラム教徒によって続けられました。
ムデハル様式の特徴は、日干しレンガを基本の資材とし、
・タイル(当時は施釉レンガ)や彩色パネルを壁面に規則的に配置し、繊細な幾何学(アラベスク)模様を描く
・柱や壁に細かい彫刻を施す
・エキゾチックな花模様のタイルを用いる
などがあります。
1-2. ムデハル様式の美しさ
ムデハル様式の直線的で規則正しい構造をもちいて建設された「カサ・ビセンス」(1883~1888、私邸のため見学不可)は、ガウディが初めて築いた邸宅です。
タイル業者の依頼であったことから、装飾にはタイルがふんだんに使用されました。外壁に花模様を描いたタイルを敷き詰め、カラータイルでアラベスク模様を描き出しています。
ムデハル様式を取り入れたガウディの建築は、スペイン独自の伝統の中で洗練された美しさを引き出しています。
2,破砕タイルの輝きが建築にもたらしたもの
2-1. 破砕タイル(トレンカディス)の発見
ガウディの破砕タイルの発見は、グエル別邸(1884~1887)の建設時でした。まだ、曲がった壁面を実現していない時期でしたが、ドーム状の屋根を多角形の床にのせようとした結果、多くの曲面が出現したのです。
「これをどうやって平面材であるタイルで覆うことができるか」と考えた時、ガウディは割れたタイルで覆えばよいことに気づいたといいます。
タイルを切り刻んで図柄を作る手法は、グラナダにあるアルハンブラ宮殿にもみられます。しかし、大理石のモザイクと同じく、本来、図柄を描くために使われてきた手法であるにもかかわらず、外壁を覆う工程に援用したのは、ガウディが初めてでした。
2-2. 破砕タイルの機能とアップサイクル
タイルは水仕舞いのために使用される素材で、建築物に防水機能をもたせます。しかし、ガウディが発見した破砕タイル技法の特徴は、図柄の作製を目的としないことです。それまでの建築におけるタイルの機能は変えないまま、長い伝統を打ち破ったのです。
当時、不良品タイルの破片を用いたことは、今でいうSDGsに該当します。このアップサイクルの考え方は、のちにグエル公園の開発途上で出た砕石で、陸橋壁面を覆ったことにも共通します。
また、タイルのデザインは建築を引き立てるために抽象的なものとなったことから、コラージュや抽象絵画を先取りしているともいわれます。
2-3. 虹の光彩を放つ建築の実現
破砕ガラスによって、ガウディは建築に色を与えることに成功しました。印象派の成立に影響を与えた「光のスペクトル分析」や「分光理論」をガウディも把握し、自身の建築理論に取り入れたのです。その結果、多彩色による建築が誕生しました。
グエル公園(1900~14)正面の大階段にあるトカゲ像は、とても有名です。さまざまな形のカラフルなガラスが太陽光を反射する姿は、公園の象徴というだけでなく、バルセロナのシンボルともいわれます。
実はこのトカゲ、ガウディ本人の作ではなく、弟子のジュジョール(1879~1949)が主に担当しました。ジョジョ―ルは他にも公園内のベンチや、市場の天井にある太陽と月などの円盤装飾を手掛けました。
弟子や職人の協力を得て、ガウディは虹の光彩を放つ建築を実現したのです。
3,破砕ガラスが与えたインスピレーション
曲面を埋めるための装飾技法は、その後のガウディ建築に新たなインスピレーションを与えました。
それまでガウディの設計は、ムデハル様式を採用した直線の構造によるものでした。しかし、破砕ガラスの発見によって装飾の自由度が高まったことから、建築の外壁を波打たせるという、大胆な発想に至ったのです。
これを実現したのが、カサ・バトリョ(1904~06)です。破砕タイルだけでなく、破砕ガラスも使用されています。内壁は平面でつくられており、従来の装飾方法を採用して既製品のタイルで幾何学模様が描かれています。
なお、同時期のカサ・ミラ(1906~10)はガウディが途中で作品から退いたこともあり、タイル装飾は実現されなかったようです。
(ライター・イチノセイモコ)
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