シャイム・スーティンとは?パリ派を代表する表現主義の画家を解説

シャイム・スーティン(Chaïm Soutine, 1893-1943)は、20世紀前半のパリで活躍した画家であり、パリ派(エコール・ド・パリ)を代表する表現主義的な画家の一人です。激しく歪んだ形態、厚く塗り重ねられた絵の具、そして強烈な感情表現によって知られています。代表作には「牛の死骸(Carcass of Beef)」「小さな菓子職人」「セレの風景」などがあります。

スーティンは、モンパルナスを中心に活動した「パリ派」の芸術家たちの中でも、特に激しい絵画表現で知られる存在です。荒々しくうねる風景画、強烈な存在感を持つ肖像画、そして吊るされた肉を描いた衝撃的な静物画など、彼の作品は絵画の持つエネルギーを極限まで引き出したものとして高く評価されています。

『ランプのある静物』、1916年頃、油彩・キャンバス(65.5 × 54.5 cm) Tokyo, collection Yoshii.
シャイム・スーティン『ランプのある静物』、1916年頃、油彩・キャンバス(65.5 × 54.5 cm)Tokyo, collection Yoshii.

その独特の筆致と厚塗りの画面は、後の抽象表現主義の画家たちにも影響を与えました。特にウィレム・デ・クーニングやフランシス・ベーコンは、スーティンの絵画の強烈な感情表現に大きな刺激を受けたと語っています。

実は筆者にとってもスーティンは特別な画家の一人です。学生時代、どうしても彼の画集が欲しくなったのですが、日本で出版されているものは見当たりませんでした。仕方なく海外から取り寄せると枕のように分厚い画集で、当時の学生には高価な5,000円以上もする巨大な本でした。それでも作品は見ごたえがあり満足できました。

ロシア帝国(現在のベラルーシ)に生まれたスーティンは、若くしてパリに渡り、貧困の中で制作を続けました。彼の作品は、荒々しい風景画、強烈な肖像画、そして吊るされた動物の死骸を描いた静物画などで知られています。

長い間、周縁的な画家と見なされていましたが、現在では20世紀表現主義絵画の重要な先駆者として高く評価されています。

この記事では、シャイム・スーティンとはどんな画家なのか、その生涯、作品の特徴、そして美術史における重要性をわかりやすく解説します。

シャイム・スーティンの基本情報

名前シャイム・スーティン(Chaïm Soutine)
生年1893年
没年1943年
出身ロシア帝国 スミロヴィチ(現在のベラルーシ)
活動地フランス・パリ
芸術運動パリ派(エコール・ド・パリ)
特徴歪んだ形態、厚塗りの絵具、激しい感情表現

ロシア帝国での貧しい幼少期

シャイム・スーティンは1893年1月13日、ミンスク近郊の小さな村スミロヴィチで生まれました。当時この地域はロシア帝国の一部であり、ユダヤ人が居住できる「居住区」に含まれていました。

彼は非常に貧しい家庭で育ちました。父親は仕立て屋として働き、多くの兄弟姉妹のいる大家族でした。伝統的なユダヤ人社会では人物を描く行為が歓迎されない場合もあり、スーティンの芸術への興味は周囲から理解されにくいものでした。それでも彼は絵を描き続け、後にヴィリニュスの美術学校で学び、芸術家になるためにパリへ向かいます。

パリへの移住とパリ派の画家たち

1913年、スーティンは芸術の中心地であったパリに到着しました。彼はモンパルナスの芸術家共同アトリエ「ラ・リューシュ」に住み、同時代の多くの芸術家たちと交流します。

この時代、パリには世界中から芸術家が集まり、パリ派(エコール・ド・パリ)と呼ばれる国際的な芸術家コミュニティが形成されていました。

スーティンはアメデオ・モディリアーニと親しくなり、その才能を高く評価されます。しかし当時の彼の生活は非常に貧しく、作品もほとんど売れませんでした。

彼はルーヴル美術館に通い、レンブラントやエル・グレコなどの巨匠を研究しながら、自分の表現を模索していきました。

アメデオ・モディリアーニの描いた「スーティン」
アメデオ・モディリアーニの描いた「シャイム・スーティン」

歪んだ風景画と激しい表現

スーティンの作品は、激しく歪んだ形と厚く塗られた絵具によって特徴づけられます。

彼の風景画では、家が傾き、木がねじれ、まるで画面全体が動いているかのような印象を与えます。このような強烈な表現は、後の表現主義や抽象表現主義の画家たちにも影響を与えました。絵具は厚く塗り重ねられ、表面はほとんど彫刻のような質感を持っています。スーティンにとって絵画は、視覚的な表現だけでなく、身体的な行為でもありました。

シャイム・スーティン『白い家』1918年頃、油彩、キャンバス(65 × 50 cm)、オランジュリー美術館、パリ
シャイム・スーティン『白い家』1918年頃、油彩、キャンバス(65 × 50 cm)、オランジュリー美術館、パリ

有名な静物画「肉のシリーズ」

スーティンの代表作として知られるのが、1920年代に制作された肉の静物画です。彼は吊るされた牛の死骸や鳥の肉などを題材にした一連の作品を描きました。これらの作品は一見すると暴力的に見えますが、実際には17世紀絵画の伝統に影響を受けています。特に彼が研究していたレンブラントの《皮を剥がれた牛》から大きな影響を受けました。深い赤色と厚い絵具によって描かれた肉の質感は、生命と死の境界を強烈に表現しています。

シャイム・スーティン『解体された牛』(1925年、キャンバス油彩、202×114cm、グルノーブル美術館) 
シャイム・スーティン『解体された牛』(1925年、キャンバス油彩、202×114cm、グルノーブル美術館 フランス) 
レンブラント『解体された牛』(1665年、木板油彩、94×69cm、ルーヴル美術館)
レンブラント『解体された牛』(1665年、木板油彩、94×69cm、ルーヴル美術館)

シャイム・スーティンの代表作品

シャイム・スーティンの作品は、激しい筆致と歪んだ形態によって独特の緊張感を生み出しています。特に風景画・肖像画・肉の静物画の三つのジャンルで重要な作品を残しました。ここでは代表的な作品を紹介します。

セレの風景(Landscape at Céret)

シャイム・スーティン『人物と風景』 (1918/1919)
シャイム・スーティン『人物と風景』 (1918/1919)

1920年代初頭、スーティンは南フランスの町セレに滞在し、多くの風景画を描きました。これらの作品では、家や木々が大きく歪み、まるで画面全体が動いているかのような印象を与えます。この時期の風景画は、スーティンの表現主義的なスタイルを象徴する重要な作品群とされています。

牛の死骸(Carcass of Beef)

スーティンを象徴する作品として最も有名なのが「牛の死骸」のシリーズです。吊るされた牛の肉を描いたこの作品は、ルーヴル美術館で研究したレンブラントの《皮を剥がれた牛》から強い影響を受けています。

赤い肉の色彩と厚く塗られた絵具は、生々しい生命感と同時に死のイメージを強烈に表現しています。このシリーズは、スーティンの絵画の物質性への関心を最もよく示す作品として知られています。

小さな菓子職人

スーティンはホテルのボーイや料理人など、労働者の姿を多く描きました。「小さな菓子職人」はその代表作の一つで、後述のコレクターのアルバート・バーンズを喜ばせた作品と言われています。人物はわずかに歪み、画面には独特の不安定な緊張感があります。こうした表現は、スーティンの肖像画の大きな特徴となっています。

『小さな菓子職人』、1923年頃、油彩、キャンバス(54×73cm)、オランジュリー美術館、パリ
『小さな菓子職人』、1923年頃、油彩、キャンバス(54×73cm)、オランジュリー美術館、パリ

アルバート・バーンズによる発見

1920年代初頭、アメリカのコレクターであるアルバート・C・バーンズがスーティンの作品を発見しました。バーンズはその芸術の力強さに感銘を受け、一度に数十点もの作品を購入します。この出来事によって、スーティンは一気に国際的な評価を得ることになりました。それまで極貧生活を送っていた彼の状況は、この出来事によって大きく改善されました。

ちなみに、1994年に国立西洋美術館で開催された「バーンズ・コレクション展」は、総入場者数107万1352人を記録した歴史的な大美術展となりました。私も暑い中5時間の長蛇の列の中待ちました。同館の企画展として今なお歴代1位の来場者数を誇っています。当時筆者はまだスーティンを知らなかったためか、長打にくたびれてしまい、館内でスーティンの作品を鑑た記憶は残念ながら残っていません。

戦争と晩年

第二次世界大戦が始まると、ユダヤ人であったスーティンはナチスの迫害から逃れるためパリを離れ、潜伏生活を送ることになります。長年患っていた胃潰瘍が悪化し、1943年に緊急手術を受けるためパリに運ばれましたが、そのまま50歳で亡くなりました。

美術史におけるスーティンの評価

スーティンの作品は死後ますます評価が高まりました。彼の激しい筆致と感情的な表現は、多くの画家に影響を与えています。

特に抽象表現主義の画家ウィレム・デ・クーニングや、イギリスの画家フランシス・ベーコンは、スーティンの作品から大きな影響を受けたと語っています。

現在、彼の作品はオランジュリー美術館、ニューヨーク近代美術館、バーンズ財団など、世界の主要な美術館に所蔵されています。

感情を描いた画家

スーティンの絵画は、美しい調和よりも強烈な感情を重視しています。歪んだ風景、激しい肖像、そして生々しい静物画は、形と物質、秩序と混沌の間にある緊張を表現しています。その独特の表現によって、シャイム・スーティンは20世紀美術の中でも特に個性的で影響力のある画家の一人となりました。


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