美術館、公共空間、壁画、廃線跡、旧工業地帯の再生は、世界各地で街の姿を変えてきました。そこでは、アートが単独で置かれたのではなく、交通、土地利用、観光、教育、民間投資、住民参加と重なっています。
スペイン・ビルバオでは、旧工業地帯と河川沿いの再整備が、グッゲンハイム美術館ビルバオの開館と結びつきました。ニューヨークでは、使われなくなった高架貨物線がハイラインとして公園化され、周辺の歩行者空間と都市開発の風景を変えました。ロンドンでは、旧発電所を転用したテート・モダンが、テムズ川南岸の再生とともに語られる存在になりました。
美術館の成立やコレクター文化の背景については、美術館はなぜ生まれた?と歴史上の著名な美術コレクター11人でも扱っています。本稿では、美術館や公共アートが都市の中でどのように働いたかに絞って見ていきます。
取り上げるのは、ビルバオ、ハイライン、テート・モダン、ニューヨーク市のPercent for Art、フィラデルフィアの壁画事業、ナントの芸術ルートです。いずれも、アートが都市の中でどのように扱われ、何が起きたのかを、事例ごとに整理します。
世界の街づくりとアート事例一覧
| 都市 | 主な事例 | 内容 | 都市に起きた変化 |
|---|---|---|---|
| ビルバオ | グッゲンハイム美術館ビルバオ、Abandoibarra再開発 | 旧工業地帯・河川沿いの再整備と美術館建設 | 国際的な文化都市として認知され、観光・雇用・都市ブランドに影響 |
| ロンドン | テート・モダン | 旧バンクサイド発電所を現代美術館に転用 | テムズ川南岸の回遊、観光、飲食、ホテル、地域開発と接続 |
| ニューヨーク | ハイライン | 廃止された高架貨物線を公園・歩行者空間として再生 | West Chelsea周辺の都市開発、観光、アートギャラリー地区と連動 |
| ニューヨーク | Percent for Art | 市の対象建設予算の一部を公共アートに充てる制度 | 学校、図書館、公共施設など日常空間に恒久的なアートを配置 |
| フィラデルフィア | Mural Arts Philadelphia | 壁画制作を通じた公共アート、教育、地域参加 | 街全体に壁画が広がり、「City of Murals」として知られるようになった |
| ナント | Le Voyage à Nantes | 街中に作品を配置し、歩行者・自転車の芸術ルートを形成 | 旧造船所跡、公共空間、観光動線が現代アートと結びついた |
ビルバオ|旧工業地帯と美術館が重なった都市再生
スペイン北部、バスク地方のビルバオは、かつて鉄鋼、造船、港湾産業で知られた工業都市でした。1970年代から1980年代にかけて産業構造の変化が進み、河川沿いには使われなくなった港湾・工業用地が残りました。ネルビオン川沿いのAbandoibarra地区は、その再生の中心となった場所です。
ビルバオの都市再生では、港湾機能の外港移転によって、中心部の水辺空間が新しい用途へ転換されました。1992年にはBilbao Ría 2000が設立され、旧港湾・鉄道・工業用地の再編が進められました。Abandoibarraでは、グッゲンハイム美術館ビルバオ、エウスカルドゥナ会議・音楽センター、海洋博物館、住宅、オフィス、ホテル、緑地、プロムナードなどが一体的に整備されました。
1997年に開館したグッゲンハイム美術館ビルバオは、フランク・ゲーリーの建築とともに、都市の新しい象徴になりました。工業都市としての記憶を残す河川沿いに、国際的な現代美術館が置かれたことで、ビルバオは文化都市として世界的に語られるようになりました。この変化は、のちにビルバオ効果と呼ばれるようになります。

ビルバオの特徴は、美術館だけが独立して建ったのではなく、港湾機能の移転、河川沿いの再整備、交通、公共空間、ホテル、住宅、オフィス、文化施設が同時期に重なったことです。美術館はその中で、都市の変化を外部に伝える強い記号になりました。
2025年、グッゲンハイム美術館ビルバオの来館者は130万5,003人でした。国外からの来館者は全体の69%を占め、フランス、ドイツ、イギリス、アメリカ、イタリアなどから多くの人が訪れています。同年の美術館による総需要は7億8,230万ユーロ、GDPへの貢献は6億7,670万ユーロ、公的財政収入は1億610万ユーロと発表されています。
ビルバオの事例は、現代の美術館が都市の観光、経済、国際的な印象と結びつく代表例として語られています。一方で、その背景には、近代以降の美術館が公共文化として発展してきた長い歴史があります。美術館そのものの成り立ちは、美術館はなぜ生まれた?でも詳しく紹介しています。
ロンドン|旧発電所を美術館に変えたテート・モダン
ロンドンのテート・モダンは、テムズ川南岸の旧バンクサイド発電所を転用した現代美術館です。2000年に開館したこの美術館は、巨大なタービンホールを持つ産業建築をそのまま生かし、現代美術を展示する空間へと変えました。
バンクサイド地区は、開館以前から少しずつ変化していました。テムズ川沿いの歩行者動線、ミレニアム・ブリッジ、周辺の文化施設、飲食店、ホテル、オフィス開発が重なり、テート・モダンはその中で大きな目的地になりました。美術館に向かう人の流れは、北岸のセント・ポール大聖堂側からテムズ川を渡り、南岸へ歩く動線を強めました。

テート・モダンの再生で目立つのは、建築の転用です。発電所という大きな産業施設を解体せず、都市の記憶を残したまま美術館に変えました。新築の文化施設ではなく、既存の建物の存在感を生かしたことで、場所そのものが展示体験の一部になっています。
開館後、周辺ではホテル、カフェ、ショップ、レストランが増え、働く人や住む人の数も変化しました。一方で、人の増加は騒音、ごみ、物価、地価、地域生活への影響も生みました。テート・モダン周辺では、Better BanksideやBankside Urban Forestなど、地域団体、行政、事業者を含む取り組みが続けられています。
テート・モダンは、美術館が単独で街を変えたというよりも、旧産業施設、河川沿いの公共空間、歩行者動線、観光、地域組織が重なった事例です。現代美術館が、テムズ川南岸の街の見え方を変える中心のひとつになりました。世界の代表的な美術館の成り立ちを広く見る場合は、世界三大美術館とはもあわせて読むと、美術館と都市の関係がつかみやすくなります。
ニューヨーク|廃線跡を歩行者空間に変えたハイライン
ニューヨークのハイラインは、マンハッタン西側の高架貨物線を再生した公園です。1930年代に整備された高架鉄道は、1980年代初めに列車の運行が止まり、その後は長く使われない構造物として残っていました。1999年、Joshua DavidとRobert HammondによってFriends of the High Lineが設立され、解体ではなく保存・転用を求める動きが始まりました。
ハイラインは、Gansevoort StreetからWest 34th Street方面へ続く高架構造を使っています。廃線後に自然に生えていた草花の風景は、再生後の植栽設計にも反映されました。線路の一部は植栽の中に残され、鉄道の記憶と公園の風景が重なっています。
2009年に最初の区間が開園し、その後段階的に広がりました。ハイラインは、地上の公園とは異なり、街を少し上から歩く体験を生みました。古い倉庫、住宅、ホテル、ギャラリー、オフィス、ハドソン川方向の景色が、歩行者の視界の中でつながります。

周辺では、West Chelsea Special Districtという都市計画制度が設定されました。この制度は、ハイラインの再利用、周辺開発、アフォーダブル住宅、アートギャラリー地区の保全などと関係していました。ハイラインは、公園、観光地、歩行者ルートであると同時に、West Chelseaの都市開発を語るうえでも欠かせない存在になっています。
ニューヨークの美術館や博物館を広く見たい場合は、アメリカの有名な美術館・博物館10選でも、メトロポリタン美術館やニューヨーク近代美術館などの主要館を紹介しています。ハイラインのような公共空間と、美術館・ギャラリーが近い距離で重なる点も、ニューヨークの文化的な厚みの一部です。
ニューヨーク|建設予算に公共アートを組み込むPercent for Art
ニューヨーク市には、Percent for Artという公共アート制度があります。1982年以降、市の対象となる建設事業では、建設予算の1%を公共アートに充てる仕組みが設けられています。制度を所管するのは、ニューヨーク市文化局です。
この制度では、学校、図書館、公共施設、警察・消防関連施設、公園など、市民が日常的に利用する場所に作品が設置されてきました。作品の形式は、絵画、モザイク、ガラス、照明、彫刻、建築的要素、インフラと一体化した作品など幅広く、恒久的な公共空間の一部として扱われます。
Percent for Artは、イベント型のアート事業とは性質が異なります。建設事業の中に最初から公共アートが入るため、新しい公共施設が生まれるたびに、建築と作品の関係が検討されます。街角や公共施設に置かれた作品は、美術館に行く人だけでなく、その場所を日常的に通る人の目にも入ります。
ニューヨークの公共アートは、大型の美術館やギャラリー街だけでなく、制度として都市の中に広がっています。都市の成長や公共施設の更新とともに、作品が積み重なっていく仕組みです。
欧米では、公共文化を支える制度として、寄付や税制優遇も大きな役割を持ってきました。美術品と公共性の関係は、美術品の寄付・物納で税金が控除される欧米諸国の制度でも整理しています。
フィラデルフィア|壁画が街の記憶を見える形にした事例
アメリカ・フィラデルフィアは、壁画の街として知られています。Mural Arts Philadelphiaは、1984年以降、公共空間での壁画制作を続けてきました。市の公式情報では、これまでに約4,000点の公共アートが制作されたとされています。
フィラデルフィアの壁画事業は、単に建物の壁を装飾するものではありません。アーティスト、地域住民、学校、団体が関わり、街の歴史、住民の記憶、社会的なテーマが壁面に描かれてきました。街を歩くと、住宅地、商業地、学校の近く、道路沿いなど、日常の風景の中に大きな壁画が現れます。
Mural Arts Philadelphiaは、青少年教育、修復的司法、メンタルヘルス、公共アート保存などの分野とも関わっています。壁画制作の過程に人が参加し、完成した作品が街に残ることで、公共空間は地域の記憶を示す場所になります。
フィラデルフィアでは、壁画を巡るツアーも行われています。街の壁面に残された作品群は、観光資源であると同時に、地域の人々が関わってきた制作の痕跡でもあります。美術館の中ではなく、街そのものが作品の展示場所になっている事例です。
フィラデルフィアの町並みは、火山を描く画家ルイス氏のインタビューでも紹介されています。フィラデルフィアの若き画家 日本の火山を描く!│ラファティー・ルイス・クラウド風景画展ー 併せてご覧ください。
ナント|街を歩く芸術ルートとしてのLe Voyage à Nantes
フランス西部のナントでは、Le Voyage à Nantesという都市型の芸術ルートが展開されています。街の中には作品が点在し、歩行者や自転車利用者は、市内の名所や公共空間を巡りながら作品に出会います。
ナントの特徴は、作品を一か所に集めるのではなく、街の中に分散させていることです。美術館やギャラリーだけでなく、広場、通り、川沿い、旧造船所跡、歴史的建造物の周辺に作品が配置され、歩く行為そのものが展示体験になります。
なかでも、旧造船所跡にあるLes Machines de l’îleは、ナントの都市イメージを語るうえでよく知られています。かつて船が造られていた場所に、大型の機械仕掛けの作品が置かれ、産業の記憶と幻想的な造形が重なっています。
Le Voyage à Nantesでは、夏のイベント期間に新しい作品や展示が加わる一方、通年で見られる作品も蓄積されています。観光イベントでありながら、街の歩き方を変える仕組みとしても機能しています。ナントでは、現代アートが街の案内図そのものに組み込まれています。
ヨーロッパでは、都市を歩きながら美術や建築を体験する文化が長く続いてきました。若い貴族が各地の名所やコレクションを巡った歴史については、グランドツアーとはでも紹介しています。
事例を並べて見えること
ビルバオ、テート・モダン、ハイライン、ニューヨーク市のPercent for Art、フィラデルフィアの壁画事業、ナントの芸術ルートは、規模も手法も異なります。巨大な美術館、旧発電所の転用、廃線の公園化、公共建設予算の制度化、壁画制作、街歩き型の芸術ルート。それぞれの出発点は違います。
一方で、共通しているのは、アートが都市の中で孤立していないことです。ビルバオでは河川沿いの再整備と国際的な美術館が重なりました。テート・モダンでは、産業建築、テムズ川、歩行者動線、地域開発が重なりました。ハイラインでは、廃線、公園、都市計画、ギャラリー地区、民間開発が重なりました。
Percent for Artでは、公共建設の予算にアートが組み込まれています。フィラデルフィアでは、壁画制作が地域参加、教育、公共空間とつながっています。ナントでは、作品が街の中に分散し、歩くルートそのものが芸術体験になっています。
これらの都市では、アートは美術館の中だけに閉じていません。水辺、橋、倉庫、発電所、線路跡、学校、図書館、壁面、広場、通りに現れます。人が移動し、立ち止まり、写真を撮り、店に入り、別の場所へ歩いていく。その流れの中に作品や文化施設が置かれています。
日本国内で現代アートと地域・建築・観光の関係を見る場合は、日本の現代アート美術館おすすめ15選も参考になります。金沢21世紀美術館、十和田市現代美術館、直島のベネッセハウスミュージアムのように、都市や地域の印象と美術館が結びついた例も少なくありません。
街づくりとアートの関係は、ひとつの成功モデルにまとめることはできません。美術館を建てる都市もあれば、古い構造物を残す都市もあります。壁画を積み重ねる都市もあれば、建設予算の中に公共アートを制度化する都市もあります。ただ、いずれの事例でも、アートは都市の歴史、制度、空間、人の流れと結びつきながら、街の印象を変えてきました。
関連記事
- ビルバオ効果とは|グッゲンハイム美術館が都市再生に与えた影響
- 美術館はなぜ生まれた?|世界の美術館の歴史とコレクターの関係
- 歴史上の著名な美術コレクター11人|世界の美術館を生んだコレクター
- 世界三大美術館とは|ルーヴル・メトロポリタン・エルミタージュを解説
- 美術品の寄付・物納で税金が控除される欧米諸国の制度と、その背景にある600年の思想史
- グランドツアーとは|若き貴族が美術を学んだヨーロッパ旅行の歴史
- 日本の現代アート美術館おすすめ15選|有名アートミュージアムを解説
- アメリカの有名な美術館・博物館10選|ニューヨークやワシントンの人気ミュージアムを解説
- 東京の美術館おすすめ12選|初心者・エリア別・ジャンル別に解説
コメント