職人の努力!国家事業のために作られた奈良時代の紙/イチノセイモコのアートコラム07

用紙に比べ、繊維が長く丈夫な和紙

平安時代の女流文学に登場する、さまざまな紙

『源氏物語』、『枕草子』、『夜の寝覚』など、平安時代の女流文学には、さまざまな紙が登場します。特に手紙・和歌・扇は、頻繁に文学作品に登場することから、風雅を好んだ上流階級の人々にとって、必須のアイテムだったことがわかります。
男女ともに懐に紙をしのばせ、男性は厚い陸奥(みちのく)紙、女性は薄様を用いたといわれます(諸説あり)。

薄様は、透きとおるほど薄い紙で、和歌を書くほか手紙(消息)にも用いられました。2枚重ねることが多く、色の組み合わせに名前がついていました。
たとえば、上に紅、下に蘇芳をかさねたものを「紅梅の薄様」と呼び、 上に白、下に青をかさねたものを「卯の花の薄様」と呼びました。同じ色を2枚重ねることもあったようです。
これは十二単など装束の色感覚にも共通するもので、雅な平安貴族の美意識をうかがうことができます。

また、扇に使われた紙が香で焚きしめられていたという記述から、紙の色だけでなく、香りも楽しんだようです。

和紙

写経のために最高級の紙が作られた!?

枕草子絵詞(部分)

『枕草子』277段には、清少納言が中宮・定子から「めでたき紙」を賜ったが、写経に用いるほど上等の紙ではない、と伝言される場面があります。つまり、当時は、写経に適した紙が選ばれていたのです。時代をさかのぼって奈良時代には、すでに写経のための特別な紙が作られていました。
では、写経に適した紙とは、どのようなものだったのでしょうか。

紙の起源―中国・前漢時代

写真:蔡倫(さい りん、西暦63年~121年)

現在、残っている最古の紙は、中国・前漢時代の遺跡から出土したもので、麻で作られています。
この紙が発掘される以前は、史書『後漢書』105年の記述から、後漢の皇帝につかえた蔡倫(さい りん、西暦63年~121年)という人物が紙の発明者とされていました。しかし、200年以上前に紙がつくられていたことが発掘によってわかり、それ以後、蔡倫は紙の製法を工夫し、確立させた功労者とされています。
蔡倫の時代は、麻、ボロ布、樹皮、漁網などを紙の材料としていました。

日本で最初に紙がつくられた時代や場所を記した文献は、ありません。『日本書紀』には610年に渡来した僧の曇徴(どんちょう、生没年不詳)が紙の作り方を心得ていた、という記述があります。しかし、この頃には、すでに日本でも紙が作られていたと考えられています。
日本への紙の伝来ルートには、秦氏などの繊維技術をもっていた渡来人から伝わったという説と、朝鮮半島から流れ着いた技術者が帰化したという説があります。後者は、紙漉きの里に今も残る、「実在しない人物に紙漉きの技術を指導された」という昔話から着想されています。

奈良時代の写経は国家事業だった

写真:聖武天皇像(鎌倉時代、13世紀、御物)

奈良時代の聖武天皇は、仏教を信仰し、741年、諸国に国分寺建立の詔を発しました。国分寺に納める経典をつくるため、官立の写経所を設け、国家事業として写経を行ったのです。写経は、仏教の教えを伝える経典を書き写すことです。聖武天皇は、その当時、疫病や内乱で疲弊していた国家を、仏教の力で立て直そうとしました。

筆と相性のよい紙にするための打紙(うちがみ)加工

このような国家事業に用いられた紙は、楮(こうぞ)などの植物から樹皮を剥ぎ、つづいて煮る、叩く、不純物を除くなど、多くの手間暇をかけた工程を経ます。そののち、ようやく漉かれて紙となりました。
しかし、漉いたばかりの紙は、表面に凹凸があり、筆をすんなり走らせることが容易ではありません。そこで、漉いた紙を木槌などで叩いて平滑にする、打紙という加工が行われました。

総国分寺である東大寺に残る『賢愚経』断簡の紙は、楮や真弓という植物で作られています。『賢愚経』は、聖武天皇宸筆として知られます。
特に、大聖武とよばれる断簡の紙は、打紙加工の後、さらに胡粉(白い貝殻の粉)を塗布し、筆記性を高めた最高品質であるとされています。

筆記に適した紙にするため、胡粉のほかに膠(にかわ)を塗ったり、イノシシの牙で磨いたりして、紙の表面を平らにしているものもあります。
なお、漉いたままの紙を生紙(きがみ)、書写のために平滑にした紙を熟紙(じゅくし)といいます。

奈良時代の写経には、紫色の紙に金泥で文字が書かれたものも、一部残っています。平安時代になると、このような華美な写経が増えていきます。

平安時代の写経(妙法蓮華経 提婆達多品第十二)メトロポリタン美術館

紙幣に受け継がれた製紙の知識

古代から蓄積された紙漉きに関する知識は、近代でも活かされました。
紙幣の原料の一部に、三椏(みつまた)が採用されたのです。三椏は書写用の紙などに用いられてきた原料です。三椏で作られた紙は、丈夫で滑らかな質感になります。
紙幣に三椏が入っていることにより、日本の紙幣は他国の紙幣と比較して、破れにくく丈夫である、と評価されました。

先人の知恵を伝えていく

現在、書き写すという行為が少なくなるとともに、紙を使うこと自体が減っています。そのため、紙や筆といった伝統的な産業は、現在、後継者や原料の不足など、さまざまな問題から継続することが難しい局面にあります。何かを書くことは、そこに込められた思いを伝える事でもあります。書くための研究や努力を重ねた先人の知恵は、未来の人々にも受け継がれていってほしいですね。

アートライター:イチノセイモコ

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