先日滋賀に行く機会があり、道中、大津京と万葉集について書かれた本を読んだ。
以下、備忘録も兼ねて。
滋賀県教育委員会文化財保護の技師から、滋賀県立大学名誉教授になられた方が書かれたもので、全編を通して大津に対する郷土愛を感じた。
序章
1 動乱の東アジア
2 近江国と遷都
3 近江の都 大津京
4 壬申の乱と大津京の終焉
終章
の構成。
筆者は、当時の朝鮮半島の情勢、そして近江国の地理的条件から大津京に遷都された理由を推測している。
近江と言えば琵琶湖だが、琵琶湖は天然の要塞になっており、守りやすく逃げやすい。また大津には既に渡来の集団がいたことにより、文化と技術が蓄積されていた。そのような理由により遷都を決めたようである。
この本は万葉歌についても語っている。
当時の万葉歌は、瑞々しい生命力に満ちた歌もある一方で、多分に政治性を帯びた歌も登場する。
例えば額田王の有名な歌
「熟田津に船乗りせむと 月待てば
潮もかないぬ 今は漕ぎ出でな」
白村江の戦いに出かける途中、熟田津を出航する儀式の際に、斉明天皇の命により一行を鼓舞するために読まれた歌ということである。
なんて勇ましい。シャーマンのよう。
実はこの歌、書家の槇冬菫さんが、2011の個展で発表している。
屏風仕立てにした作品で、墨色と間が美しく、「いざ漕ぎ出でん」という印象だった。
そして額田王と言えば絶世の美女(とされている)で恋多き女。
この有名な歌は避けて通ることはできない。
「あかねさす
紫野行き 標野行き
野守は見ずや 君が袖振る」
天智天皇の妻となっていた額田王が、狩場で手を振る元夫、大海人皇子を詠んだ歌と言われている。色っぽい。
第4章では、天智天皇が亡くなってから壬申の乱が起こり、大津京の終焉に至ったことついて書かれている。
その後額田王は表舞台から消え、そして更に時代が下り、柿本人麻呂が大津京の廃墟を訪れるというところで、この本は終わる。
この本ではさらっとしか書いていないが、悲劇の皇子、有間皇子と大友皇子についての本も更に読んでみたくなった。
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