タラ・ウェストーバー著「エデュケーション 大学は私の人生を変えた」を読んで

「エデュケーション 大学は私の人生を変えた」

オバマ元大統領が2018年の夏に読んだ5冊のうちの1冊だそうです。ミシェル夫人も絶賛の書とのこと。

この本は悲惨な家庭に生まれた女の子が、教育で人生を切り開いていく話です。

「エデュケーション 大学は私の人生を変えた」
著 タラ・ウェストーバー
訳 村井 理子
ISBN 9784152099464

アイダホの山奥で育ったタラ。狂信的なモルモン教原理主義者の父の方針で、学校へも通わせてもらえず、病院に行くのも禁じられていた。兄からは虐待も受けていた。自らの将来と家族のあり方に疑問を感じたタラは独学で大学に入ろうと決意するが……。衝撃の実話。

――タラの驚くべき人生――
・7歳まで出生届すら出されなかった。
・父親に学校に行くのを禁じられていた。
・病気や怪我は母の作った薬草で治していた。
・兄からひどい暴力をふるわれていた。
・独学で大学の入試テストに受かった。
・ケンブリッジ大学で修士号、博士号を取得。
・自身の経験を書いた本書が世界的ベストセラーに。
早川書房の紹介より (https://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000014669/)
全621ページ

この本に出会った偶然

実は全く予備知識無しに偶然この本を手に取ってから気が付いたのですが、私が数年前に読んだ「メイドの手帖―最低賃金でトイレを掃除し“書くこと”で自らを救ったシングルマザーの物語」と翻訳者が同じでした。「メイドの手帖」も貧困のシングルマザーが教育で人生を切り開いていく話でした。そしてやはりオバマ氏絶賛。私はオバマ氏推薦本が好きなのか、それとも女性が頑張る話が好きなのか・・・。

無知の知

著者のタラは、出生届を出してもらえなかったので、学校にも行かせてもらえませんでした。自宅で分数くらいまでは母親が、それ以降は自分で教科書を読み学習していきました。

しかしその後、タラがなんとか大学に入った後の最初の授業で、彼女は「ホロコースト」という言葉を知らなかったために教室の空気を変えてしまいます。

これは象徴的なエピソードです。タラの両親は、学校で学ぶと悪魔に取り込まれてしまう、という狂信的な考えによりタラに必要な教育を施しませんでした。しかし家庭という狭い世界の中だけで学んでいると、自分が何を知らないのか分からないので、何も学べないのです。学校というところは、空っぽの入れ物に満遍なく色んな分野のものを入れていき、それぞれが有機的な繋がりを持つまで教育していくところです。そして学べば学ぶほど自分が「知らない」ということに気付くのです。彼女の実家にはネットに繋がっているコンピュータがあったみたいですが、彼女は「ホロコースト」という言葉を知らなかったため、それを検索することすら思いつかなかったのです。

親が子供に学校教育を受けさせたくない理由はいくつかあるかと思います。タラの両親のように、悪魔に囚われてしまうという妄想や、自分が知らない知識を子供が知ることにより、親子関係が変化していくことへの恐怖、子供が持って生まれた個性を潰すという考えや、また女性には教育が必要無いという考えもあります。

私事ですがこんな例もあります。
私の父は子供の頃自宅で勉強していると、私の祖父が殴ったそうです。理由は勉強するとコミュニストになって投獄されてしまうから、そして投獄されてしまうとなかなか生きて出られなかったから。祖父はそういう人を沢山見てきたので、自分の子には悲惨な人生を送って欲しくなかったのではないか、そう父は語っておりました。

いずれにしても学校で学ぶということは、自分が知らないことが沢山あるのだということを、「無知の知」を学ぶ場でもあるのだと思います。

狂信的な両親であっても、両親の愛を求め続ける

タラは、狂信的な両親のせいで何度も事故に直面し、ひとつ上の兄の壮絶なDVに晒されたりしました。母の目の前で兄から暴力を受けていても、母は守ってくれなかったし、暴力の事実を認めませんでした。生存そのものが脅かされる日々・・・・両親は両親で彼女を愛していたのかもしれませんが、その愛の表現方法はあまりにも誤っていました。

子供の頃しっかり愛情を受けて育った子は親からの精神的自立が早いと言いますが、タラの場合、いつも家族に期待をしては裏切られるということを繰り返します。いつか認めてくれるのではないか、いつか愛してくれるのではないか、そう思っても狂信的な両親への絶望感で傷付く様は読んでいて苦しく痛ましいです。毒親の子こそその親の愛を求め続けるのですよね・・・・。

しかしタラは、自分の意思で決別します。
その姿は痛々しいけれど美しいものでした。

教授や周りの人たちの愛

タラは家庭には恵まれませんでしたが、教授や教会の司教、友人には恵まれました。
奨学金の申請をしてもらえ、論文の指導をしてもらえ、友人たちには普通の人の振る舞いを教えてもらいました。司教は歯医者の治療のために自分の小切手を切ろうとまでしました。アイダホの山だし娘は、最終的にはケンブリッジを自分の家のように、教授や友人を家族のように感じることができるようになったのでした。

タラは小学校にも行っていない、大学の学費どころか食費も無いほどの貧困でしたが、学ぶ意欲がありました。その意欲があり才能がある子に対して、ビルゲイツの奨学金を始め欧米社会が手を差しのべるその懐の深さにちょっと感動しました。

遺伝的な頭の良さとその行方

タラの7人の兄弟は狂信的な両親に育てられたにも関わらず、最終的にはタラを含め3人が博士号を取得しました。本人達の並外れた努力と周りの援助があったとはいえ、やはり尋常では無い頭の良さがうかがえると思います。

タラの残り4人の兄弟は大学どころか高校にも行かず両親の周りで生きています。遺伝子的にはもしかしたらIQは高いのかもしれません。しかし他の生き方を知らないのです。

そもそも優秀な子の親であるタラの親も頭が良いのだと思いますが、どこかでその方向がおかしな方へ行ってしまったのでしょうね。日本でも優秀な大学を出た子たちがオウム真理教に入信し、事件を起こしたりして世間を驚かせましたが、親の人生のなかで体験した何かが、狂信的な方向に向かわせたのでしょう。

端的に言えばタラの両親はモルモン教徒でしたが、政府や世間を信用しておらず、いつか政府が攻め込んでくるという妄想に取りつかれ、来たるべき政府との戦いのために、またY2K※で世界が崩壊するときのため、地面に食料や武器や燃料を備蓄していました。子供たちや自分が事故で死ぬほどの傷を負っても医者には行かせずホメオパシーの治療と神の意思だけを信じていました。

※Y2Kとは、20世紀末のコンピュータ問題。2000年を迎えた瞬間にコンピュータが誤作動を起こし、世界に混乱をもたらすと恐れられていた。

脳科学者の中野信子は近著「脳の闇」のなかで、迷うことは知性であると「迷うことはずっと高度で人間らしい美しい機能」と述べていました。何かを妄信している人、ブレない人は信用ならないとまで言っています。

最後に

あまりにも衝撃的な半生で、実話だということが信じられないような話でした。
タラは1986年生まれでまだ36歳なんですよね。そしてこの本を書き終えた時にはまだ31~2歳くらい。

行き詰ってしまった人生を何で切り開くか、貧困からそして毒親からどうやって脱出するか、悩んでいる人にもぜひ読んでもらいたいパワフルな本だと思いました。

(ライター晶)

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